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福岡(私立大学)教授懲戒解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 福岡(私立大学)教授懲戒解雇事件
- 事件番号
- 福岡地裁 − 平成19年(ワ)第3993号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 学校法人F - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年06月18日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、被告大学のほか数校の短大、高校、中学校を設置・運営する学校法人、被告大学は工学部のみの単科大学であり、原告は、昭和57年4月に被告大学の建築学助教授として採用され、昭和62年4月から同教授として勤務してきた者である。平成18年3月に被告大学教職員組合(本件組合)が結成され、原告はその委員長の地位にあった。
被告理事会は、平成18年度における被告大学の募集定員割れを受け、平成18年4月、工学部を理工学部にし、文系学部を新設する等の改革案を提案したところ、学内の反対に遭ってこれを断念したが、同年8月、平成19年度の学生募集停止を決定し、教員20名を解雇した。その結果、原告の所属する建築学教室でも教員は半数の5名に減少し、本件組合は解雇撤回、被解雇教員の復職等を要求して理事会との緊張関係を強めていった。
被告大学の建築学教室では、4年生が卒業するために開講しなければならない必修科目を担当する教員が決まっていなかったことから、理事会では建築学教室に諮ることなく、被告大学の元学長であるCに建築材料実験の担当を依頼し、Cはこれを承諾して平成18年9月下旬からCの講義が開始された。しかし、建築学教室では、非常勤講師の委嘱については教室会議に諮るとの条件が教授会で決議されているにもかかわらず、これが履行されなかったことに不満が出され、平成19年1月17日、原告はCの自宅に電話を架け(本件架電)、事前の相談なく非常勤講師を引き受けたのかなどと問い質したほか、他の教員でも担当が可能である等の発言をしたことから、Cは建築学教室に歓迎されず、反感を持たれていると感じ、非常勤講師を引き受けないと回答した。Cは、翌18日、教務部長に電話を架け、本件架電の内容を伝えて、事前に建築学教室の教室会議に諮っていないことを理由に、非常勤講師を辞退する旨申し入れた。翌19日、原告も出席して建築学教室の臨時教室会議が開かれ、Cに対し、建築材料実験を依頼することが決定されたが、原告はこれに反対意見を述べることなく、教授会においてCに非常勤講師を委嘱することが正式に承認された。
被告理事会では、調査委員会を設け、同年2月7日、本件架電に関し原告から事情聴取したところ、原告はCへの架電自体は認めたものの、Cの能力に疑問を呈するなどの発言については否定し、反省や謝罪をしなかった。そこで被告は、原告が本件架電等により建築学教室の講座開講を妨害したこと、被告大学の学部再編計画を阻止しようとして教授会の内容をマスコミにリークしたことを理由として、同月19日、原告を懲戒解雇とした。
これに対し原告は、本件架電はあったものの、非常勤講師の委嘱の妨害をしていないこと、マスコミへのリークもしていないこと、本件解雇に当たって弁明の機会を与えていないこと、不当労働行為に当たることを挙げて、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるとして、被告大学教員の地位にあることの確認を求めるとともに、賃金、賞与、退職金の支払いと慰謝料800万円の支払を請求した。 - 主文
- 1被告は、原告に対し、平成19年3月から平成21年3月まで、毎月25日限り、1ヶ月56万1430円の割合による金員(剛健1403万5750円)及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成19年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は、原告に対し、1887万8400円及びこれに対する平成21年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は、原告に対し、81万3600円及びこれに対する平成19年8月1日から、108万4800円及びこれに対する平成20年1月1日から、81万3600円及びこれに対する同年8月1日から、108万4800円及びこれに対する平成21年1月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
7この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が3000万円の担保を供するときは、その執行を免れることができる。 - 判決要旨
- 1本件解雇の理由について
被告は本件解雇の理由として、原告が、1)被告大学における非常勤講師の講座開催を妨害したこと、2)教授会の議事内容をマスコミにリークしたことを主張する。このうち、1)の本件架電については、被告が本件解雇の直接の理由としていたことは明らかだが、本件架電以外の積極的妨害行為とマスコミへのリークについては、被告が本件解雇当時懲戒解雇の理由としていたか否かは必ずしも明らかではない。この点、使用者が労働者を懲戒解雇した場合に、その当時使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該解雇の理由とされず、その存在をもって当該解雇の有効性を基礎付けることはできないというべきである。
