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A書店(編集者)雇止仮処分申立事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- A書店(編集者)雇止仮処分申立事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成22年(ヨ)第21063号
- 当事者
- 債権者 個人1名
債務者 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2010年07月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は本の出版等を業とする株式会社であり、債権者は、平成14年8月に制作部員として債務者に入社し、平成16年4月に一旦退社した後、平成19年10月9日、債務者との間で有期労働契約を締結して債務者に再び入社した。債権者と債務者との間の労働契約は、平成19年10月9日から平成20年4月30日まで、翌5月1日から平成21年4月30日まで、翌5月1日より平成22年4月30日までと2回更新されたが、2回目の更新に当たって、その契約書には「本労働契約期間満了時(2010年4月30日)をもって、その後の新たな労働契約を結ばず、本契約は終了する」(本件不更新条項)が付された。
債務者では、新入社員は6ヶ月の期間の定めのある労働契約を締結し、その後1年間の期間の定めのある労働契約を締結することが多く、その後1年間の契約を更新するか、正社員化する雇用管理が行われていた。平成20年1月在籍の契約社員41名中、更新しないで退職した者3名、最初の更新時に正社員になった者は4名で、その他の34名は1回以上労働契約が更新されており、少なくともこの時点では契約社員の圧倒的多数が、労働契約の更新等により雇用が継続するという雇用管理がなされていた。
平成20年3月に不更新とした契約社員が、ユニオンに加入し、都労委のあっせん手続を行う等の紛争が生じたため、債務者は、「厚生労働省の告示に従い、概ね3年を目処に正社員化できない者については新たな契約を締結しない」(方針A)及び「平成20年11月段階で、既に契約社員期間が3年を超過している者は、本人の実績会社の業績等を総合的に評価して正社員化を進めていき、正社員化できない場合は、特段の理由がない限り、不更新条項を付することなく、期間の定めある労働契約を更新する」(方針B)を策定し、団体交渉の場で組合に説明した。
平成20年12月2日、債務者は団体交渉で、組合員であるDの契約更新に関し、初めて本件不更新条項と同趣旨の条項のある労働契約書を示したところ、D及び組合はこれを拒否したため、債務者はDに対し、同月末日をもって労働契約は終了すると通告したが、平成21年12月21日にDの労働契約上の地位を確認するとの判決が出された。
平成21年3月31日、債務者は債権者に対して、本件不更新条項を入れた期間の定めのある労働契約の締結を申し込んだところ、組合はこれに反対し、団体交渉で合意に至らず、都労委の調査が行われた。同調査の後に、債権者は債務者の常務に会い、本件不更新条項を保留にして本件労働契約の更新を問うたが、同常務はこれを拒否したところ、債権者は債務者が提示した条件で契約を締結したいと言って、契約書に署名・押印した。
債務者は、債権者については、平成21年4月末日に契約回数が2回になり、この時点で正社員化する見込みがなかったので、方針Aにより同年3月31日、本件労働契約に本件不更新条項を付する旨を書面で通知し、債権者は自由意思で本件労働契約書に署名したとして、平成22年5月以降、債権者には労働契約に関する期待権は存在しないと主張した。これに対し債権者は、方針A、方針Bは、債務者の経営側内部のみで取り決められ、何ら規範性のないものであって、これを根拠にした雇止めは無効であると主張し、債務者の従業員としての地位の確認と賃金の支払を請求した。 - 主文
- 判決要旨
- 期間の定めのある労働契約は、期間が満了すれば当然に当該契約は終了することが約定されているのであり、原則として期間の満了とともに労働契約は終了することになる。しかし、期間の定めのない労働契約において解雇権濫用法理が適用される一方で、使用者が労働者を解雇するに当たって、期間の定めのある労働契約という法形式を選択した場合には、期間満了時に当然に労働契約が終了するというのでは、両者の均衡を著しく欠く結果になることから、判例法理は、雇用継続について、「労働者にある程度の継続を期待させるような形態のものである」という、比較的緩やかな要件のもとに、更新拒絶に解雇権濫用法理を類推適用するという法理で運用している。もとより、具体的な解雇権濫用法理の類推適用をするについては、当該契約が期間の定めのある労働契約であることも総合考慮の一要素にはなるものの、これを含めた当該企業の客観的な状況、労務管理の状況、労働者の状況を総合的に考慮して、更新拒絶(雇止め)の有効性を判断するという運用を行っているのであり、このような判例法理は、個別の事例の適切な解決を導くものとして、正当なものとして是認されるべきである。
本件においては、債権者の労働契約の3度目の更新に当たって、更新の前年に債務者の方針として示された方針Aのもとに、本件不更新条項が付されたことから、債務者は上記の判例法理の適用外になったと主張する。しかし、少なくとも従前においては、債務者の社内においては、期間の定めのある労働契約を締結していた契約社員には更新の合理的な期待があると評価できることは明らかであり、そうであるからこそ、債務者は方針Aと方針Bを定めたのである。このような状況下で、労働契約の当事者間で不更新条項のある労働契約を締結するという一事により、直ちに上記の判例法理の適用が排除されるというのでは、期間の定めの有無による大きな不均衡を解消しようとして判例法理の趣旨が没却されることになるし、債権者は、Dが本件不更新条項と同趣旨の条項の入った労働契約の署名・押印を拒否したことにより、直ちに雇止めになり、裁判による解決を余儀なくされたという状況下で、労働者としての立場では債権者は不本意ながら、本件不更新条項による本件労働契約の締結をせざるを得ない状況にあったと認められることに鑑みると、債務者の上記主張を肯認することはできない。結局、本件不更新条項は、期間の定めある労働契約についての解雇権濫用法理の類推適用に当たって、評価障害事実として総合考慮の一内容として考慮の対象になると解するのが相当である。
本件雇止めに関する解雇権濫用法理の類推適用に当たり、債権者が、評価根拠事実として、社内で特に問題なく労務を提供していると疎明をしているのに対し、債務者は方針Aにより本件不更新条項を付したという以上に、労働契約締結時も、本件雇止め時においても、本件雇止めを根拠付けるだけの債務者の客観的な状況なり、債権者の労働に関する事情等の評価障害事実を特に主張していない。そして、債務者が主張する方針Aと方針B、特に概ね3年を目処に正社員できない契約社員の雇用調整を行うことの合理性を窺わせる事情が想定できないことを考えれば、本件不更新条項を付した労働契約時の事情を考慮しても、本件雇止めの正当性を認めることはできない。
以上の判断によれば、本件雇止めは、客観的に合理性を欠き、社会通念上相当であると認める余地はないから、無効であるといわざるを得ない。してみると、債務者による就労拒否は、債務者の責めに帰すべき事由によるものといわなければならず、労働者である債権者には、反対給付である賃金の支払を受ける権利を失わないという結論になる。 - 適用法規・条文
- 民法536条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1014号83頁
- その他特記事項
- 本件債務者における同趣旨の事件(本件における「D」の事件)は、
「東京地裁平成21年(ワ)15590号、2009年12月21日判決」である。
・法律民法
・キーワード雇止め・更新拒絶
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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