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出張旅費不正受給懲戒解雇・企業名誉毀損等事件

事件の分類
解雇
事件名
出張旅費不正受給懲戒解雇・企業名誉毀損等事件
事件番号
神戸地裁尼崎支部 − 平成17年(ワ)第213号
当事者
第1事件原告・第2事件被告 個人1名
第1事件被告・第2事件原告 M電機株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年02月28日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
第1事件被告・第2事件原告(被告)は、各種一般機械器具及び部品の製造並びに販売を業とする株式会社であり、第1事件原告・第2事件被告(原告)は昭和45年4月被告に入社し、平成15年9月当時、交通システム事業所・生産革新推進プロジェクトグループの専任の職にあった。

 原告は平成13年5月から平成15年6月にかけて出張旅費にかかる不正請求をしてきた疑いが生じたことから、被告は同年7、8月に3回、延べ7時間40分にわたって原告から事情聴取を行い、出張の事実の説明を求めた。これら一連の事情聴取の結果を踏まえて、被告は原告の出張旅費請求には数多くの不一致が存在し、上長に無断で不要な出張を繰り返していたこと、上長に無断で押印して出張旅費の精算をしていたことを確認し、同年9月17日に原告を懲戒解雇処分に付するとともに、退職金を支給しないことを通知した。そして同月25日、原告の銀行からの借入金について被告が保証人として代位弁済し、被告が返還すべき原告の積立金を求償債権に相殺充当する旨通知した。

 原告は同日付けで、被告社長宛に、各電鉄会社に納入したSIV機器(車両用補助電源装置)が大事故につながる不具合があること、被告はこれを隠蔽し、原告1人に本件調査を押し付けたこと、原告が主張した本件調査の事実は否定し、不正出張として原告を解雇したこと、これら問題を隠そうとする被告を許せないこと、今後早期に安全確認を事項すべきこと、被告が対応しない場合は電鉄会社、マスコミ各社に不具合の存在や報告懈怠等を告知する予定であることを記載した手紙を内部資料ととともに送付した。

 原告は、平成16年5月26日から6月11日にかけて、繰り返し、被告の最重要顧客である12の鉄道会社やマスコミに対して、被告がSIVの品質問題に関し、1)被告が品質問題を不正に隠したこと、2)原告は問題隠しの責任を1人で負わされたこと、3)原告は被告に対して、SIVの総点検の実施を要請すること、4)解雇の撤回を要求する旨も文書を頒布した。

 原告は、本件調査を被告から命じられた事実があり、本件調査の中止の決定がなされていないから出張旅費を請求したものであり、少なくとも課長がこれを追認していたから、原告の行為の違法性は小さいこと、課長は懲戒処分されていないこと、被告は本件懲戒解雇に当たって原告から十分な弁明を聴かなかったことから本件懲戒解雇は不当・無効であると主張するとともに、賃金後払いとしての性格の強い退職金は支払われるべきであり、仮に懲戒処分が有効であったとしても、原告の長年の勤続の労を抹消するほどの重大な不信行為はないから、被告は少なくとも年金支給規則が規定する退職金の5割に当たる805万円の支払をすべきであると請求した(第1事件)。

 これに対し被告は、原告の請求を全て否定した上で、原告が得た出張旅費は不当利得に該当するから、合計約773万円を返還すべきこと、原告の本件文書頒布行為は、製造メーカーとしての被告の社会的評価を著しく損ない、名誉を毀損するものであることとした上で、相当数の人的物的資源を活用し、通常負担すべき費用でない損害1359万1990円が発生したとしてその全額、被告の名誉毀損に係る慰謝料3000万円、弁護士費用300万円を請求した。また被告は、原告が現に保有する文書・資料は写しであっても、その所有権は被告にあり、就業規則では解雇された者は会社から借用している物を直ちに返還しなければならない旨規定されているとして、原告が保有する一切の文書・資料の返還を求めた(第2事件)。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 原告は、被告に対し、2109万5995円及びうち152万7500円に対する平成16年11月1日から、うち1824万1989円に対する同年12月30日から、うち132万6506円に対する平成17年9月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告は、被告に対し、別紙「文書、資料一覧表」記載の物件を引き渡せ。

4 被告のその余の請求をいずれも棄却する。

5 訴訟費用のうち、第1事件により生じた分は原告の負担とし、第2事件により生じた分は、これを2分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。