本件においては、本件解雇の理由として、原告が被告の規則に従わず、被告に損害を与え、かつ服務に違反したにもかかわらず、自己の正当性を主張して反省しないこととされているが、その具体的言動、違反行為は特定されておらず、本件解雇後の団交のやり取りによれば、G理事は懲戒解雇の1番の理由として本件架電に言及しており、本件解雇の理由として本件架電を念頭に置いていたと考えられる。そして、団交でのやり取りを全体として見れば、G理事の対応は曖昧で、解雇理由について必要十分な説明が尽くされたとは評価し難いものがある。しかしながら、解雇通知書や団交のやり取りからすれば、被告は本件解雇当時に、被告が本件訴訟において解雇事由として主張する各事実をいずれも認識していたことは明らかであり、解雇事由として除外することが明示的に言明されていたとまではいえない。
2本件架電以外の積極的妨害について
被告は、原告を含む建築学教室の教員が、被告大学の選定した非常勤講師の委嘱に難色を示し、更には積極的妨害をしたと主張するが、Kが電話で「自分の不徳の致すところ」と就任を辞退した事実が認められるに過ぎず、原告らがKに対して辞退に向けた働きかけをしたと認めるべき証拠はない。その他原告を含む建築学教室の教員は、被告が進めていた非常勤講師委嘱に全面的に協力したわけではなかったことが窺われるが、非常勤講師の選定自体、最終的には被告側の責任において行われるべきものであり、被告が原告に対し非常勤講師の候補者を選定するよう業務命令を出したこともないこと、原告は本件組合の委員長として被告が行った教員の大量解雇を争い、被解雇教員の復職を求める立場にあったこと、被告大学において新たな非常勤講師を確保する必要が生じたのは、被告が本件組合の了解を得ることなく一方的に教員の大量解雇を行った結果であること、原告においても、教員の大量解雇後、複数の科目を担当するなど相応の協力をしていたことからすれば、非常勤講師の選定等に関する原告の対応に非違行為又は懲戒の対象となるべき行動は認められない。以上によれば、本件架電以外の積極的妨害行為として被告が主張するところは、本件解雇の理由とはなり得ないものである。
3本件架電について
本件架電の内容は、全体としては原告がCに対して、単に事実関係を確認するに止まらず、原告がある程度強い口調で、非常勤講師の委嘱に関する従前からの経緯や、他の被解雇教員に関する事情等に言及するものであり、Cに不快感、不安感を抱かせるものであった。
認定した事実によれば、被告がCに非常勤講師として建築材料実験の担当を依頼し、Cが一旦は了解していたものを、本件架電によりCは担当を辞退することとなっており、当時の被告大学の置かれていた状況からすれば、本件架電は、学長らが行っていた非常勤の手続き、確保を妨害する結果を招いた行為と評価できる。また、本件架電において原告がCに対してした発言は、単なる事実確認に止まらず、Cの授業担当能力や、Cが建築材料実験を担当する必要性にも疑問を指摘するものであり、更にはCが建築材料実験を担当することで、被解雇教員の復職が困難になるかのごとき印象をCに与えたものといえ、Cとしては、本件架電における原告の発言内容や態度を理由の1つとして、担当を辞退する意思決定をしたと認めるのが相当である。そうすると、本件架電は、学長らが委嘱した非常勤講師であるCに対し、その担当能力や必要性に疑問を呈し、更には被解雇教員の復職を困難にするといった事情を述べるもので、それを聞いたCとしては、自らが非常勤講師を担当することが、建築学教室の意向に合わず、教員にとって望ましいものではないと認識するとともに、原告の発言に違和感・不快感を抱き、一旦は引き受けた非常勤講師を辞退することを決めたものであり、原告は本件架電以前に詳しく事情を確認することなく、直ちにCに連絡しており、辞退を申し出るようになったCに対しても、それらを慰留するような態度には何ら出ていないことからすれば、原告がした本件架電及びその結果は、原告の被告大学における教員としての不当な権限行使の範囲を超えているというべきである。
そうすると、原告が本件組合委員長として被解雇職員の復職を目指すべき立場にあったことや、原告が教授会において非常勤講師の委嘱について付帯条件が付されていたと誤解していた可能性があることを考慮したとしても、Cに対して上記のような発言をしたことは、被告大学における非常勤講師の委嘱を妨害する可能性のある行為であったことは明らかであり、行き過ぎた問題行動というべきである。そして、Cが非常勤講師を辞退した後、建築学教室として改めてCに依頼することになり、最終的には当初の予定に従って建築材料実験が開講されてはいるが、本件架電により、Cの感情を害し、被告大学としてその対応を要した外、本件架電後には被告大学が改めてCに非常勤講師を依頼し了解を得る必要があったことなど、本件架電の結果として、被告が本来必要のない負担をしたことは軽視できない。そうすると、教授会での具体的内容、経緯などを詳細に知り得るはずもないCに対し、直接電話して威圧的な発言をし、暗に辞退を促すような指摘をした原告の対応は軽率であり、就業規則にいう「職務上の権限を越え又は権限を濫用して専断的な行為をすること」、「教員にふさわしくない行為をすること」に当たり、懲戒の対象となる非違行為というべきである。
