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D公社採用内定取消仮処分申請控訴事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
D公社採用内定取消仮処分申請控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 昭和46年(ネ)第1122号
当事者
控訴人電信電話公社
被控訴人個人1名
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1973年10月29日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
被控訴人(第1審申請人)は昭和43年3月に高校を卒業した後、昭和44年8月近畿電気通信局の入社試験を受け、同年11月10日頃採用通知を受けた。それには、昭和45年4月1日付で採用すること、機械職として見習社員とすること、入社前の再度健康診断で異常があれば採用を取り消すこともあることが記載されていた。

被控訴人は高校卒業後T地区反戦青年委員会の構成員となり、昭和44年10月31日の無届けデモにより逮捕され、起訴猶予処分となった外、昭和45年3月15日万博会場付近において、安保万博粉砕のデモ及び座り込みに参加し、その際被控訴人は含まれなかったが、67名が不退去罪等により逮捕された。

近畿電通局は前記採用通知を出した後特別調査を行った結果、被控訴人は反戦青年委員会発足時から役員的地位にあることが確認され、被申請人を採用した場合過激な行動をなす可能性が強いことを憂慮したが、同年3月4日の入社懇談会には申請人を出席させた。同局は被控訴人について更に詳細な調査を行い、反戦行動によって逮捕され、起訴猶予処分とはいえ法律違反の行動がある以上、公社の職員として稼働させた場合、過激な行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場秩序が乱され業務を阻害される明白かつ現実的な危険があるものと判断し、同月20日に至り被控訴人に対し採用消しを通告した。

これに対し被控訴人は、公社が被控訴人に対し採用通知を出すことによって、入社前健康診断で異常が発見された場合を解除条件とし昭和45年4月1日を始期とする労働契約が成立し、その後被控訴人が入社懇談会に出席し、健康診断に異常がなかったことによって労働契約の成立が確定したと主張した。その上で被控訴人は、被控訴人の逮捕は正当な示威運動に対する職権濫用であること、公社のいう過激行動をとるグループと被控訴人の所属する反戦青年委員会は別個の組織であること等を主張し、本件採用取消(見習社員契約の解約)は無効であるとして、採用内定取消の意思表示の効力を仮に停止するとともに、賃金の仮払を求めて、仮処分の申請をした。

第1審では、被控訴人が入社懇談会に出席し、健康診断で異常がなかったことにより、昭和45年4月1日を始期とする労働契約が成立しているところ、被控訴人の反戦青年委員会での活動は、就業規則の解雇事由には当たらず、本館見習審契約の解約(採用内定取消)は無効であるとして、被控訴人の公社従業員としての地位の確認と賃金の支払を命じたことから、控訴人(第1審被申請人)は、これを不服として控訴に及んだ。
主文
原判決を取り消す。

被控訴人の申請を却下する。

訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
1本件見習社員契約の締結(採用内定)について

本件見習社員契約の成立の点を判断すると、控訴人(以下「公社」ともいう。)の社員公募は契約申込みの誘引と解すべきであり、これに対する被控訴人の第一次及び第二次試験の受験申込みが契約の申込みとなるものというべきである。そして、控訴人から被控訴人に対して発した昭和44年11月8日付採用通知書が右申込みに対する承諾であって、これによって、被控訴人が再度の健康診断に異常があった場合には、これを解約原因の一つとして、控訴人において解約し得るものとし、その効力発生の始期を昭和45年4月1日として見習社員契約の締結があったものと解すべきであり、昭和44年11月8日に成立したものというべきである。もっとも、被控訴人は応募の撤回の自由を有し、応募者に対し何らの拘束力をも課すものではなく、公社のなした本件採用通知にも、もし被控訴人において入社を辞退するような場合には速やかに公社に対し連絡すべき旨被控訴人を拘束する趣旨でないことを明らかにしているのであるが、その趣旨は応募者に申込みの拘束力を排除したものであって、公社もそのための応募者の申込みの拘束力を排除して承諾したと解すべきであるから、本件見習社員契約は、昭和45年4月1日の契約発生の始期まで被控訴人の申込みの撤回権を留保しつつ、成立したものというべきである。被控訴人は、本件見習社員契約は昭和45年3月4日に成立したと主張するが、本件採用通知書には「昭和45年4月1日付けで採用する」旨記載されているほか、未だ被控訴人において身元保証書、誓約書を提出せず、公社の就業規則の明示もなく、当時再度の健康診断を要する段階であったから、昭和45年4月1日は就労の始期ではなく、契約効力発効の始期と解するのが相当である。当裁判所も、公社の被控訴人に対する本件採用通知によって、公社と被控訴人との間に見習社員契約が成立したものではないと判断するものであって、その理由は原判決摘示のとおりである。

