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国立大学法人アカデミックハラスメント事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 国立大学法人アカデミックハラスメント事件(パワハラ)
- 事件番号
- 札幌地裁 − 平成21年(ワ)第792号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 国立大学法人Y大学 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年11月12日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、教育学部、大学院教育学研究科、附属学校等を有し、教育学部の下に、札幌校、函館校、旭川校、釧路校及び岩見沢校を設置している国立大学法人、原告A(昭和44年生)は平成12年4月、原告B(昭和44年生)は平成17年10月、原告C(昭和48年生)は平成18年4月に、いずれも旭川校の英語教育の准教授に就任した者である。
原告らは、アイヌ語学習、教育用資料の整備作業のためには学部学生の協力が必要と考え、アイヌ語学研究総覧の作成及びアイヌ語資料の電算化ライブラリーのプロジェクトを組織し、学生にその作業を行わせることにした。そして、アイヌ語学研究総覧の編纂作業において、代表者の原告Aが学生Lに文献収集プロジェクトの代表者となるよう勧誘し、必要な資料の収集は学生自ら費用を負担して行い、原告Aのゼミから17名という多数の学生が参加し、朝から夜中まで作業に従事したが、抜けられる雰囲気ではなかった。
平成19年8月15日、旭川校英語教育専攻に属する学生が教え子であると名乗る者から、また同年9月26日、学生の母親と名乗る者から、被告事務局及び旭川市教育委員会に対し、原告らの指導下にある学生らが原告らの研究を手伝わされ、深夜まで拘束されているとの苦情が寄せられた。また、同年10月には旭川校の相談室に、他のゼミの学生らから、原告らのゼミの学生は教員の研究を強制的に手伝わされ、授業や実習等に支障が出ているとの相談が寄せられた。これらを受けて相談員会議は、同年10月17日、24日に原告らから事情を聴取したが、原告らはプロジェクトは学生の自主的な活動であり、強制はしていない旨答えた。相談員会議は原告らに文書で注意をしようとしたが、原告らは注意文書の受領を拒否した。
平成20年4月、「改革委員会」を名乗る者から被告に対し、原告らのアカデミックハラスメントはより悪化しているなどと原告らを告発するメールが送信され、同年5月には高校教師と名乗る者から、教え子が無理矢理アイヌ語をやらされているとの文書が送付されたことから、相談員会議はこれを受けて、副学長に対し改善を進言し、副学長は事実を調査するための本件調査委員会を設置した。同委員会は、原告らに対し、平成20年7月22日付けの文書により調査を行う旨通知したが、原告らは事情聴取が適切に行われない危険性が極めて高いとして、事情聴取は3人同席で行うこと、第三者2名を立ち会わせることなどの条件を付したことから、結局事情聴取は行われなかった。本件調査委員会は、学生からの事情聴取、原告らからのメール、報告書等を検討した結果、原告らが権限を利用して学生を自らの研究の道具とし、教育を受ける権利を著しく侵害していると人権委員会に報告し、同委員会は同年9月9日、原告らの行為は重大な人権侵害であるの報告を学長に対して行った。
学長はこの報告を受けて、原告らの不利益処分を検討するため、評議員会に諮って本件審理委員会を設置し、原告らから事情聴取をしようとしたが、原告らはその出席を拒否し続けたことから、同委員会は学生らからの事情聴取結果、相談員会議の事情聴取結果等を基に、評議員会に対し、原告らをいずれも諭旨解雇処分とするのが相当である旨の報告を行った。処分説明書の交付を受けた原告らは、諭旨解雇処分の撤回を求めたが、被告は、平成21年2月19日、評議員会の議決に基づき、原告らに対し、諭旨解雇処分を通告した。また被告は原告らに対し、同年3月2日までに退職届を提出しない場合には懲戒解雇する旨予告通知したところ、原告らはいずれも退職届を提出しなかったため、同月3日、原告らを懲戒解雇した。
これに対し原告らは、本件プロジェクトは学生が主体となったものであり強制ではないこと、学生にノルマを課したり、厳しく叱責した事実はないこと、学生らをマインドコントロールしたことはないこと、一部の学生を不登校に追い込んだことはないことなど、本件懲戒処分の理由とされた事実を否定した外、本件審理員会の事情聴取は原告に不利益処分を課すことを前提にその弁明の手続きの意味を持つから、原告がこれを拒否したことを懲戒事由とすることはできないことなどを主張し、被告における労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と、賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1原告A、原告B及び原告Cが被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2被告は、原告らそれぞれに対し、平成21年3月から本判決確定の日の属する月までの間の毎月17日限り別表の賃金欄記載の金員、平成21年3月から本判決確定の日の属する月までの間の毎月6月30日限り別表の賞与(6月期)欄記載の金員及び毎年12月10日限り別表の賞与(12月期)欄記載の金員、並びに、これらの金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は被告の負担とする。
