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M社降格控訴事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
M社降格控訴事件(パワハラ)
事件番号
東京高裁 - 平成18年(ネ)第5492号
当事者
控訴人 株式会社
被控訴人 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年02月22日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
被控訴人(第1審原告)は1984年4月、広告代理店である控訴人(第1審被告)に入社し、2002年以降メディアマーケティング本部業務部(業務部)に所属していた。

控訴人が2001年10月に導入した新賃金制度では、給与等級7級から9級は管理職と位置付けられて年俸制が採られ、7級の者の年俸の上限は1200万円、下限は950万円であり、6級の者の基本給の上限は804万円、下限は657万円でとされていた。控訴人においては、新賃金制度の導入に伴い、降級制度も導入され、―3〜+3の7段階の評価により、―1の評価を2年連続で受けた者、―2の評価を当該年度で受けた者が降級の対象となり、昇格会議で決定されることとされていた。

2001年10月、控訴人は親会社からの人員削減の指示を受けて、当時メディアマーケティング本部に所属していた被控訴人を含む8名に退職勧奨したが、1名を除きこれを拒否した。控訴人副社長は同月頃、被控訴人に対し、経営構想外であるなどと2度にわたり退職を勧奨したが被控訴人がこれを拒否したことから、「この先給料が上がると思うな。這いつくばって生きていけ」などと発言した。

被控訴人の1999年の評価は+1、2000年の評価は0であったのに対し、2001年の評価は−1であったが、被控訴人は異議を留めなかったところ、2002年の評価が−2となり、控訴人は2003年4月以降、被控訴人を7級から6級に降級することに決定し、これに伴い、被控訴人の基本給与月額は66万5340円から45万9400円に減額された。

被控訴人は、2002年度の評価−2は不当に低い評価であり、本件降級処分は裁量権を逸脱して無効であると主張し、7級としての給与の支払いを請求した。

第1審では、原告の2002年度の勤務振りは通常の勤務であり、本件降級処分は権限の裁量の範囲を逸脱したものであって、本件降級処分は効力がなく、原告は依然として7級の地位にあるとして差額賃金等の支払を命じたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1本件控訴を棄却する。

2訴訟費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
当裁判所も、被控訴人の請求のうち給与等級7級の労働契約上の地位を有することの確認請求は理由があり、差額賃金請求についても原判決が認容した限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、被控訴人のその余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。

新賃金規程に基づき控訴人が行う人事評価は、事柄の性質上使用者である控訴人の裁量判断に委ねられているものであるが、控訴人が新賃金規程において本人の顕在能力と業績が属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていることという降級の基準を定め、「本人の顕在能力と業績」に着目することにより、職務遂行上外部に表れた従業員の行為とその成果が当該資格に期待される水準に著しく劣っていることを降級の基準としているのであって、このことに、「降級はあくまでも例外的なケースに備えての制度と考えています。著しい能力の低下・減退のような場合への適用のための制度です。通常の仕事をして、通常の成果を上げている人に適用されるものではありません。」との注釈を加えている趣旨に鑑みれば、新賃金規程の定める降級の基準は使用者である控訴人の裁量を制約するものとして定められており、新賃金規程の下で控訴人が従業員に対し降級を行うには、その根拠となる具体的事実を必要とし、それによる根拠に基づいて本人の顕在能力と業績が属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断することができることを要すると解するのが相当である。

控訴人が人事評価の結果に即して降級の内規を定めて運用を行っているが、人事評価の結果当該内規に該当したからといって直ちに新賃金規程の定める降級の基準に該当するということはできないのであり、具体的事実による根拠に基づき、本人の顕在能力と業績が、本人の属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断することができることを要するというべきである。被控訴人に対する本件降級処分が有効であるというためには、控訴人は、具体的事実による根拠を挙げて、被控訴人の顕在能力と業績が7級に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断することができるものであることを示す必要があるというべきところ、被控訴人の2002年度の業務部での勤務振りは通常の勤務であり、控訴人の主張する降級理由がいずれも認めるに足りる的確な証拠の存在しない本件にあっては、本件降級処分は権限の裁量の範囲を逸脱したものとして、その効力はないものと解するのが相当である。したがって、被控訴人を7級から6級に降級した本件降級処分は効力がなく、被控訴人は依然として7級の地位にあると認めるのが相当である。

以上によれば、被控訴人の請求のうち給与等級7級の労働契約上の地位を有することの確認請求は理由があり、差額賃金請求についても原判決が認容した限度で理由があるから、これらを認容すべきであるが、被控訴人のその余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。
適用法規・条文
労働基準法24条
収録文献(出典)
労働判例937号175頁
その他特記事項
東京地裁 平成17年(ワ)2672号:2011081913