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Y信託銀行昇格等差別賃金請求事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
Y信託銀行昇格等差別賃金請求事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 昭和61年(ワ)第4974号
当事者
原告 個人1名
被告 信託銀行
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年10月17日
判決決定区分
棄却
事件の概要
原告は昭和26年4月被告に入社し、検査部等を経て、昭和46年以降、財務管理サービス室、証券代行部書換課等幾つかの部署に配属されたが、勤務態度及び職務上の能力が著しい低下を示し、責任を以て与えられた事務を処理しようとする意欲に欠け、上司、同僚後輩と協力して事務を処理しようとする協調性が見られず、周辺とトラブルを起こし、異常な行動が目立つようになったなどとして、人事考課において5段階評価の最下位と評価されるようになり、昇給・昇格ができなくなった。

原告は、いずれの部署においても職務に精励し、本来「標準者」として扱われるべきであり、そうすれば昇格し、賞与も標準者としての額を受給できたところ、被告の差別的取扱により昇給・昇格ができず、賞与の額も不当に低くされたと主張し、標準者として受けるべき給与・賞与と、現実に受給した給与・賞与との差額が被告の不当利得に当たること及び被告による差別的取扱いが不法行為に当たるとして、被告に対し、1278万6700円の損害賠償を請求した。

なお原告は、昭和57年に本件訴訟と全く同一の事実を主張し、被告に対して現実に支給を受けている給与及び賞与と原告が自らを評価し支払うべきとする給与及び賞与との差額の支払いを求める差額賃金請求事件を提起し、昭和60年3月14日、請求棄却の判決を受け、控訴審でも同年12月16日控訴棄却の判決を受けている。
主文
原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
本件訴えは第一次的には原告の提供した労務を不当利得として、労務に対応する金員の支払を求めているが、その実際は給与が昭和46年4月以降昭和63年3月までの、賞与が昭和48年6月以降昭和63年6月までのそれぞれの期間において、「標準者」に支給された給与・賞与の額と原告が支給を受けた給与・賞与との差額の支払いを求めるものである。しかも、第二次的な請求原因は前訴と全く同一の期待権侵害、または不当労働行為に基づく不法行為による損害賠償請求である。前訴の既判力が本件訴えに及ぶかは別として、原告は前訴と全く同じ紛争を蒸し返して被告に応訴させているのであるから、信義則上、前訴で審理の対象となった期間の給与・賞与につき本訴で審理の対象とすることは許されないと解すべきである。したがって、本訴において審理の対象となるのは、昭和59年11月以降の給与及び昭和61年6月以降の賞与の差額についてである。

先ず不当利得に基づく請求であるが、原告の主張は提供した労務の質が「標準者」の基準に達していたことを前提とする。雇用契約の目的である労務の内容と提供される労務の質は千差万別であるから、対価たる賃金を決めるに際しては必然的に評価を伴うことになる。この場合、労務の質をどう評価するかの自由が労務の提供を受ける側にはあり、この評価を受け入れ難い労働者には退職の自由を保障するというのが、雇用を契約として構成する民法の建前である。本件においても、人事考課は雇用者である被告の自由な裁量において行うことができ、原告との雇用契約における賃金決定の基準となる原告の提供した労務の質の評価は人事考課に基づき被告が判断するところに依るのである。原告の被告における人事考課の評価が5段階評価の最下位であることは原告自ら述べるところである。そうすると、原告の提供した労務の質は、「標準者」に達していなかったといわざるを得ないから、標準者であることを前提とする原告の主張は失当である。

次に、期待権侵害に基づく請求であるが、人事考課は雇用者である被告の自由な裁量においてなし得ると解される。もっとも、これは全くの恣意を許すものではないから、人事考課の方法が公序良俗に反する等の違法事由があり、その結果として被雇用者の利益を侵害したときには不法行為が成立する余地はある。しかし、本件において、人事考課の方法等が違法であったと推認すべき証拠はない。却って、被告においては人事考課の公正を期する目的から、「人事考課要領」を設け、統一した基準により従業員の能力、態度、適性等を評定、把握することに努めていたこと、評定が偏向しないために被評定者を担当する上司3名(原告の場合は、課長、次長、部長)が、下位から順に一次評定者、二次評定者、三次評定者として、それぞれ独立して評定を行っていたことが認められる。したがって、原告の昇格・昇給、賞与に関する被告の取扱いが不法行為を構成するとの主張もまた失当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例529号62頁
その他特記事項