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D公社採用内定取消本訴事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
D公社採用内定取消本訴事件
事件番号
大阪地裁 - 昭和49年(ワ)第863号、大阪地裁 - 昭和49年(ワ)第947号
当事者
当事者863号事件原告、947号事件被告個人1名
863号事件被告、947号事件原告電信電話公社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1977年04月21日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
863号事件原告(原告)は昭和43年3月に高校を卒業し、昭和44年8月近畿電気通信局の入社試験を受けて同年11月10日頃、昭和45年4月1日付で採用すること、機械職として見習い社員とすること、入社前に再度健康診断を行い異常があれば採用を取り消すこともあること等を条件とする採用通知を受けた。

原告は高校卒業後T地区反戦青年委員会の構成員となり、昭和44年10月31日に国労、動労の機関助士廃止反対の集会に反戦青年委員会の一員として参加し、無届けデモを行って逮捕され、起訴猶予処分となった。また原告は、昭和45年3月15日万博会場付近において、反戦青年委員会の一員として安保万博粉砕のデモ及び座り込みに参加し、その際申請人は含まれなかったが、約67名が不退去罪等により逮捕された。

近畿電通局は原告に対し前記採用通知を出したところ、その後原告が反戦系グループに属しているという情報を入手し、特別調査を行った結果、原告は反戦青年委員会発足時から役員的地位にあることが確認された。当時近畿電通局では反戦系の職員による過激な行動が頻発していたことから、原告を採用した場合、過激な行動をなす可能性が強いことを憂慮したが、同年3月4日の入社懇談会には原告を出席させた。同局はその後原告について詳細な調査を行い、反戦行動によって逮捕され、起訴猶予処分とはいえ法律違反の行動があったことを確認し、そうである以上公社の職員として稼働させた場合、過激な行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場秩序が乱され業務を阻害される明白かつ現実的な危険があるものと判断し、同月20日に至り原告に対し採用消しを通告した。

これに対し原告は、公社が昭和44年11月8日原告に対し採用通知を出すことによって、入社前健康診断で異常が発見された場合を解除条件とし昭和45年4月1日を始期とする労働契約が成立し、その後原告が入社懇談会に出席し、健康診断に異常がなかったことによって労働契約の成立が確定したと主張した。その上で原告は、原告の逮捕は正当な示威運動に対する職権濫用であること、万博会場付近における検挙は不当であること、公社のいう過激行動をとるグループと原告の所属する反戦青年委員会は別個の組織であることを主張して、本件採用取消(見習社員契約の解約)は無効であるとして、863号事件被告(被告)の見習社員としての地位の確認と賃金の支払を請求した。

本件は、本訴の前に仮処分事件としても争われ、第1審では申請人(原告)が勝訴し、見習社員としての地位の確認と賃金の支払を受けたが、第2審では、控訴人(被告)の見習社員契約の解約は正当であるとして控訴を認容したため、原告は被告の見習社員としての地位の確認を求めて本訴を提起した。なお本訴においては、被告(947号事件原告)は、仮処分第1審判決に従って支払った仮払賃金の返還を求めた。
主文
1昭和49年(ワ)第1、863号事件について

原告Aの請求を棄却する。

2昭和49年(ワ)第947号事件について

被告Aは原告日本電信電話公社に対し、金111万8000円及び内金109万2000円に対する昭和49年2月16日以降、内金2万6000円に対する昭和50年5月30日以降支払済までそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。