4この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1本件懲戒処分における懲戒事由の有無について
認定された事実によれば、多くの労力と時間を要するプロジェクトの作業への参加を半強制的なものと考えていた英語教育学専攻の学生が少なからず存在していたといえる。にもかかわらず多くの学生がプロジェクトに留まったのは、その後の学生生活に支障が生じることを恐れたからと認められるところ、旭川校においては、ゼミ及び指導教官は4年間は基本的に変わらないとされ、また原告らの授業を履修しなければ卒業できないことになっていたことからすれば、その不安にも合理的な根拠があると認められる。そして、原告Aが「プロジェクトをやりたくない人はこの教室から帰っていいよ」と述べるなど同プロジェクトに対して多大な影響力を有していたことが認められ、これらのことからすれば、プロジェクトからの離脱が、原告らからの評価を低下させると多くの学生らに感じさせたであろうことが容易に推認できる。とすれば、原告らは、平成19年11月26日付けの相談員会議からの注意を受けるまでの間、特にその所属のゼミ生に対し、任意参加といいながら、実際には一部のゼミ生にとっては、アイヌ語学研究総覧に関するプロジェクト及びアイヌ語電算化ライブラリープロジェクトに参加することを半ば強制されている状況にあることを認識しながらも、これを是認していたといわざるを得ない。
また、原告らは、相談員会議から事情聴取を受け、同プロジェクトが学生生活を圧迫しないよう注意を受けた時点以降においても、同プロジェクトが学生らの自主的な活動であるなどとして注文書の受取りを拒否し、その態様の変化は別にしても、アイヌ語電算化ライブラリープロジェクトのうちの修正作業を平成20年3月まで行うなどして、事態が改善していないなどの通報が寄せられる事態を招来している。また原告Bは、「ライブラリーをやめても勉強が伸びていない」、「君たちの優先順位は低くなる」など、同プロジェクトをやめたゼミ生に対し、相当でない学生指導を行うかのような発言をしている。
原告らの行為は、自らが授業及びゼミ活動を受け持っている学生らに対し、過大な課題を半ば強制し、長時間拘束する状況にあることを是認し、不当な学生指導を行って学生の勉学を阻害し、かつ原告Aにおいては学生Mを一時不登校ともいえる状態に至らしめ、そして原告らはかかる事態を承知していたにもかかわらず、学生の自主的活動であるとして有効な改善策を講じなかったものと評価することができ、その限りにおいて、被告の主張する懲戒事由の存在を認めることができないではなく、また原告Aについては、被告主張の懲戒事由の存在を一部認めることができないではない。そして、原告らは、ハラスメントが学生の修学環境を悪化させ、学生の名誉・尊厳を傷つける行為であることを認識し、これを行ってはならず、またその防止に努めなければならないとされ(就業規則37条1項)、また被告においては本件指針が定められ、ハラスメントになり得る言動として、学習・研究活動妨害行為、精神的虐待・誹謗・中傷・暴力行為、不適切な環境下での指導の強制、権力の濫用行為などが具体的に列挙されているところ、原告らの上記行為は、本件指針が例示する学習・研究活動妨害行為、不適切な環境下での指導の強制にそれぞれ該当するといえる。そうすると、原告らの上記行為は、本件人権侵害防止規則に違反するとともに、職員のハラスメントの防止を規定した本件就業規則37条1項にも反することになる。そして、大学教員が学生にハラスメントを行うことは、大学の信用を傷つけ、大学の利益を害し、かつ職員全体の不名誉となる行為といえるから、本件就業規則33条2号に反するとともに、大学の利益との相反行為といえるから、本件就業規則33条2項にも反することになる。
また、原告らは、いずれも平成20年度に実施された本件調査委員会による調査に対し、調査の背景に「邪悪な意図が働いている」などと種々の条件を付け、原告らの希望する日時に委員が札幌から旭川に出向いて調査するという配慮を示したにもかかわらず、3人同席の事情聴取に拘り、結局事情聴取を断念せざるを得なかった。以上によれば、原告らは、事情聴取に正当な事由なく応じなかったというべきであり、その限りにおいて懲戒事由の存在を認めることができ、原告らのこの行為は、大学の規則を遵守し、上司の指示命令に従ってその職務を遂行しなければならないことを定めた本件就業規則33条1号に違反するものである。