2本件見習社員契約の解約(採用内定取消)について

本件見習社員契約は、被控訴人が再度の健康診断に異常があった場合には、これを解約原因の一つとして、公社において解約し得るものとし、その効力発生の始期を昭和45年4月1日として締結されたもの(採用内定)であることは既に認定したとおりであるが、本件採用内定取消は、昭和45年4月1日をその効力発生の始期として締結された見習社員契約の解約(採用内定者の解雇)であって、採用内定者である被控訴人は未だ具体的な就労義務を負うことなく、賃金も支払われていないのであるから、労働基準法の適用は受けないものであり、また公社就業規則も直接その適用を受けないと解する。しかし、本件見習社員契約が採用内定であるからといって、公社は自由にこれを取消し得るものではないのであって、もし解約事由なくして取消した場合は無効といわなければならない。そして、本件見習社員契約の締結(採用内定)の性質、目的に照らすときは、解約事由は再度の健康診断に異常があった場合に限定されたものと解すべきでなく、公社の見習社員として適格性を欠くものと認むべき事由がある場合にも、公社は内定者である被控訴人に対し、予告期間を置くことなく即時に解約をなし得ると解するのが相当である。

反戦青年委員会は、社会党、総評が結成させたもので、昭和40年8月に日韓条約批准阻止闘争を目標として発足したものであるが、その当時は一応統制された組織の態をなしていたけれども、昭和41年秋以降急進派政治団体の浸透によって分派を繰り返した結果、実質的な統一指導部を欠く不確定組織の総体にすぎなくなっていた。被控訴人の属するT地区反戦青年委員会は、武力闘争を標榜していたことが認められ、被控訴人の所属するT委員会は過激派とこれに反対する一派に分裂し、被控訴人がその主張するように、過激派から分裂した他の一派に属するものであるかどうかは必ずしも定かではない。ところで、公社は遅くとも昭和45年3月20日被控訴人に対し本件採用内定取消通告をした当時には、事実関係をほぼ認識していたことが認められるから、公社において被控訴人が単に反戦青年委員会に所属しているというだけではなく、法律違反の具体的越軌行為がある以上、公社の職員として稼働させた場合、当時過激な越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序が乱され、業務が阻害される具体的な危険性があると判断したこと自体は十分首肯できるものがあるのであって、公益性、社会性の極めて強い企業体である公社が被控訴人には公社の見習社員としての適格性を欠くものと認むべき事由があるとたことは不当とはいえない。けだし、いわゆる内定者については、見習社員の解雇基準におけると同様の裁量範囲を認むべき根拠がないからである。

被控訴人は、その所属するT反戦青年委員会と過激な反戦グループとはいかなる関連もなく、少数の過激的な反戦青年委員会をもって全体的な性格を類推するのは独善的で許されないと主張する。確かに、各地区反戦では過激なものから比較的そうでないものまで存在するであろうことも類推できないではなく、被控訴人が過激派グループに属するかどうかも定かでないのであるけれども、反戦青年委員会なるものの性格と公社の情報収集能力からは、その実態を正確に把握することは極めて困難であったのであるから、公社としては、被控訴人が、非合法活動を誇示し、武力闘争を標榜するT地区委員会に所属し、無届デモを指揮し、これに関連して法律違反の具体的越軌行為がある以上、公社の職員として稼働させた場合、当時過激な越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序が乱され、業務が阻害される具体的な危険性があると判断したのはまことにやむを得ないものがあるのであって、被控訴人としては、当時多くの地区反戦が過激な非合法活動を繰り返す中で、T地区反戦青年委員会に所属し、同委員会が非合法活動を誇示し、武力闘争を標榜していたのであるから、被控訴人がT地区反戦青年委員会の過激派グループに属していたかどうかに拘わらず、公社の右のような判断を甘受しなければならない。