3訴訟費用は両事件を通じ全部昭和49年(ワ)第1、863号事件原告、同年(ワ)第947号事件被告Aの負担とする。

4本判決主文第2項は仮に執行することができる。
判決要旨
1昭和49年(ワ)第1、863号事件について

(1)見習社員契約の成否

被告の社員公募は本件見習社員契約申込みの誘引であり、原告の応募、第一次、第二次試験の受験は右契約の申込みであり、被告から原告に対する昭和44年11月8日付採用通知は右申込みに対する承諾であり、これによって再度の健康診断があったときはこれを解約原因の一つとして被告において解約できるとの条件が付された効力発生の始期を昭和45年4月1日とする見習社員契約が成立したものと解すべきである。本件のような労働者の公募の場合においては、採用者側に広範な採用の自由がある反面、応募者側からの申込みの撤回をする場合もしばしばあり、申込みの撤回権の留保を理由に申込みの効力を云々するのは相当でない。結局、右契約は、双方において解約権を留保して成立したものというべきである。原告は、本件見習社員契約が昭和45年4月1日を就労の始期として成立したと主張するが、原告は「昭和45年4月1日付で採用する」旨記載された採用通知を受領したとはいえ、右採用の日までの間は公社見習社員としての如何なる制約、拘束も受けるものではないし、また原告が未だ身元保証書、誓約書を提出せず、就業規則の明示もない段階において、原告が既に見習社員としての地位を取得し、昭和45年4月1日は就労の始期を定めたものに過ぎないと解することはできない。

被告は、前記採用通知は採用試験の結果、採用基準に達しているという観念の通知にすぎないと主張する。ところで、毎年定期的に多数の労働者を採用する企業にあっては、採用のための手続きを定め、或いは慣行によって募集から採用試験、面接等を経て早期に採用者を決定し、現実の就労は右決定の時より相当期間経過後になされていることは公知の事実であり、このような経過において何時、如何なる契約が成立するかは、その個々の具体的事実から判断するほかない。公社の見習社員採用については、誓約書、身元保証書、戸籍謄本・抄本を提出させることとし、右書類を正当な理由なく所定の期日までに提出しなかったときは入社を取り消す旨定めているが、辞令の交付については何らの定めもなく、見習社員に雇用することが決定した者に対しては、就業規則その他必要と認める公社の諸規定を提示して説明の上誓約書、身元保証書等を提出させて辞令書を交付するする旨定めていることが認められる。以上の規定からすれば、公社の見習社員の採用については、採用が決定した者に対してのみ誓約書等の提出以下の手続きが要求されているのであり、これは見習社員の採否の決定には直接関係ないといわざるを得ない。被告の定める採用手続きからみても、右通知をもって、健康に異常のない限り、原告が昭和45年4月1日付で公社見習社員としての地位を取得するという法律効果に向けられた被告の確定的な意思表示とみて差し支えない。被告は、本件採用通知によって見習社員契約の予約が成立したと主張するが、右採用通知は、健康に異常がある場合には採用を取り消す旨の留保を付したほかは何らの留保もなく昭和45年4月1日付で採用するというものであり、将来において更に契約をなすべき余地を残したものとは認められない。

(2)採用取消の成否

原告に関しては、昭和45年4月1日を始期とする見習社員契約が成立したわけであるが、原告は右始期到来前においても被告公社員としての地位を取得し得るという期待的地位を有するものであるから、被告において全く自由に採用を取り消し得るものではなく、解約するためには合理的な理由の存在を必要とし、本件見習社員契約の趣旨・目的に照らすときは、再度の健康診断において異常があった場合に限らず、採用決定後の調査によって、原告が公社見習社員として適格性を欠くと認めるべき事由が発見されたような場合においても、即時に解約し得るものと解するのが相当である。そして、右適格性の有無の判断は被告の裁量権に係るところであるが、採用通知前とは異なり、その裁量の範囲は無制限ではなく、原告の右期待権を剥奪することを正当とするに足る客観的な事由に基づく合理的な範囲のものでなければならないと解する。

認定された事実(万国博会場中央口駅付近集会に関する事実を除く。)を総合して考えると、被告において原告が単に非合法活動を標榜するT地区反戦青年委員会に所属しているというだけでなく、同委員会の構成員として昭和44年10月31日の無届デモを指揮して逮捕され、この件は起訴猶予処分となったとはいえ、右委員会の活動に関して法律違反の具体的な越軌行為がある以上、公社職員として稼働させた場合、過激な越軌行為を繰り返した反戦グループに属するとみられる公社職員らに同調し、そのため職場の秩序が乱され業務が阻害される具体的な危険性があると判断したことは首肯でき、かつ、被告公社が公共性、社会性の強い企業体であることを考え合わせると、被告が原告を公社見習社員として適格性に欠けると判断したことは不当とはいえず、客観的な事実に基づく合理的な範囲内のものといえ、少なくとも原告には被告公社見習社員としての適格性を欠くと疑うに足る相当な理由があったというべきである。そして、右のような適格性の欠如は、原告の公社見習社員となるべき期待的地位を剥奪するのを正当とするだけの合理的理由のある場合に当たり、これにより本件始期付見習社員契約は適法に解約されたといわざるを得ない。

