判例データベース
M健康学園人事評価事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- M健康学園人事評価事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成20年(行ウ)第182号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 東京都、世田谷区 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年05月13日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は、世田谷区立T小学校に併設された病虚弱学級であるM健康学園(本件学園)に勤務していた教諭である。
都教委は、平成10年7月、教員の人事考課及びこれを活用した人材育成について検討するための研究会を設置し、同研究会は平成11年3月に報告書を提出し、都教委は、同報告を受けて平成12年4月から教育職員の人事考課制度を導入した。
平成17年5月11日、原告は業績評価の開示制度により、校長から本件第二次評価の結果等を開示されたほか、本件各評価に基づいて3ヶ月の昇給延伸措置を講じられること、校長による原告に対する3回程度の面接指導が実施されることを告知された。同月17日、原告は本件各評価及びこれに基づく3ヶ月の昇給延伸等の措置を不服として、世田谷区教委に対し苦情申立書を提出したが、平成17年6月27日、同委員会は本件各評価に変更がない旨通知した。原告はこれを不服として、都人委を相手方とし、原告に対する昇給延伸3ヶ月及び3回の研修義務づけを取り消すことを求める本件措置要求をした。
これに対し都人委から、原告に係る業績評価が「C」評価(やや劣る)である理由として、1)平成16年7月17日の終業式のリハーサルの冒頭で原告が児童を怒鳴ったこと、2)理科の授業が、年間の指導計画に則っておらず、学習指導の目標が十分に達成されていなかったこと、教科書をほとんど使わないで自己の考えを一方的に児童に説明する授業が多かったこと、3)式典にふさわしい服装をするようにとの指導に従わないことが多かったこと、4)平成16年度運動会の打合せにおける垂れ幕の準備に関すること、5)教育相談研修会において教育相談員に意見したこと、5)臨時職員の看護師に対して意見したことの理由が挙げられ、都人委は平成20年3月18日、原告の要求は理由がないとして、本件判定をした。
これに対し原告は、被告東京都に対し、本件判定には違法があるとしてその取消を求めるとともに、被告東京都及び被告世田谷区に対し、昇給延伸等により経済的、精神的な損失を被ったとして、経済的損害16万1720円及び慰謝料50万円の支払を請求した。 - 主文
- 1東京都人事委員会が平成20年3月18日付けでした原告の措置要求を棄却するとの判定を取り消す。
2被告らは、原告に対し、連帯して、13万8584円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
5この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告らが13万円の共同担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。 - 判決要旨
- 1人事考課規則及び昇給欠格基準の法的拘束力について「原告は、教育活動の業績は計測不可能であること、子供対する教育活動は教育公務員だけが行うものではなく、親を始め地域住民が参加して総合的に行うことが予定されており、また学校における教育活動についても、教育公務員の集団によって実施されているものであるから、個々の教育公務員について教育活動の業績を評価し、これを賃金支給額に反映させることは、本来の教育活動を著しく阻害するものであるから、人事考課規則及び昇給欠格基準は法的拘束力を持たないと主張する。しかし、人事考課制度の内容及び平成17年度業績評価の方法等に照らすと、人事考課制度は子供の全人格的な成長の結果を評価評定するものではなく、教育職員の職務遂行上の能力及び情意並びに職務の実績を評価評定するものであり、加えて、子供に対する教育活動のうち教育職員が関わる部分もその他の部分と区別して把握することができ、教育職員の労働者に属する以上、人事考課制度の適用が否定される理由はないこと、人事考課制度が本来あるべき教育活動を著しく阻害することを窺わせる事情を認め得る証拠はないことからすると、原告の上記主張は採用することができない。
次に原告は、教育職員が自ら職務上の目標を設定し、その目標についての達成状況について自己申告するという形式は、それ自体、教育の自主性、自立性と相容れず、教育の自由及び子供の学習権を侵害するものであるし、校長等の学校経営方針に従った教育を教育職員に強制することになり、教育に対する教育行政による不当な支配に当たる旨主張する。しかし、当該学校経営方針は校長が恣意的に定め得るものではなく、各児童の尊重、学習指導の充実、保護者・地域との連携という学校の経営方針について抽象的に定められるものであり、このような内容の学校経営方針の実現に向けて教育職員が自ら職務上の目標を設定することが、当然に教育職員の自主性、自立性と相容れないものとはいえないし、教育職員自ら設定した目標の達成状況を自己申告することについても同様に、当然に教育職員の自主性、自立性と相容れないということはできない。
更に原告は、教育職員の業績を当該教育職員の給与、昇任その他の人事管理に反映させるための業績評価は、教育職員の身分保障を没却することになる旨主張する。旧教育基本法6条2項は、学校の教員は全体の奉仕者であって、教員の身分は尊重され、その待遇の適正が期されなければならないと定めているところ、同規定が教育職員の身分を絶対的に保障したものといえないことは、その文言に照らして明らかである。そして、本件人事考課制度は、都内公立学校の教育職員の職務遂行上の能力及び情意並びに職務の実績を評価評定し、これを給与の額等に反映させるものであって、教育職員の待遇の適正を期するために設けられたことからすると、同人事制度及び同制度において行われる業績評価が同規定に反するものとはいえない。教員の地位勧告は、日本において法的拘束力を持つものでないから、人事考課規則に基づく人事考課が同勧告に抵触するというだけで直ちに違法ということはできない。また、同人事考課制度の内容及びその実施のために策定された平成16年度業績評価実施要領に定める具体的評価方法は、公正かつ確実に評価するための仕組み等を備えたものと認められ、その評価結果についての開示及び不服申立手続きが定められ、これらは教員の地位勧告に沿うものといえる。
