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建設会社転進支援嘱託更新拒絶控訴事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- 建設会社転進支援嘱託更新拒絶控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成17年(ネ)第1935号
- 当事者
- 控訴人 個人11名 A〜K
被控訴人 株式会社 - 業種
- 建設業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年02月17日
- 判決決定区分
- 原判決破棄(控訴認容)(確定)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審被告)は人員削減策として、平成10年4月1日より「ニューライフ支援制度」と称する中高年早期退職制度を施行し、転進支援として、早期退職に応じれば月額20万円の嘱託支給金の支給を受けられることとした。その後被控訴人は、転進支援制度の適用は平成11年12月20日までに申し出た者、定年選択制度の適用を申請する者は退職日を平成12年3月末日までの期間で選択できることとした。
控訴人(第1審原告)らは、転進支援制度の適用を受け、被控訴人を退職した上、それぞれと被控訴人との間で非常勤嘱託契約(本件嘱託契約)を締結し、その後毎月20万円の嘱託手当金の支払いを受けていた。ところが、その直後より建設業を巡る情勢は更に急激に悪化したことから、被控訴人は、平成13年以降、金融機関からの債務免除を受けると共に、役員報酬や従業員の給与の引き下げ等を行った。更に平成14年5月に被控訴人の元副支店長が競争入札妨害罪で逮捕され、国や市長村から指名停止処分を受け、被控訴人の業績に多大な影響を受けることになった。このような中で、被控訴人は再度の債務免除を受けて倒産を免れるため、可能な限りの経営改善措置を行わざるを得なかったことから、同年9月30日付けで、原告ら転進支援制度選択者に対し、その期間満了をもって雇用を終了させ、更新しない旨通知した。これに対し控訴人らは、60歳まで月額20万円の嘱託手当金の支給を受ける権利があるとして、嘱託手当金を原告それぞれに対し、160万円から480万円を支払うよう要求した。
第1審では、控訴人らは被控訴人との間で1年間の嘱託契約を結んだものであり、嘱託契約に基づき更新を拒絶することは可能であり、被控訴人の経営状況が極度に悪化していたことから本件更新拒絶はやむを得ない事由があったとして、控訴人らの請求を棄却したことから、控訴人らはこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決中、控訴人らに係る部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人Aに対し200万円、同Bに対し160万円、同Cに対し260万円、同Dに対し340万円、同Eに対し380万円、同Fに対し240万円、同Hに対し360万円、同Iに対し440万円、同Jに対し240万円、同Kに対し480万円を、それぞれ支払え。
3 控訴人らと被控訴人との間に生じた訴訟費用は、第1・2審とも被控訴人の負担とする。
4 この判決は、第2項について、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件契約の性質及び内容
転進支援制度を含むニューライフ支援制度は、1兆2000億円という巨額の有利子負債を抱え、特に平成10年4月以降の継続的な景気低迷や銀行破綻等の金融システム不安から信用不安が風評として広まっていた被控訴人において、人員削減ひいてはこれに基づく固定費の削減を図るため、中高年従業員の早期退職を促進することを目的とするものであり、そうだとすると、嘱託手当金の支出は、被控訴人の経営体質改善のため、中高年従業員に早期退職してもらうことの代償という側面を有することは明らかであって、当事者の合理的意思を忖度すれば、これを単なる一方的・恩恵的な助成金と見ているとは考えられず、早期退職に伴う退職割増金であると解するのが自然というべきである。