原告は、昭和44年10月31日の集会への参加は私生活上のことであり、原告を逮捕したのは不当なものであり、事案も軽微で可罰的違法性のないものであって、原告の採用後の職種(末端の機械的労働)からして、右事実は適格性の有無に影響を及ぼすものではない旨主張する。原告が無届デモをなしたとして逮捕された事案は起訴猶予処分になったことからみて、これを軽微と評価できなくはなく、また私生活上の行為であることはいうまでもない。けれども、被告としては、たとえ私生活上の行為で軽微とはいえ、法令違反と認められるような具体的行為に及んだ原告が、将来公社職員になったときには越軌行為をなす虞があり、その時は公社の公共的性格からして職場の秩序が乱されたり、業務が阻害される危険があるとして、原告の適格性に疑問を持ち、適格性なしと判断したことはやむを得ないと考える。このことは原告の採用職種が非管理的な機械職であるとしても特に変わりはない。

原告は、T地区反戦は昭和44年9月に分裂し、原告が属しない過激派が非合法活動を誇示しているにすぎないのに、原告と何ら関係のない公社内の反戦グループにも原告が関係を持つと類推し、原告がこれら過激なグループと同調して業務阻害行為を繰り返すとしたのは不当な類推、独断である旨主張する。ところで、分裂後の過激派のグループは過激な内容の「T反戦ニュース」なるものを相当回数配布しているのに、原告の属するという他のグループが主張を明確にするような活動をしたと認められるものはないのであり、分裂後の両派の間での対立抗争等の事実は認められないのであり、また分裂後においても両派が同一の名称を用いて活動していたということも不自然である。原告は国労、動労の機関助手廃止、5万人合理化計画等反対闘争の一環として行われた集会に、右労組から要請があったわけでもないのにこれに参加し、前記のような越軌行為に及んだこと、万国博粉砕の行動を行ったことが認められ、右のような事実関係や、T地区反戦なるものが元来それほど統制のとれた強固な組織ではなかったことなどを考え合わせてみると、T地区反戦の分裂なるものは、過激派と穏健派とが対抗して分裂したというよりも、むしろ、同反戦内の過激な行動を主張する派が主導権を握り、過激な行動へと進んで行ったものと認められないことはなく、このような状況の下において原告のなした前記集会への参加、参加の際の行動からすると、原告は右分裂後の過激派グループに積極的に参加していなかったとしても、これらのグループとの関係を完全に絶っていたかどうかは疑問であり、両者の間に内的関連性ないし協働関係が全くなかったとはにわかに断じ難い。しかのみならず、分裂後の原告の属した派といえども、職場におけるストライキ等を中心とした反戦運動を標榜するものであるところ、原告は軽微とはいえ現実に具体的な越軌行動におよんでいるのであるから、被告において原告に就労させた場合には公社内の反戦系とみられる職員と同調して越軌行為に及び、職場秩序を乱し、業務を祖害する具体的な危険があると判断したことは当を得ないとはいえず、少なくとも原告については右のような危険があると疑うに足る相当な理由があったというべきである。したがって、原告が公社見習社員としての適格性を欠くものとした被告の判断は結局において是認することができる。

原告は、本件採用取消は政治的信条による差別的取扱いであり、憲法14条、労基法3条に違反すると主張する。しかしながら本件採用取消は、軽微とはいえ原告が越軌行為をなしたこと等から見習社員として適格性を欠くとしてなされたものであり、原告の思想・信条を理由としてなされたものとはいえない。

2昭和49年(ワ)947号事件について

原告が仮処分事件第1審判決に勝訴した結果、賃金として被告から受領した金員は、右第1審判決を取り消した第2審判決が確定し、かつ原告が被告公社の職員として稼働した事実もないのであるから、結局は法律上の原因なくして被告から利得し、被告に同額の損害を与えたものといわざるを得ない。したがって、原告は被告に対し右賃金として受領したと同額の金員及びこれに対する被告が請求時期以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
適用法規・条文
憲法14条、労働基準法3条、民法90条
収録文献(出典)
その他特記事項