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K社採用内定取消仮処分申請事件
- 事件の分類
- 採用内定取消
- 事件名
- K社採用内定取消仮処分申請事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 昭和49年(ヨ)第97号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1976年07月10日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被申請人は、船舶用配電盤、監視盤等の電機機器類の製造を業とする会社で、申請人(昭和28年生)は昭和48年3月にK工業高校を卒業した者である。被申請人は、K工業高校に求人票を提出し、昭和48年春の卒業生を募集し、申請人は昭和48年2月初め、学校の進路指導課を通じて被申請人に対し応募書類を送付し、選考試験を受けた。同年2月1日付調書に、申請人の3年次の成績が、業務に関係の深い数学、電気科を含めて軒並み最低の「2」であったこと、申請人が1年留年していたことが明らかにされていたことから、被申請人はこのような成績では到底採用することができないと考え、念のため学校に対し4年次の成績を問い合わせたところ、4年目の成績は良いとの回答であった。そこで被申請人は、最終年次の成績が良いとの学校の回答を信頼して、同月12日、「採用決定御通知の件」と題し、申請人に対し採用が決まった旨通知し、これに対し申請人は同月14日、保証人連署の入社承諾書を返送した。ところが、採用決定通知後、実は3年次は単位修得が全くなく、調査書で3年の欄に記載された成績が、実は4年次の成績であることが判明した。また、調査書には「自主性、責任感、協調性、積極性」において「すぐれている」との評価が記載されていたが、昭和47年1月頃、申請人は「諸会費不払問題」に起因する混乱の中で、試験の実施を妨害するために座り込みを行い、説得に赴いた教職員らに対し、足蹴や殴打を加え、一教員に傷害を負わせたことがあった。更に同じ頃申請人らは職員室に乱入し、教員の吊し上げを行い、また事務所に侵入して器物を破損するとともに事務長を脅迫するなどし、これらの行為により無期停学処分を受けた。また申請人は、昭和47年3月頃、他家に配達された牛乳2本を窃取したり、高校在学中長期に亘り居所を明らかにしなかったことなどの事実が判明し、被申請人はこれらの行為は高校生として相応しくない行為であるとして、同年3月2日、申請人に対し採用取消を通告した。
これに対し申請人は、被申請人は申請人に対し採用決定通知を送付したが、同通知には「採用が決定しました」とあって「内定」の文言は一切使われていないのみならず、解約権留保の文言も見当たらず、これによって労働契約が成立しているから、本件採用取消は解雇であるところ、被申請人の採用取消の理由はいずれも合理牲がないから無効であるとして、被申請人の従業員としての地位の確認と賃金の支払いを求めて仮処分の申請をした。 - 主文
- 1本件仮処分申請を却下する。
2申請費用は申請人の負担とする。 - 判決要旨
- 1本件採用決定取消の可否
被申請人の挙げる事由のうち学業成績が採用決定時の被申請人の理解に反して悪かったとする点は、学校作成の調査書の形式と記載の仕方等の事情に照らすと、被申請人が最終学年の成績について若干の誤解をしたことについては無理からぬものがあるが、調査書に記載の成績から推して申請人の絶対的学力がどの程度のものであるかは被申請人にも容易に推察されたものというべく、結果的に申請人の学力について被申請人が理解したところと実際との間にはそれ程の開きはなかったと考えられる。被申請人が真に成績ないし学力を重視するのであれば、選考について学力試験を実施すべきところ、作文形式で常識を問う試験をしたのみで学力試験は実施しなかったことが疎明されるのであって、被申請人が言うほどに成績を重視していたとは認め難い。また、申請人が高校在学中1年半にわたって間借り生活をしていたことは、その当時の生活態度が必ずしも健全なものではなかったことを窺わせはするが、家出とは認められないし、2件の窃盗事件もその態様において微罪であって、これらの事由のみでは採用取消を相当とするには未だ足りないといわなければならない。更に被申請人が最も強調する教職員に対する暴行その他の学内における非行の点についても、前後の事情に徴し、またその後の1年間無事学校生活を継続し卒業するに至ったことを考え合わせると、日常生活の場における不良行為とは違い、一つの学園紛争の場において少年の純粋な血気のおもむくところに生起した一過性のトラブルであって、これをもって一般企業における従業員の適格性を云々するのは当たらないと見得る余地がある。このように、申請人の学業成績が悪い点、学外における非行の点は、それ自体では未だ本件採用取消を肯認する事由とはなり得ず、また学内における教職員に対する暴行等の非行の点も若干問題が残るが、諸事情を総合的に考察するならば、被申請人会社従業員として不適格の評価を受けてもやむを得ないと認められ、またこれらの取消事由に関する事実が本件採用決定当時被申請人に判明していたなら申請人に対し採用決定通知を出すことはなかったと推量されるから、本件採用取消は許されるといわなければならない。
2本件採用決定の取消が適法である根拠
企業が従業員を雇い入れる際の採否の判断は、成績の悪い点とか窃盗の前歴がある点とかは、それ自体個別的にみれば本件採用取消を肯認し得ない事由であっても、他の事由と相俟って取消事由を構成し得る余地のあることは否定できない。