1)勤続15年以上・満55歳以上の条件の下に転進支援制度の適用を受け、平成12年3月末に被控訴人を退職した控訴人らの、被控訴人退職時に一時金として支給された退職金に定年年齢(60歳)まで非常勤嘱託手当を受給したと仮定した場合に支給されたであろう総額を加算した額と、2)控訴人らに1年先立ち、平成11年3月末に満54歳で被控訴人を退職したM及びNの退職一時金として支給された額を比較検討すると、1)については4533万3500円から5615万5600円までの範囲に分布しているのに対し、2)のMは5676万8600円、Nは6058万8000円であって、いずれも控訴人らを上回っており、副参事であるMより勤続年数の長い同資格の控訴人B、同H、同Jの平均支給予定額は5056万3400円であり、その差は620万5200円、参事であるNより勤続年数の長い同資格の控訴人E、同A、同Fの平均支給予定額は5551万5400円であり、その差額は507万2600円である。すなわち、控訴人らには、仮に60歳まで嘱託手当金を受領してもなおMやNの獲得した金額に及ばないのであり、そうだとすると、60歳まで非常勤嘱託としての地位を保有し、手当を受給することで、可及的に、転進支援制度を利用せずに早期退職した者の受領退職金との均衡を図ろうとすることが合理的な態度というべきであり、他方、手当支給者(被控訴人)の側でも、合理的に考える限り、そのような処遇をしようとするはずであると考えられる。
被控訴人は、控訴人らと被控訴人との雇用関係は退職により終了し、加算額を含めて退
職金が支払済みであることや、退職金を延払いしようとするなら、そのとおりの契約を締結できたのに、あえて非常勤嘱託契約の形式を採るのは無意味であること等を主張するところ、もとよりそのような契約を締結することは可能であるが、実態は退職金ないしその補完的性格の金員であるにもかかわらず、これをそのように扱わず、労働契約上の給与(手当)として長期間にわたって経理処理し、特別損失として計上することを回避する点で利点がないとも言い切れないし、嘱託手当金の実態に照らせば、被控訴人指摘のような可能性のみをもって、上記判断を動かすほどの事情とは到底認め難い。
以上の事実を総合すると、本件契約によって控訴人らが受領してきた嘱託手当金は、単なる助成金ないし奨励金的なものではなく、早期退職の代償として、転進支援制度を利用しない従業員との衡平を図る見地から支給される退職割増金的性格があると解するのが相当である。そうすると、それは本来の退職金を補完するものであるから、その受給に対する控訴人らの期待的利益保護の要請は相当に高度なものがあるというべきであるし、少なくとも原則的に定年年齢(60歳)まで本件契約が継続すべきものであることは、被控訴人作成の各文書等からしても、控訴人らはもとより、被控訴人においても了解していたものと推認するのが相当である。
「ニューライフ支援制度Q&A」には、非常勤嘱託として採用されるためには、嘱託契約書が必要であることが明記されていた。すなわち、本件において控訴人らが受給すべき嘱託手当金の発生原因たる本件契約は、嘱託契約書によってその内容が確認されるべきことがあらかじめ前提されていたのであり、その限度では控訴人らも「Q&A」を通じて共通の認識を有していたと解することが相当である。そして、控訴人らは、いずれも本件各契約書に異議を留めることなく署名押印しているところ、同契約書の内容は前記のとおりである。また、被控訴人は、控訴人らが本件各契約書に署名押印するのに先立って同契約書用紙を送付した際、併せて「嘱託契約書について」と題する書面をも送付し、非常勤嘱託として採用されるためには本件各契約書の作成・提出が必要であることを再度注意喚起していたことが認められる。そうすると、控訴人らは、本件各契約書の記載内容をもって本件契約を締結するとの前提の下に署名押印したものと考えるほかない。よって、本件契約は、その期間は1年であるが、当事者の「特段の意思表示」がない限り、控訴人らが満60歳に達する月の月末まで自動更新されるとの内容のものとして成立したものというべきである。
2 期間条項・更新拒絶条項の信義則違反性
控訴人らにおいては、いずれも、本件契約を締結するについて、60歳まで月額20万円の嘱託手当金を受給できることが動機となっていたことは明らかというべきである、他方、被控訴人も、少なくとも原則的には、本件契約が控訴人らの定年年齢(60歳)に至るまで継続されるべきものであることを了解していたというべきである。そして、被控訴人が従業員らに対して示していた説明文書類の文言ないし図表の内容に照らせば、平均的な理解能力の持ち主が本件契約は定年年齢(60歳)まで月額20万円の支給を保証すると理解するのも無理はないところであるし、1年ごとの更新拒絶可能性があることは、これらの文言・図表からは全く読みとれない。