最後に原告は、教育職員の給与の決定を目的とする能率評価制度に当たる人事考課制度の規定を定めるに当たっては、関係教員団体と事前に協議し、かつその受諾を受ける必要があったが、そのような手続きを経ていない旨主張する。しかし、人事考課規則及び昇格欠格基準が勧告124項に抵触するとしても、そのことだけでそれらの法的拘束力を否定することはできない。
2本件各評価の公正評価義務違反について
平成16年度業績評価実施要領に定める評価基準は具体的に定められていると評価できるものであり、これに基づいて評価項目における各評価要素及び各評価項目を5段階のいずれかに評価することについて明確でないとはいえない。また、平成16年度業績評価において、被評価者は、そのうちの第二次評価の内容の開示を受ける手続き及び開示された評価結果について苦情申立てをする手続きが用意されており、原告は実際にそれぞれの手続きを利用しているのであるから、平成16年度業績評価において、被評価者の評価結果に対する弁明及び不服申立ての機会は確保されていたということができる。
平成12年4月から導入された人事考課制度は、その導入に当たって被評価者にパンフレットが配付されるなどの周知方法が採られていること、評価者となる管理者に対しては、平成12年度以降、2段階の人事考課評価者訓練が行われ、評価者が当該人事考課制度の内容及び評価手順等について相当の訓練を積んでいること、当該人事考課制度に基づく業績評価は、平成12年度以降毎年実施されており、原告も平成16年度業績評価は5回目であり、これらの事実によれば、本件各評価の際の原告並びにその評価者である副園長及び園長は、いずれも平成16年度業績評価の内容について相応の認識を有していたものと推認することができる。
第二次評価者は、第一次評価者の評価結果、説明等を参考にして絶対評価を行うほか、絶対評価の結果を基にして都教育長が示す3段階評価の分布率を適用した資料を作成するものとされている。これによると、第二次評価者が同分布率を適用するのは、絶対評価の場面ではなく、絶対評価の結果を基にした資料を作成する場面であるから、第二次評価者が絶対評価をするについて、同分布率が影響を与える関係にはないということができる。原告は、同分布率を示すことは、第二次評価者に対して実質的な相対評価を強制していたものであり、原告の第二次評価は、本来Cではなかったのに、同分布率に従った割付がされたことによりC評価へと格下げされた旨主張するが、原告の主張は採用することができない。
副園長は、本件第一次評価に際し、「常に単発の、その日だけの特別に考えた授業であることが多い」と、あたかも原告に対する数度の授業観察を実施した上での評価をしたかのように記載しているにもかかわらず、実際には工作の授業のほかにはみかん授業だけを見たにすぎないというのであり、また授業観察をしたみかん授業については、否定的・消極的な評価意見を一切述べていないのであるから、副園長が行った評価は、評価の前提となる事実関係の把握において不十分なものというべきであり、当該評価は、事実に基づかない又は誤認した事実に基づいたものと解するのが相当である。
3本件判定の適否
措置要求がされた事項について都人委が執るべき具体的な審理方法については、「勤務条件についての措置の要求に関する規則」に定める範囲内で都人委の合目的的裁量に任されていると解される。しかし、判定を導いた審理の手続きや認定、判断の内容が法令に違反し、又は考慮した事実関係に重大な誤認があるなどの瑕疵があり、都人委の裁量の範囲を逸脱していると求められる場合又はその裁量権の行使としてした判断等が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したものと認められる場合には、当該判定は違法になると解すべきである。
以上の観点から本件判定の適否を検討するに、本件各評価の適否が主要な審理対象事項であったものと解される。本件措置要求に係る審理の内容としては、都教委から意見書が提出されたが、本件各評価の基礎資料である本件職務実績記録は提出されていなかったこと、原告から関係者の審問要求がされたが、同審問は実施されなかったことを認めることができるに留まり、これ以上に本件判定の前提とした資料等の詳細及び審理の具体的進め方を認め得る証拠はなく、被告東京都が主張する本件各評価の基礎となった事実及び評価に関する書面の内容は不明というほかない。以上によると、本件措置要求に係る審理の手続きは、その審理対象事項である本件各評価の適否を判断するに必要な事実関係を把握するためのものとしては不十分といわざるを得ず、本件判定の前提とされた事実関係の把握においても不十分なものであったと推認される。加えて、本件各評価が、事実に基づかないか又は誤認した事実に基づくものとして公正な評価であるとはいえないものであることも考慮すると、本件判定は、その審理手続きにおいて適正なものではなく、そのことが判断の前提となる事実関係の把握において正確性に欠けているという重大な瑕疵があるということができ、都人委に認められた裁量の範囲を逸脱した違法があるというのが相当である。したがって、本件判定は取消を免れない。
4損害賠償請求について
副園長及び園長がその職務として行った本件各評価は、公正な評価とはいえないものであり、平成16年度業績評価に係る裁量権を逸脱した違法があるというべきであって、被告世田谷区は国家賠償法1条1項に基づき、被告東京都は同法3条1項に基づき、違法な本件各評価により原告が被った損害を連帯して賠償する責任を認めることができる。
原告は、本件各評価を受けたことを理由に、昇給欠格基準に基づいて本件昇給延伸通知を受け、平成17年7月に実施される普通昇給が同年10月まで延伸され、また平成17年7月から平成18年3月までの間に3回、校長から指導育成として本件面接を受けた。この事実によれば、本件各評価に基づいてされた昇給延伸による原告の逸失利益は、合計で3万8584円と認められ、またかかる評価等によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては10万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条1項、3条1項
- 収録文献(出典)
- 労働法律旬報1726号54頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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