しかしながら、本件では、本件架電により、Cは一旦は非常勤講師を辞退したものの、最終的には建築材料実験は予定通り開講されたこと、原告が本件架電をした動機自体は不合理なものとはいえず、むしろ学長らの不十分な対応も相当に影響していると考えられること、本件架電の中で、穏当を欠く言動はあったが、脅迫行為や名誉毀損にまで及んでいるものではなく、原告の教員及び本件組合委員長としての立場からすれば、興奮した原告がCに対して不適切な発言をしたことは何ら理由のないものとはいえないこと、本件架電は1回限りであり、その他原告には本件解雇以前に懲戒処分を受けたことはなく、平成18年度後期には、被解雇教員に代わって科目を担当するなど被告大学への貢献も認められること等を勘案すれば、原告が反省や謝罪の態度を示していなかったことを考慮しても、本件架電のみを理由に直ちに懲戒解雇とすることは、処分として重きに失し、非違行為と処分との均衡を欠くというほかない。そうすると、本件架電の事実のみで原告を懲戒解雇とすることは、被告の懲戒権の濫用であり、許容されないというべきである。
4マスコミへのリークについて
平成18年6月26日から3日間、新聞紙面に被告大学改組に関する記事が掲載されたが、その記事には被告大学の学生募集停止の方針や文系学部の新設を断念したことが記載されているほか、教職員が反発していること、学内が混乱していること等が記載されており、本件新聞記事には当時の客観的状況に合致しない内容も含まれ、被告の信用を低下させ、被告大学の教育体制に不安感を抱かせるに十分な内容といえるものであり、本件記事の内容は、被告大学にとって不利益となる可能性が高いものである。しかし、本件新聞記事について、原告が教授会の議事内容を違法又は不当に漏洩した結果であると認定することは困難であり、本件解雇の理由となるものとは認められない。
5本件解雇の適正手続き違反について
被告では、本件解雇に先立ち、本件架電については調査委員会が原告から事情を聴取し、弁明の機会を与えたと認められるので、本件解雇に先立つ手続きにおいて、原告に弁明の機会を与えなかった違法があったとは認められない。
しかしながら、本件解雇の理由とした、非常勤講師の委嘱に関する積極的妨害行為及びマスコミのリークについては、本件解雇に先立ち、原告に対し、弁明の機会を与えたと認めるに足りる証拠はない。逆に、調査委員会は、本件架電以外の事実関係については何ら聴取していないこと、本件解雇後の団交の場において、G理事は明確に反論できない態度に終始していることが認められる。そうすると、被告は本件架電以外の解雇理由については、本件解雇以前に原告に弁明の機会を付与していないことが認められるから、この点に関する被告の懲戒解雇手続きは違法である。
6本件解雇の不当労働行為性について
本件解雇以前から、被告理事会と教授会及び本件組合とは激しく対立しており、特に理事会が教授会の了解なく学生募集中止を決定して以降は、理事会と教授会の対立は著しいものになり、教授会側も本件組合を中心として、理事会側の対応を厳しく糾弾していた。そして、原告が本件組合の委員長の地位にあり、理事会との交渉を直接担当する等の立場であって、被告が組合や原告に対して悪感情を有していた可能性は高いと考えられる。しかしながら、原告の本件架電自体は相当に軽率であり、被告がこれを理由に懲戒解雇したことは、解雇権の行使の前提となる一応の根拠事実はあったといえる。その他本件解雇後の事情等によっても、本件解雇が、実質的に原告が本件組合の委員長であることや、組合活動を理由としてされたものと認めるまでの証拠はなく、被告の不当労働行為の意思に基づいてさられたものとまでは認められない。
7まとめ
以上によれば、本件解雇は被告の解雇権の濫用として無効であり、原告は本件解雇以降も被告における労働者としての地位を有し、本件解雇後も雇用契約に基づく賃金請求権を有することになる。
原告は平成21年3月に定年を迎えることから、それまでの間の賃金額は解雇時の賃金額である56万1430円(月額)と認めるのが相当である。また平成19年夏期・冬期、平成20年夏期・冬期の賞与について被告は原告に提供していないが、原告は他の教職員と同様の支給率により算定される賞与請求権を有すると認められ、平成19年及び平成20年の夏期賞与として各81万3600円、幣制19年及び平成20年の冬期賞与として各108万4800円の請求権を有する。被告における原告の定年退職日は平成21年3月31日と認められ、退職金額は1887万8400円となる。
本件解雇は不当労働行為ではないとしても、被告が本件組合や原告に対する嫌悪感情を端緒として懲戒解雇を性急に進めた可能性を否定できないこと、被告は本件解雇事由を具体的に説明しておらず、誠意ある説明を尽くしたとは認められないことからすれば、相当の違法性を有するというべきであり、原告に対して不法行為を成立させるまでの違法性を帯びるというべきである。そして原告は本件解雇により、生活上及び研究上の不利益を著しく被ったとともに、著しい精神的苦痛を被り、研究活動を継続することが困難な状態に追い込まれたこと、家族の生活にも相応の影響があったこと、報道により原告の信用及び名誉が回復が相当困難な程度に毀損されたと考えられること等を考慮すれば、慰謝料は100万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1013号69頁
- その他特記事項
- ・法律民法
・キーワード慰謝料、不当労働行為、パワーハラスメント
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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