本件嘱託規程において、嘱託年齢は満60歳まで、嘱託手当は月額20万円とされたのであるが、これらの条項はニューライフ支援制度導入に伴って整備されたものであること、他方「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」には解嘱が可能とされているほか、委嘱期間を1年とする同規程は転進支援制度の施行以前の規程をそのまま踏襲し、特に変更されなかったこと等を総合すると、上記のような条項の整備あるいは維持は、被控訴人において、本件契約の期間条項・更新拒絶条項と平仄を合わせようとするものであったと推認する余地がないではない。しかしながら、法的素養のない控訴人らにおいて、このような条項の位置付けないし意味するところを一義的に理解することは必ずしも容易でないというべきである。本件契約に基づいて控訴人らが具体的に非常勤嘱託として就労義務を負わされた事実は認められず、本件契約は労働契約性の全く存しないものである上、実際に控訴人らは被控訴人を正式に退職しているのであるから、「解雇」されるということの意味は解釈によって決しなければならない。また「嘱託」については、本件嘱託規程においてすら「業務上必要とする学識経験または特殊な技能、技術及び資格を有する者として採用された者」と定義されているところであり、控訴人らがそのような者として委嘱されたものでないことも明らかである。このことに、本件契約に基づき支給される嘱託手当金が実質的には退職金を補完する金員であり、少なくとも原則的には定年年齢まで支払われるべきものであることにつき共通の理解が存在していたことも併せ考えると、本件嘱託規程の解嘱規定が直ちに控訴人らに適用されるものであるかには、疑問を差し挟む余地があるというべきである。このように、本件取扱規程、就業規則、本件嘱託規程の各適用関係については、疑問の余地があるというべきであり、この点について「Q&A」その他において分かりやすく説明された形跡は全くない。
被控訴人は、平成11年11月のニューライフ支援制度改定により、これ以前の同制度の適用申出期限を同年12月20日までとし、控訴人らはこれに応じ、この時期までに、すなわち本件契約以前に、転進支援制度選択願と退職願を提出したのである。しかるところ、これらの書面提出までに、1年ごとに契約更新拒絶が可能であることについて被控訴人側から説明された形跡はなく、また退職時期(平成12年3月末)においてはともかく、退職願提出時期までに本件各契約書の用紙が確実に控訴人らの手許に渡っていたと断定するに足りる証拠もない。そうすると、上記の点も併せれば、控訴人らは、1年ごとに更新拒絶が可能であるという内容の契約であることを、退職願提出時期には理解していなかった可能性が極めて高い。そして、退職願提出後にこのことを理解したとしても、本件契約を白紙撤回するなどということは現実には困難であろう。したがって、控訴人らは、その内心においては契約締結の主たる動機だったはずの、60歳まで月額20万円が保証されるという前提が必ずしも確実なものでないという、決定的に重要な情報に接することなく、したがって本件契約の利害得失を十分に検討する機会を与えられずに、本件契約の締結を判断させられた可能性が極めて高いのである。
以上の事情に加え、被控訴人が控訴人らの元雇用主であり、社会的な力関係に大きな格差があることも考えると、本件契約のうち、1年ごとの更新拒絶権を被控訴人に留保した部分につき、これを控訴人らとの関係で適用することは信義にそぐわないというべきであるから、本件にあってはその適用を排除することが相当である。よって、被控訴人は控訴人らの請求に対し、本件契約の更新拒絶をもって対抗することはできない。 - 適用法規・条文
- 民法1条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例922号68頁
- その他特記事項
- ・法律 民法
・キーワード 雇止め・更新拒絶
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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神戸地裁 − 平成15年(ワ)第2564号 | 棄却(控訴) | 2005年05月18日 |
大阪高裁 − 平成17年(ネ)第1935号 | 原判決破棄(控訴認容)(確定) | 2006年02月17日 |