6 この判決の第2項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件懲戒解雇処分の効力について

 原告による出張旅費請求には、出張旅費請求内容に沿った出張事実が存在しないものが認められ、かかる出張旅費請求をすることについて業務性も上司の承認も認められない。そして、このような出張旅費請求が多数に上ること、原告自らが「出張届」を作成してそのような出張旅費請求を行い、旅費を受給していることなどに照らすと、原告はあえて架空の出張を作り出し、旅費相当額の金銭を受給したものと認められる。

 一連の事情聴取の経過をみると、被告は原告に対して十分な弁明の機会を与えた上、原告の弁明を踏まえて検討した結果、本件懲戒解雇処分を決定したものであり、懲戒解雇手続きの適正、相当性を疑わせる事情は認められない。原告は、他の従業員やB課長に対する処分との権衡を主張するが、他の従業員が不正な出張旅費請求に及んだ事実は認められない上、B課長は管理不備の事由で社内処分を受けたから、原告の主張には理由がない。

 以上のとおり、本件懲戒解雇処分において相当性を欠く事情は認められず、本件懲戒解雇処分が解雇権の濫用に当たるとは認められない。したがって、本件懲戒解雇処分は客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当なものというべきである。

2 本件退職金不支給の効力について

 被告の年金支給規則では、懲戒解雇の場合、原則として退職金の受給資格がなくなるが、事情によっては所定額の5割の範囲内において特に年金又は一時金を支給することがあると定めている。また退職金は在職中の功労報酬的な性格だけでなく、賃金の後払い的な性格も有していることを考慮すると、退職金を支給しないことが正当であるというためには、当該懲戒解雇の理由となる事由が当該従業員の過去の功労を否定し尽くすほどのものであることが必要というべきである。

 これを本件についてみると、被告の年金支給規則では勤続20年以上に達した者を年金受給資格者とするところ、原告は昭和45年に被告に入社した者であり、懲戒解雇当時の原告について算出される退職一時金額は1609万円であるが、原告は1年9ヶ月にわたり111件という数多くの架空の出張旅費請求をし、被告を欺罔して285万円余りの出張旅費を不正受給したものであり、その行為態様及び内容は被告に対する重大な背信行為というべきである。そして原告がかかる行為に及んだことについて酌むべき事情が見当たらないこと、原告は事情聴取及び弁明の手続きを経るも不正受給の事実を認めていないことなどに照らすと、原告による出張旅費の不正受給は、原告の過去の功労を否定し尽くすだけの重大なものといえる。したがって、被告が原告に対して退職金を支給しないこととしたのは正当かつ有効というべきである。

3 不当利得返還請求について

 出張旅費とは、従業員が実際に業務上の出張を行うことに伴って発生する費用を会社が負担すべきものであることから、従業員に対して支給されるものであり、出張事実が存在しないにもかかわらず、出張旅費を受給することは、法律上の原因がないものというべきである。したがって、原告が被告から285万4006円の出張旅費を受給したことは、法律上の原因を欠くものである。よって、原告は、被告に対して、不当利得として285万4006円を返還する義務があるものと認められる。

4 名誉毀損、信用毀損、営業妨害について

 原告が12の鉄道会社に送付した文書の記載内容を見ると、被告が製造したSIV装置が人命に係わる重大な品質問題を有していること、被告はその品質問題を隠し続けており、これは被告社内のトップレベルが関与した組織的な隠蔽であること、被告社内の不平分子が真剣に問題調査を行った原告1人に責任を負わせて不当な解雇を行ったことを各電鉄会社に告知する内容であると認められる。かかる記載内容は、被告の顧客である各鉄道会社に、被告製品の品質や安全に関する企業姿勢に関する社会的評価を毀損する危険性を有し、被告の平穏な営業活動を妨害するものであることが明らかであり、本件文書送付行為は被告の名誉や信用を毀損し、その営業を妨害するものということができる。

 以上のとおり、本件文書送付行為は被告の社会的評価を毀損し、平穏な営業活動を妨害するものであるが、かかる行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであって、かつ、摘示された事実が真実であるか、原告において真実であると信じたことに相当の理由がある場合には、その行為には違法性はないというべきである。