被告は、原告らが本件審理委員会による事情聴取に応じなかったことも懲戒事由としているが、本件審理委員会は、本件調査委員会からの報告に基づいて、不利益処分を行うか否かについて審査権限を有する機関であるところ、本件審査委員会による原告らからの事情聴取は不利益処分を原告らに課す前提たる聴聞としての意味合いを持つというべきである。また、本件審理委員会の調査が始まってからは、代理人が原告らに代わって被告との交渉を担当し、事情聴取への拒絶文書も代理人名で提出されている。以上によれば、原告らが本件審査委員会からの事情聴取に応じなかったこと自体を懲戒事由とするのは相当でないというべきである。
被告は、懲戒事由として、原告らが「いわばカルト集団として学生を組織化してマインドコントロールし、学生の人格を著しく侵害したと主張するが、プロジェクトの趣旨に賛同し、自主的・積極的にこれに参加した学生が相当数いたこと、これらの学生が、プロジェクトの参加に消極的な学生に対し、強い非難を加えたり、参加を半ば強制したことは認められるが、原告らが、学生をカルト集団として組織したり、学生をマインドコントロールしたり、かかる積極派の学生らに対して上記行為を行わせたことまでを認めるに足りる証拠はない。
被告は懲戒事由として、原告らが「幻覚症状を呈するなど心身の調子を崩す学生を続出させ、ついには2名の学生を不登校に至らしめた」とも主張するところ、原告AにおいてはMを一時不登校ともいえる状態に至らしめたと評価することができる。しかしながら、Lに関して、平成18年度に攻撃の的とされ、平成19年2月初めから授業を欠席しがちになり、卒業論文は到底書ける状態ではないため留年したことが認められるが、これらは英語ゼミでの話合いが原因となっていると認められることからすれば、Lが原告らの行為によって心身の調子を崩すことになったとは認められない。以上によれば、本件懲戒処分における懲戒事由のうち、原告らは非違行為を行ったことが認められ、法令その他本件就業規則に規定する遵守すべき事項に違反したものであるから、被告教員の懲戒事由を定める本件就業規則34条1項5号に該当する事実があるといえる。
2本件懲戒処分の相当性について
被告が主張する懲戒事由のうち、原告らの非違行為としてその存在を認めることができるのは、1)原告Aが、そのゼミ生らに対し、アイヌ語学研究総覧に関するプロジェクトへの参加を半ば強制し、また原告らが、そのゼミ生らに対し、アイヌ語電算化ライブラリープロジェクトへの参加を半ば強制したことにより、これらのプロジェクトへの参加に消極的な学生らを長時間拘束し、その勉学を阻害した行為、2)原告Aにおいては、その結果、Mを一時不登校ともいえる状態に至らしめたこと、3)原告らがかかる事態を承知していたにもかかわらず、何ら有効な改善策を講じなかった行為、4)本件調査委員会による調査に対し、正当な理由なく応じなかった行為である。
1)において、原告らは、ゼミの指導教官として、学生を適切に指導・監督する注意義務を有しているにもかかわらず、上記プロジェクトへの参加・不参加に関する学生の意思を適宜確認せず、また各学生の作業量等の状況を把握しないまま、学生らに同プロジェクトの作業を行わせるという、いわば消極的な義務違反の行為に及んだものであって、それ以上に、原告らが参加に消極的な学生に対し、参加や長時間にわたる作業を直接強要するような行動をしたり、参加をやめた学生に対し不利益を課したというような積極的な人権侵害行為に及んだという事実を認めるに足りる証拠はない。また2)は、時期的に見て相談員会議からの注意を受ける前のことであり、その後原告AがMの登校を困難ならしめるような何らかの行為をしたことを認めるべき証拠は存在しない。また3)については、原告らは相談員会議から注意を受けた後、ゼミ生に対し、同プロジェクトへの参加は強制ではない旨伝えていること、その後実際にプロジェクトをやめている学生がいることが認められ、これにより原告らは学生らに対し、参加の意思を確認し、プロジェクトから抜ける機会を与えているということができる。とすれば、1)ないし3)の行為は、確かにハラスメントに該当する行為であり、原告らに反省を促す必要があるというべきであるが、ただ、その行為の性質及びその後の原告らの対応に鑑みると、それ自体が直ちに諭旨解雇に相当するような重大な非違行為であるとまではいえない。
以上指摘の諸事情、及び原告らに懲戒処分歴がなく、本件についても相談員会議から注意を受けた以外に被告から格別問題点の指摘や注意がなされた形跡がないことに鑑みれば、4)の点を考慮しても、被告において、減給又は停職というより軽い懲戒処分を選択することにより原告らに反省する機会を与えることなく、直ちに二番目に重い懲戒処分であって、退職届を提出しなければ懲戒解雇処分を行うことが予定されている諭旨解雇を選択したことは、原告らの行為との間に均衡を欠き、社会通念上相当とは認められない。したがって、原告らに対する本件懲戒処分は懲戒権ないし解雇権を濫用するものとして無効といわざるを得ない。したがって、原告らは、現在も被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあるといえる。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例1023号43頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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