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M大学講義・演習指導妨害排除請求仮処分申立事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
M大学講義・演習指導妨害排除請求仮処分申立事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成20年(ヨ)第21005号
当事者
債権者 個人1名
債務者 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2008年10月15日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
債権者(昭和29年生)は、昭和52年3月に債務者大学経営学部を卒業し、他大学の講師を経て、平成6年4月に債務者大学経営学部助教授に、同7年4月に同教授にそれぞれ就任した者である。

債務者大学院経営学研究課程に在籍するAは、平成19年1月13日、債務者キャンパス・ハラスメント対策室に対して、1)平成16年3月2日、飲食後のカラオケ店の階段踊り場において債権者に暴力を受けたほか、激しく罵倒され、土下座させられた、2)平成18年8月30日の日本原価計算研究学会準備委員会打上げの席で理不尽な強い叱責を受けた点が、アカデミック・ハラスメントないしパワー・ハラスメントに当たるとして、相談申込み(本件申立)を行った。債務者キャンパス・ハラスメント対策委員会は、同年1月から3月にかけてA、債権者及び関係者から事情を聴取し、その結果を受けて、債務者はキャンパスハラスメント審査会(審査会)を設置した。審査会は調査結果に基づき、同年3月29日、債権者に対しては休職処分を含む厳重な処分が相当との結論を示し、対策委員長に対しこの報告書を提出し、同委員長は規程に基づき、同報告書を債務者学長に提出し、学長は同月31日、経営学部長に対し、教授会の意見を確認すべくこれを送付した。同学部長は、3回にわたり経営学部教授会で審議を行った結果、債権者は休職1年の懲戒処分が相当と決議し、これを学長に報告した。

学長はこれを受けて、人事審査委員会の開催を求めたが、一方、同年6月8日、経営学部教授会は、債権者に対し、1)教育、研究、管理に関する活動全般、とりわけ学長室専門委員としての活動を自粛すること、2)学会並びに他大学等においての活動全般を自粛することを要望する書面を送付した。人事審査委員会は、学長に対し、1)懲戒処分の決定に際しては不十分である、2)Aが主張するような暴力があったとは認定できない、3)Aは債権者から研究活動上の不利益を受けていた事実はなく、アカデミック・ハラスメントがあったとはいえないなどの意見を述べた。学長はこれを受けて、同年8月2日、債務者理事長に対し、債権者の処分を申請したところ、同理事長は、同月9日、理事会を召集し、債権者に対し「教職員たるにふさわしくない非行」があったとして「停職1ヶ月」の処分(本件懲戒処分)を決定した。

一方、同年4月6日、債務者経営学部教授会及び大学院経営学研究科委員会が開かれ、債権者の授業担当、大学院の演習担当を外す旨決議された。また、平成20年1月12日、大学院経営学研究科委員会が開かれ、Aが在籍するとの理由から、債権者に平成20年度の演習及び講義を担当させないとの議案が承認され、その後債権者は授業及び演習を一切担当できなくなった(本件措置)。

債権者は、学生に教授することは教員の義務と同時に権利としての側面を有するから、教授会が債権者に対し講義や演習の担当を停止することは、実質的に懲戒に該当するところ、就業規則に根拠のない不利益処分を懲戒権限のない教授会が行っている点、理事会で懲戒処分の根拠とされたものと同一の事実について更に不利益処分を科すことは一事不再理の原則に反する点から違法であるとして、債権者が講義や演習に関し学生を指導する地位にあることの確認、債権者が指導することを債務者が妨害することの排除を求める仮処分を申し立てた。
主文
1債権者が、債務者に対し、平成21年度における、債務者経営学部の原価管理論A・B、管理会計総論・、演習・・のうち少なくともいずれか、債務者大学院経営学研究科の管理会計論得演習(博士前記課程)、原価管理特論A・B(博士前記課程)、管理会計特殊研究(博士後期課程)のうち少なくともいずれかについて、その指導を担当する地位にあることを仮に定める。

2債権者のその余の申立てを却下する。

3申立費用はこれを2分し、その1を債務者の、その余を債権者の負担とする。
判決要旨
1大学の自治について

大学の自治は、1)教職員の人事における自治、2)施設の管理における自治、3)学生の管理における自治、4)研究教育の内容及び方法の自主決定権、5)予算管理における自治等を含むものと科されている。このような大学の自治の内容を実現するため、大学は必要な範囲で、自治の内容に関する措置を大学なりの必要性で発することができるというべきである。したがって、人事上の措置を、教務遂行権の一環として発することができると解される。もっとも、このような裁量も無制限ではなく、大学の自治に配慮しつつも、権利濫用法理に服し、合理的な理由と社会相当性が求められると解すべきである。当該措置が権利濫用に当たるか否かは、当該措置をするための大学の教務上の必要性と、それによる構成員の不利益の程度とを比較考量して決すべきである。