 原告が送付した文書は、電車に設置されるSIV装置に品質問題が存在し、被告がこれを組織的に隠し通しているという内容であるところ、かかる事項は公共交通機関の安全や企業の社会的責任に関係するものであって、これを指摘することは公共の利益に資するものというべきであり、「公共の利益に関する事実」についての表現行為であると認められる。一方、本件文書送付行為に至る経緯、とりわけ被告から代位弁済に係る求償金803万9716円の支払を求められるや、原告は本件文書送付行為を開始し、その送付行為を重ねる経過において金銭補償を求め、又はマスコミ等からの入金を得るなどすれば返済するなどと文書に記載していることからすれば、本件文書送付行為には被告に対して本件懲戒解雇処分の撤回と金銭補償を求める原告の強い意図が認められる。また、原告は虚偽の出張を作出して出張旅費を受給したこと、本件調査に関する会社命令は存在しないこと、自ら行った出張旅費の不正受給を理由として懲戒解雇されたことは前記認定のとおりであり、上記記載は意図的に虚偽の内容を記載したものであることが認められる。その上、本件懲戒解雇処分に至る過程や、被告から原告に代位弁済に係る求償金について支払請求がなされるまで、原告がSIVトランスの品質問題を被告に指摘した事実は窺われない。

 これらの事情を総合考慮すると、原告が本件文書送付行為に及んだのは、本件懲戒解雇処分を行った被告に対する加害意図や、本件懲戒解雇処分の撤回や金銭的補償を求める意図によるものと認められる。よって、本件文書送付行為が専ら公益を図る目的でなされたものとは認められず、その違法性は阻却されないから、本件文書送付行為は不法行為に該当し、原告はこれによって生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。

5 損害額

 原告による本件文書送付行為の結果、被告は信頼回復措置として、再度の振動試験を行うとともに、各鉄道会社に対して経過説明、技術説明及び実車点検を実施し、そのため、材料費、出張旅費、外注費、その他合計1359万1989円の費用が生じたことが認められる。本件文書送付行為は、原告が被告の元技術職であったことを利用して、内部資料を添付して行ったものであり、被告製品の安全性に対する被告の評価、信用をことさら失墜させようとするものであり、被告は平成16年5月26日以降、全国に所在する19社に対してほぼ同時期に鉄道会社を訪問し、説明を行ったこと、当時M自動車工業に対する「リコール隠し」が社会問題化していた時期であり、6月末に株主総会を控え、鉄道会社は過敏な反応を示し、要望があった鉄道会社については車両点検を迫られたこと、これに加え、被告は報道機関による取材にも対応を迫られ、関係部署は混乱と機能麻痺に陥ったこと、一連の対応に伴う人件費相当額が549万円に上ったことなどが認められる。他方、本件不法行為については約1359万円の賠償請求権が認められること、本件文書の内容は個別具体的な技術に係るもので、一般乗客に対して抽象的にその不安を煽る態様でなされたものとまではいえないこと、したがって、一般乗客を相手方とする行為に比して信頼回復が容易であるといえること、重要顧客への対応は平成16年8月までには終了したと推認されること、また報道機関の取材申込みはあったものの、いずれも数回の面接や電話取材を経た後については、それ以上の対応の必要性を認めるに足りる証拠はないこと、本件判決の認定により被告の信頼回復も相応に図られることなどを総合考慮し、慰謝料としては300万円をもって相当と認める。また弁護士費用は165万円をもって相当と認める。

6 文書等の返還、廃棄請求について

 社内情報が記載された社内文書や資料は、社員が原則として会社から貸与されたものとみるべきである。また会社にとって、社内文書や資料を適切に管理する必要性は非常に高く、他方で解雇された社員が社内文書や資料を会社の意思に反して保持する必要がないだけでなく、かえって社内情報が不当に漏れる危険性がある。そして、被告の就業規則には、解雇された者は会社から借用している物を取り揃え、直ちに返納しなければならないとの規定があること、本件文書は外部に公表することを予定していない、技術分野に関する具体的かつ詳細な文書であること、写しであっても原本と情報の質において異ならないことなどに照らせば、解雇されたときに会社の求めによって返納すべきものと解するのが会社と社員の合理的意思に適うものといえる。以上を考慮すれば、被告が解雇された原告に対し、就業規則に基づき、原告が現に保持する被告の社内文書や資料の返還を求めることは相当ということができる。したがって、原告は、被告に対し、別紙「文書、資料一覧表」記載の文書等を返還する義務を負うというべきである。
適用法規・条文
民法703条、709条、710条、723条
収録文献(出典)
判例時報2027号74頁
その他特記事項
・法律  民法

 ・キーワード  慰謝料、パワーハラスメント