判例データベース
非鉄金属卸売業セクハラ通報事件(パワハラ)
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 非鉄金属卸売業セクハラ通報事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成22年(ワ)第6166号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 X株式会社 - 業種
- 卸・小売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年01月25日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、非鉄金属卸業等を目的とする株式会社であり、原告(昭和47年生)は、平成7年10月、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して、千葉資材センターの一般事務に従事していた女性である。
原告は平成19年10月5日、J課長に対し、詰め所の掃除中に社員Bに背後から襲われ、膣に指を突っ込まれたというメールを送信し、同月9日、E部長に対し、Bに下腹部を撫でられたと訴えた。Eは同日上司を介してBに対し原告に謝罪するよう指示し、Bはこれに従い、ふざけて原告の尻を叩いたことは認めて謝罪したが、膣に指を入れるようなわいせつ行為については一貫して否定した。被告は、原告が主張するような強制わいせつの被害はなかったと判断したが、Bと原告が顔を合わせることを避けるため、平成20年3月11日、原告を本社に異動させた。
原告は、同月中旬頃、本社内で部長Dに対し、「事務所内で首を吊る」、「吊るためのロープを常時携帯している」、「社長の前で首を吊っても良い」などと言い、抗うつ剤を服用していたため、同月24日から28日まで、4月17、18日、5月2日、15日から30日まで、6月1日から23日まで年休を取得した。原告は同年5月26日と同年6月9日、外傷後ストレス障害の診断を受け、更に同月20日、非常に精神的に不安定な状態と診断された。常務CとDは、その間何度か原告に休職を勧めたが、原告は休職期間満了により退職扱いされることを懸念してこれに応じなかった。そのうち6月23日の面談で、原告はCとDに対し、被告が強制わいせつの事実を認めないことや、Bではなく自分を自宅から遠い本社に異動させたことについて被告を批判し、その後も被告を信頼できないという批判を繰り返した。
同年11月10日、勧誘電話に原告が強い口調で対応したために嫌がらせ電話がかかるという騒ぎがあり、その中で原告が同僚らに対し、千葉資材センターで性的被害を受けたこと、これに対する被告の対応が不十分であることを大声で訴えた外、同年11月14日、本社に来ていたEに対し、Bが刑事責任を問われない原因がEの虚偽の供述にあるとして、「嘘つき」、「地獄へ落ちろ」などと非難した。
被告は原告の一連の言動が、就業規則69条に定める懲戒事由である、服務規律その他諸規則に違反したとき(1号)、職場の秩序、風紀を著しく乱す行為のあったとき(4号)、正当な理由なく就業を拒んだとき(6号)、事業所内で暴行、脅迫、傷害その他これに類する行為をしたとき(9号)、会社の名誉、信用を毀損したとき(13号)に該当するとして、同月20日付けで原告を解雇した。
これに対し原告は、会社を信用できない旨の発言をしたことは認めたが、これは強制わいせつ被害を否定する被告の不誠実な態度によるものであり、大声で怒鳴ったり、脅迫するなどの事実はないから、本件解雇は権利濫用に当たり無効であるとして、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを制球した。 - 主文
- 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1原告の主張等についての検討
原告は、Bから膣に指を入れられるという強度のわいせつ被害を受けたと主張するが、勤務時間中に職場で、誰にも見られずにこのようなわいせつ事件が生じたというのはそもそも不自然であること、周囲の状況によれば、ふざけて原告の尻を叩いただけであったというBの説明が信用し得るものであること、Bが謝罪したのは、尻を叩いた行動が軽率であったと反省したからであること、原告はその後沖縄への社員旅行に行ったが変わった様子はなく、更に翌11月には男性社員と2人で再度沖縄へ旅行していることなどを考慮すると、上記主張事実はこれを認めることはできない。
原告は、Bと被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をしたが、この請求は平成22年9月22日、同事実が認められないという理由で棄却されたところ、本件の証拠上、上記の棄却の判断を直ちに否定すべき事情等は窺われない。
2本件解雇事由の存否ないし本件解雇の相当性
認定した事実は、会社に対し、「会社を全く信用していない」等の発言を繰り返し行い、改善する様子がないこと、上司の誹謗中傷を繰り返し行い、改善する様子がないこと、著しく職場の秩序を乱したこと、職場内において取締役への脅迫を行ったことにそれぞれ相当するということができる。これらは就業規則69条4号、13号等の懲戒事由に該当するものであるから、本件解雇事由が認められるというべきである。
原告の言動は、精神疾患(特に躁状態)の悪化の影響下にあるものと考えられるし、いずれも社内におけるものであり被告の対外的信用を害する結果を招いたわけではない。そうだとすると、一般的には、被告は本件解雇に際して、原告に対し相当程度慎重な対応をすべきだったということができる。しかし、原告の精神疾患の発症について被告が責任を負うべき事情は窺われないし、原告の欠勤を業務上の疾病による休業と認めることもできないから、本件解雇は労働基準法19条1項の解雇制限に服するものではない。
また原告は、事実とはいえない強制わいせつ被害を受けたと主張した挙げ句、被告がこの事実を否定して、原告を自宅から遠い本社に異動させたことに不満を抱き、他の従業員の前で性的被害を受けたなどと大きな声で訴えたり、上司に対し「地獄へ堕ちろ」などと述べたり、事務所内で首を吊ると言ったりした。原告の父も、わいせつ事件後の被告の対応を批判して、原告が自殺未遂をしたなどと述べた。このような言動は、奇矯かつ非常識なものというべきであり、これに直面した被告において、原告に対して会社の秩序を遵守し、協調性を維持することを期待することはもはや不可能であり、信頼関係を修復することも不可能であると考えたのもやむを得ないということができる。原告が将来にわたりこのような言動を積み重ねるようでは、いたずらに被告の職場の混乱を招き業務に支障を来し、場合によっては社外の者に対して被告や上司についていわれない批判をするなど、対外的信用を害する結果を招くおそれもあると考えられる。そうだとすると、原告は本件解雇の当時、従業員として勤務させることが不適格であったもの(就業規則62条9号)と認められる。したがって、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合(労働契約法16条)には当たらず、権利濫用により無効とはされないというべきである。 - 適用法規・条文
- 労働契約法16条、労働基準法19条1項
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2104号22頁
- その他特記事項
- 本件は損害賠償請求事件としても争われた(東京地裁平成21年(ワ)46666号2010年9月15日判決)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|