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学校法人H医科大学慰謝料請求控訴事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
学校法人H医科大学慰謝料請求控訴事件(パワハラ)
事件番号
大阪高裁 - 平成22年(ネ)第167号損害賠償請求控訴事件、大阪高裁 - 平成22年(ネ)第1847号同附帯控訴事件
当事者
控訴人・附帯被控訴人 個人1名
被控訴人・附帯控訴人 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年12月17日
判決決定区分
原判決変更(一部認容・一部棄却)
事件の概要
控訴人(附帯被控訴人・第1審原告)は昭和49年5月に医師免許を取得した後、いくつかの病院勤務を経て、平成2年7月に被控訴人(附帯控訴人・第1審被告)大学耳鼻咽喉科に医員として採用され、平成3年9月に助手になった。

被控訴人大学では、平成5年12月、耳鼻咽喉科教授の公募制による選挙が行われ、当時助手であった控訴人は教授に断りなく立候補したことから、その逆鱗に触れ、学生の教育担当及び全ての臨床担当から外された。教授選に当選した被控訴人Mは前教授から控訴人を全ての臨床担当から外した旨の引継ぎを受けたが、その処遇の当否について改めて事情聴取することもなく、従前通り控訴人に一切の臨床を担当させなかった。控訴人は、平成6年10月頃から、臨床、教育の担当もなくなったところ、平成6年ないし9年には、県立病院に派遣されていたが、派遣先病院からクレームがあり、平成11年11月に派遣が中止された。

控訴人は、大学上層部らに対し、臨床を担当させるよう強く要求し、その結果、平成16年8月から、被控訴人病院のうち月曜日の再診が割り当てられるようになった。その後平成19年度になって、大学から、今後の控訴人の職務について、1)毎週水曜日、初診及び再診患者をC准教授と一緒に診る、2)耳グループに属して、被告M、C准教授らと協力して耳診察に当たる、3)手術は耳を中心にする、4)頭頸部の手術は頭頸部グループに任せる、5)独断での手術は行わない、との方針が伝えられ、毎週水曜日に初診を受け持つことになった。

控訴人は、被控訴人Mは14年間にわたって仕事を与えないといういじめを行い、その結果、医師としての技量を維持向上させることを妨げられ、他大学や他の病院の医師として転出する機会を剥奪され、人格権を侵害されたとして、被控訴人大学及び被控訴人Mに対し、慰謝料1500万円を請求した。

第1審では、約10年間にわたって控訴人に一切の臨床を行わせなかった被控訴人Mの行為は、裁量の逸脱、濫用に当たるとしながら、控訴人にも協調性の欠如、勤務態度の悪さなどの問題があったとして、慰謝料を100万円と認めたことから、控訴人はこれを不服として控訴する一方、被控訴人らも慰謝料の支払いを不服として附帯控訴した。
主文
1控訴人の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して200万円及びこれに対する平成20年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)控訴人のその余の請求を棄却する。

2被控訴人らの本件附帯控訴を棄却する。

3訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを15分し、その13を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

4この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1被控訴人Mは控訴人に対し、違法な差別的処遇を行ったか

控訴人は、被控訴人大学病院に赴任するまで15年以上の間、主に勤務医師として、複数の病院で耳鼻咽喉科部長として勤務してきた経験を有するものであるから、被控訴人大学としても、そのような控訴人を採用しておきながら、その後において控訴人が大学病院に勤務する医師としての資質に欠けていると判断したのであれば、控訴人に対し、そのような問題点を具体的に指摘した上でその改善方を促し、一定の合理的な経過観察期間を経過してもなお資質上の問題点について改善が求められない場合は、その旨確認して解雇すべきところ、被控訴人らが、上記のような改善指導を行って、その効果ないし結果を確認したなどの具体的事実は見当たらない。そうすると、被控訴人らは、控訴人に対する具体的な改善指導を行わず、期限の定めのないまま、控訴人をいわば医師の生命ともいうべき全ての臨床担当から外し、その機会を全く与えない状態で雇用を継続したというものであって、およそ正当な雇用形態ということはできず、差別的な意図に基づく処遇であったものと断定せざるを得ない。

これに対し、被控訴人らは、1)控訴人は協調性に欠け、患者とトラブルを起こすことが多かった上、2)平成6年から10年にかけて、派遣先の病院から控訴人の勤務態度等について複数のクレームが寄せられていた旨主張する。しかしながら、1)の事実が常習的に存在したことを裏付けるに足りる的確な証拠はなく、また2)のような事実が存在したとしても、派遣先病院からのクレームは3件に止まることからすると、全ての臨床担当から外さなければならない程度の事情があったとまでは認めるに足りないところ、仮にクレームの件数如何にかかわらず、控訴人について深刻な資質上の問題点が存在したというのであれば、被控訴人らとしては、控訴人に対し、その旨具体的に指摘した上で合理的な経過観察期間を設けてそれを改善するよう指導すべきであって、そのような指摘及び指導をすることなく全ての外部派遣の担当から外したというのは、職員に対する人事権の行使が被控訴人らの裁量に委ねられていることを考慮しても、合理的な裁量の範囲を逸脱したものというほかない。