申請人の教職員に対する暴力行為等の点についてみるに、前述のような見方をし得る余地がある反面、学園内における出来事とはいえ義務教育の場ではなく申請人の当時の年齢も既に18歳で、これはその言動が社会的批判に晒される年齢であり、諸会費不払運動自体の理念には聴くべきものがあるとしても、申請人が最も先鋭的な1人として行った一連の行為自体決して一般的なものではなく、学校から家庭謹慎を命じられたにもかかわらずこれに従わず、最後まで反省の余地なしという態度を取り続け、その本質的態度は現在も変わっていないことを総合すると、これは一定の秩序と規律の下に生産活動を組織する企業の従業員としては不適格であることを示すもの、という評価ができる。そして、このように評価が主観的に分かれる事実が採用決定後に発覚した場合、企業が問題を否定的に評価し採用を取り消すこともやむを得ないところといわなければならない。けだし、企業は、わが法制下においては広く人を雇い入れるか否かの自由を有するのであり、採用に当たっては自己の危険と負担において採否の判断をするのであるから、応募者の資質適性に関する評価の自由は、それが特に公序良俗に反する等の事由がない限り、これを企業車に全面的に認めなければならないからである。
しかして、申請人は被申請人から採用取消の通告を受けた翌日以降連続的に採用取消の撤回を求める運動を展開し、昭和48年8月頃からは毎週1、2回会社門前付近に赤旗を立て赤鉢巻、腕章姿で支援者らとともに抗議行動を継続しているが、その間会社の門塀のみならず、付近一円のガードレール、電柱、掲示板、国鉄駅その他の公共的施設等にも多数の抗議ビラを貼り、あるいは出勤してきた被申請人の庶務課長、総務部長らを捕らえて塀やガードレールに押し付けるなどの行為をし、時には制止を振り切って会社構内に押し入り、作業場付近で拡声器を用いて大声で抗議演説をしたり、役員の自宅周辺にビラを貼り拡声器で騒ぐといった行為を繰り返したことが疎明されるのであって。以上の事実に徴すると、申請人の反規範的、独善的性向が窺われ、これは被申請人が申請人について従業員としての適格性が欠けると評価することを客観的にも肯認し得る事情といわなければならない。
申請人は学校の紹介によって被申請人に応募し、学校は統一応募書類用紙を用いて応募書類を調え、これを被申請人に送付したものであるところ、昭和40年の同和対策審議会答申を契機に、近畿各府県の教育委員会、労働関係部局等は、広く新規学校卒業者の採用選考に当たり生徒の資質、能力に直接関係のない事由に基づく不合理な差別的取扱いが行われることを防止するという趣旨の下に、地区内各企業に対し種々の要望をし、あるいは行政指導を進めてきたが、このような動きを背景に近畿高等学校進路指導連絡協議会は、昭和46,7年頃統一応募用紙を制定し、各企業が独自に定める書式用紙による紹介は行わないという方針を打ち出すととともに、各事業主に対し「身元調査、家庭調査は、実質的には家庭の資産、条件、環境、信条、信望、風評等により、採用・不採用を左右する疑義がある」として、面接その他どのような機会方法においてであれこれらの調査が差し控えられるべきことを強く要望し、併せてもし合理的基準による採用選考が行われないときは生徒の職業紹介を行わせないことがあると警告していること、被申請人の従前の求人先高校はK工業高校ほか若干の専門学校に限られていたが、昭和48年春の卒業生については5、6名採用予定のところ、応募者は申請人ら2名であったことが認められる。右事実に昭和48年頃までは若年労働者が大巾に不足していたことを考え合わせると、被申請人のような企業が毎年継続的に特定の学校から新規卒業生の推薦を受けるためには、学校や関係行政機関の要望指導に従って独自の身元調査、素行調査を差し控え、学校作成の調査書を信頼して応募者を選考採用するしかなかったことが窺える。
しかして、学校としては必ずしも自信をもって推薦できない生徒を含めて広く企業へ紹介するに際し、前記統一用紙によって調書を作成する以上、少なくとも本人の資質、能力、適性に関する限りは長所のみならず短所等を共に具体的事実に基づいて調書に記載し、企業の判断に委ねるのが相当と思われるが、所定用紙にはそのような記載を目的とする欄は全く設けられておらず、その「行動および性格」欄には、自主性、責任感、根気強さ、自省心その他16の徳目が上げられ、このうち優れている項目についてだけチェックするという形式になっているに過ぎない。このような記載からは、面接その他の方法があるとはいえ、企業側は応募した生徒の資質、能力、適性等を総合的に評価することは難しいと思われる。それにもかかわらず、このような取扱が一般に行われるのは、紹介の対象者がいわば手つかずの新規学校卒業者であり、紹介するのが通常当該企業との間に一定の信頼関係を保ち、かつ当該生徒を熟知しているはずの学校である故にほかならないであろう。したがって、このような信頼関係に基づいて独自の調査が大巾に規制された下行われる卒業予定者との雇用契約については、通常新規卒業者について社会一般が予想するところに外れる点があることが後日判明し、かるそのような事由があれば不採用になってもしかたがないといえる社会的相当性さえあれば、前記規制の反面として採用決定の取消を承認しなければならないであろう。
本件において、被申請人も前述のような独自の事前調査を規制されていたのであり、申請人について認められる学業成績以外の事由は、高校卒業生について決して一般的なものとはいえず、本件採用取消に社会的相当性に欠けるということはできないものである。
本件採用の取消は手続的な面からみても問題がない。採用取消事由が判明したにもかかわらず企業がいたずらに長らく放置し、採用予定者が学校を卒業した後又は卒業間際になって取消を通告するときは、卒業予定者は他へ就職する機会を奪われ一方的に過酷な結果を招来することがある。このような採用取消は信義則上許されないと解するのが相当であるが、本件についてこれをみるに、被申請人は昭和48年2月19日頃までに行った事実調査に基づき同日庶務課長が申請人方へ出向いて申請人の母親に採用を取り消す旨を伝え、3月1日確認的に書面で通知したことが疎明され、採用取消の手続上信義則違反の問題はないといえる。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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