2教授会の自治とその裁量について

大学の自治は教授会の自治を内容とするものとも解されており、上記1)ないし5)の内容については、実質的にある程度教授会に委ねられているともいえる。本件において問題となっている、講義や演習をどの教職員に担当させるかは、学部教授会及び研究科委員会において審議される本質的・核心的な項目の一つであることに鑑みれば、当該問題における教授会の裁量は広範囲なものとされるといえる。すなわち教授会は、教職員に対して、雇用契約上定められた年間5コマの講義・演習(専任教授)について、経営学部及び経営学研究科全体の具体的な授業計画の立案をする中で、各教職員に対しいかなる講義・演習を担当させるかを、各教員の専門分野やキャリア、これまで担当してきた講義・演習の内容、雇用契約における当事者双方が前提にしていたと合理的に推測できる内容その他を勘案しつつ、広範な裁量に基づき決定することになる。他方、大学において教育研究に携わる者としては、学生に対して講義を行うことは、雇用契約上の義務であるばかりでなく、教職員の権利でもあるというべきである。もっとも、上記教授会の裁量権に鑑みれば、大学内においては、ある科目の教授として雇用されたなどの者であっても、自己の自由裁量で講義や演習を行うことができるわけではなく、教授会の決定する年間の授業計画等の中で初めて実現することができるものということができる。

3本件教務上の措置の必要性とそれによる債権者の不利益について

大学には、学生の適正な教育環境を整備・保全する義務があり、キャンパス・ハラスメント行為があれば、その再発を防止するために、適切な行為をとるために一定の裁量があることは疑う余地がない。債務者が本件懲戒処分において認定した事実は、債権者のAに対する暴力を認定せず、債権者のAに対する指導に行き過ぎた点があったことが「教職員たるにふさわしくない非行」に該当するとしており、債権者は本件懲戒処分に対しては異議を述べることなく受け入れている。

一方、債権者の不利益は、平成19年4月からほぼ1年半にわたり講義や演習を担当することができないでいる点にある。ところで、年度やその学期の途中で担当教員が交替することによる学生や当該職員への影響及び学部全体の授業計画その他の事務への影響を考えれば、仮に債権者が講義や演習を担当することになるとしても、新年度からとするのが相当であるから、債権者が講義や演習を担当できない期間は少なくとも2年間に及ぶことになる。債務者は、債権者が大学に出入りすること、教授会に出席することはいずれも妨げられないから、その不利益は必ずしも大きくないと主張するが、既に本件懲戒処分が平成19年8月9日から1ヶ月で終了しているのに、その付随的な措置である本件措置により、2年間講義や演習を担当することができないという結果は、債権者にとって余りにも不利益が大きいものといわなければならない。

更に、紛争当事者の認識及び意見に大きな相違のある状況で、債権者が紛争解決の具体策及び再発防止策を積極的に示すまで講義及び演習を担当できないとするならば、債権者に過大な譲歩を強要することになり、この程度の事実に対して債権者に与える制裁的な効果は極めて強いものといえる。加えて、債務者は再発防止策の重要性を主張するが、それがAに対する再発防止策なのか、学生一般に対するものなのか必ずしも明らかではない。前者であれば、Aは大学院生であるから、債権者に学部の講義・演習を担当させないことは再発防止策とならない。大学院においては、Aも債権者の講義や演習には参加しないと思われるので、それで足りると思われるし、場合によっては、債権者にはAが参加していない科目で講義・演習を担当させるなどの方法も検討の余地がある。他方、学生一般に対してというならば、債権者が一般的に暴力的な性向を有しているとか、特に教員として不適格であるとの証拠もなく、これまで本件懲戒処分以外処分を受けたこともないのであるから、講義・演習を担当させれば、どの学生に対しても同様な問題を発生させることがあり得るというのは過剰な反応というほかない。

このように、本件措置は、その目的が不明確で、同種行為の再発防止という目的に対する効果が不十分であり、それでいて債権者の不利益が極めて大きく、更に本件措置が解除されるために債務者が要求する行為が、債権者に過大な負担を強いるものであることから、学部及び大学院の教務を遂行する権限の濫用に当たり、無効といわなければならない。

4本件において取り得る措置

各教職員に対しいかなる講義・演習を担当させるかなどの事項については、教授会が広範な裁量に基づき決定する権限を有する。債権者は、平成19年度以前は本件科目を担当していたから、本件科目を担当させるのが相当であることになろう。しかし、教授会の裁量権があり、授業を行う権利がある程度抽象的なものであることからすると、債権者が当該科目の指導を担当する地位にあるとしても、強制力によって実現できる形で命ずるのは相当でない。他方、平成21年度債権者が講義・演習を担当することができなければ、債権者の不利益は極めて大きい。したがって、このような仮処分も発する必要が認められ、平成21年度以降のことは未定といえるので、同年度に限り、債権者が講義・演習を担当する地位にあることを仮に定めるのが相当である。
適用法規・条文
学校教育法58条、59条、民事再生法23条
収録文献(出典)
判例タイムズ1297号184頁
その他特記事項
・法律学校教育法、民事再生法
・キーワードパワーハラスメント