なお、被控訴人らは、控訴人が外来診療等に復帰した平成16年以降、他の医師及び職員から、控訴人とは一緒に仕事をしたくない旨の意見が記載された嘆願書を提出したと主張するところ、これらによれば、上記医師等からは、控訴人は他の医師及び職員との連携意欲に乏しく、医療技術及び医学的知識に不足があり、安心して診療を任せられないなどの問題点が指摘されている。しかしながら、本件訴訟において検討すべき事項は、平成6年1月以降の処遇の違法性であって、控訴人が10年以上の長きにわたり、被控訴人大学病院において臨床を担当する機会が全く与えられて来なかったことを考えれば、控訴人に上記のような問題点があったとしても、そのことは控訴人に対するそれまでの処遇に起因する側面もあるというべきである。したがって、被控訴人らが、平成6年1月以降、控訴人を全ての臨床担当から外すものとし、平成11年11月以降、控訴人を全ての外部派遣の担当から外すものとしたこと(本件処遇)は合理的な裁量の範囲を逸脱した違法な差別的処遇というべきであるから、被控訴人らは控訴人に対し、本件処遇によって受けた精神的苦痛について、不法行為に基づく損害賠償責任を免れることはできない。

大学病院に勤務しているとはいえ、教育に従事することが必要不可欠とまではいえない上、教育という性質を考えると、学生に対する教育担当者の適正判断については被控訴人大学の理念及び方針に基づく独自かつ広範な裁量に委ねられているというべきであるから、上記教育担当から外されたことが著しく不合理な処遇であったということはできない。また控訴人は、臨床担当に一部復帰した平成16年8月以降の処遇(他の医師と比較して昇進が遅れていること等)についての不満を主張するが、それ自体独立した不法行為ではなく、本件処遇の延長として捉えた上で、損害額の算定事情として考慮するのが相当である。

2控訴人の損害額について

医師が臨床担当の機会を与えられなければ、医療技術の維持向上及び医学的知識の経験的取得を行うことは極めて困難といわざるを得ず、そのような期間が長期化するほど、臨床経験の不足等から、被控訴人大学病院において昇進したり、他大学ないし他病院等に転出する機会が失われるであろうことは容易に推測されるところ、違法な差別的処遇である本件処遇が10年以上と長期に及んだものであったことからすると、控訴人が本件処遇によって受けた精神的苦痛は相当に大きいというべきである。そして、控訴人は平成16年8月以降、外来診察等の一部を担当するようになったとはいえ、専門グループのうち耳グループに所属するよう命じられたのが平成19年4月であったことを考えると、少なくともそれまでの間は充分な臨床の機会が与えられたものとはいえず、控訴人の精神的苦痛が解消されたということはできない。

もっとも、被控訴人大学病院の教授選において上司である教授に相談なく立候補することが人事的に一定の不利益を生じさせる可能性のあったことは容易に認識し得たというべきであるし、その一方で、被控訴人らは、控訴人が全ての臨床担当から外れるようになった後、控訴人に対し、他の病院等への転出を勧め、転出先を具体的に紹介するなどしたが、控訴人はこれに応じないまま研究活動に従事することを選択したことが認められる。また、外部派遣先から控訴人の勤務態度等について複数のクレームが寄せられていたことが認められ、被控訴人大学病院の臨床担当に一部復帰した以降、他の医師及び職員から不満が出ていることも併せ考えると、控訴人としても、大学病院という組織に所属する以上、人事を始めとする円滑な運営等に配慮したり、他の医師や職員との協調を心掛けるなど、組織内において円滑な人的関係を維持するように柔軟な対応が求められていたにもかかわらず、自己の考え方に固執し、これを優先させる余り、組織の一員として配慮を欠くような行動傾向があり、そのために周囲との軋轢をかなり生じさせていたことは否定できないところである。

以上のような事実関係のほか、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、控訴人が本件処遇を受けたことについて、被控訴人らから支払を受けるべき慰謝料は200万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
神戸地裁 平成20年(ワ)2820号:2011081917
その他特記事項
大阪高裁 平成22年(ネ)167号損害賠償請求控訴事件、大阪高裁 平成22年(ネ)1847号同附帯控訴事件