被控訴人は、昭和44年10月31日に無届デモに参加して逮捕され、起訴猶予処分となったが、これは起訴猶予処分とされた程度の軽微なものであって、しかも私生活上の事柄であり、非管理的機械的労働を職務とする見習社員としての労働力の価値の評価に影響のないものであるから、これを本件採用内定取消の事由とすることは許されないと主張する。しかし、被控訴人が逮捕され、起訴猶予処分となったところよりみれば、これを軽微と評価できないだけでなく、また企業外の私行であるけれども、本件は懲戒権(懲戒解雇)の対象として考察しようというものではなく、未だ企業内の地位を持たない被控訴人が公社の見習社員として適格性を有するかどうかを判定するための資料とするものであって、公社は、公共の福祉を増進することを目的として設立した企業であり、公共性、社会性の極めて強い企業体であるところから、公社としては、被控訴人はたとえ機械職として非管理的労働を職務とするものであっても、右のような公共性、社会性の極めて強い企業体に見習社員として採用するときは、公社の職場の秩序が乱され、業務を阻害される具体的な危険性があると判断したのであって、このことにより未だ企業内における地位を有していない被控訴人を公社の見習社員としては適格性を欠くと判断したものである。そして、解雇の場合は、企業内の従業員につきその適格性の有無を判断するに必要な資料は豊富にあるのであるけれども、本件のように採用内定の段階で適格性の有無を判断するに必要な資料が豊富とはいえない状態においては、本件事案が軽微であり、被控訴人の企業外私行であり、被控訴人が機械職として非管理的な職務を内容とするからといって、本件採用内定取消が解約の事由なくしてなされたものとは認め難い。

被控訴人は、更に、被控訴人がT地区反戦青年委員会に所属する事実をもって本件採用内定取消事由とすることは、憲法14条、労働基準法3条によって保障されている信条による差別的取扱であり、ひいては憲法19条、21条に違反して許されないと主張するところ、本件見習社員契約の締結(採用内定)は昭和45年4月1日を効力発生の始期とするものであり、本件採用内定取消当時には未だ始期は到来していなかったのであって、公社と被控訴人との間には具体的な労働契約上の法律関係は発生していないのであるから、労基法3条の適用(同条にいう「労働条件」には「労働契約の締結」は含まれない)はこれを否定すべきであるが、もし本件採用内定取消が被控訴人の信条を理由とするときは、憲法14条の規定に違反し、民法90条の公序良俗違反として無効といわなければならない。ところで、行動時に違法性の軽微な行動によって生じた結果だけを切り離し、これに名を藉りて差別的取扱を課することが許容されるならば、信条を保障した憲法14条の規定の適用を潜脱されるおそれがあるから、信条、新年による差別があるかどうかは、その差別が行動によって生じた結果に名を藉りたものかどうかを判断すべき必要がある。ところで、被控訴人が所属するT地区反戦青年委員会は政治的な主義主張を完徹するために結成された団体であって、その機関誌によれば非合法活動を誇示し、武力闘争を標榜しているのであるが、被控訴人は同委員会の構成員として無届デモに参加し、しかもこれを指揮し、いかに起訴猶予処分という比較的軽微な事件であるとはいえ、具体的な越軌行為を集団的に行ったのであるから、公社が被控訴人を見習社員としての適格性を欠くと判断したのは首肯し得るのであって、控訴人が専ら被控訴人の政治的信条や政治的所属関係を嫌悪して差別し、その無届デモ参加、逮捕及び起訴猶予処分に名を藉りて解約したものということはできない。したがって、本件採用内定取消が憲法14条の規定に違反し公序良俗に反して無効ということはできないし、いわんや憲法19条、21条に違反するものと解すべきではない。

そうすると、公社と被控訴人との間において締結された昭和45年4月1日を効力発生の始期とする本件見習社員契約(採用内定)は、昭和45年3月20日付本件採用内定取消によって適法に解約されたというべきである。
適用法規・条文
憲法14条、19条、21条、労働基準法3条、民法90条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は本訴に移行した。