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K社内々定取消慰謝料請求控訴事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
K社内々定取消慰謝料請求控訴事件
事件番号
福岡高裁 - 平成22年(ネ)第663号、福岡高裁 - 平成22年(ネ)第878号
当事者
控訴人兼附帯被控訴人 株式会社
被控訴人兼附帯控訴人 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年02月16日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
控訴人兼附帯被控訴人(第1審被告)は、マンションデベロッパーであり、被控訴人兼控訴人(第1審原告)及び乙(他の事件の原告)は、平成21年3月に卒業する予定で控訴人から平成20年5月30日付けで採用内々定通知を受けた者である。その通知は人事担当Aの名義で作成され、正式な内定通知は同年10月1日を予定していると記載されていた。

ところが、その後経済状況が悪化したことから、控訴人は経費節減の外、採用予定者を減らすことを決定したが、新卒者の採用取り止めは検討されていなかった。同年7月30日、被控訴人及び乙と管理部長らが会談した際、同部長は夏季賞与のカットや退職勧奨等には触れず、被控訴人らに「うちは大丈夫」と言って安心させた。しかし、その後も経済状況が悪化したことから、控訴人は正式内定になれば取消しが困難になると考え、同年9月30日、被控訴人と乙に対し本件内々定取消通知書を送付した。

被控訴人は平成21年1月頃、現在の就職先から内定通知を受け、同年4月から働き始めたが、本件内々定によって就労始期を平成21年4月1日とする解約権留保付労働契約が成立し、本件内々定取消は社会通念上相当と是認することはできず違法であるとして、慰謝料100万円、就職活動費5万円、弁護士費用10万5000円を請求した。

第1審では、本件内々定によって始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえないとしながら、被控訴人は控訴人に就職できると期待したことは当然であり、この期待は法的保護に値するとして、慰謝料75万円、弁護士費用10万円の支払を控訴人に命じた。そこで、控訴人はこれを不服として控訴に及ぶ一方、被控訴人も損害賠償額の引上げを求めて附帯控訴した。
主文
1本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

2控訴人は、被控訴人に対し、金22万円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3被控訴人のその余の請求を棄却する。

4被控訴人の附帯控訴を棄却する。

5訴訟費用は、第1、2審を通じて、これを5分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

6この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
控訴人は、被控訴人に対し、倫理憲章の存在等を理由とし、平成20年10月1日付で内定を行うことを前提として、本件内々定通知を発したものであるところ、本件内々定後に具体的な労働条件の提示、確認や入社に向けた手続き等は行われておらず、控訴人が入社承諾書の提出を求めているものの、その内容も、内定の場合に多く見られるように、入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものではない。

本件内々定通知及び入社誓約書提出後の控訴人と被控訴人との接触状況を見ると、説明会が1回行われたほかは、いわゆる入社前教育等は一切行われず、控訴人によって被控訴人が他社への就職活動を制限されることもなかったもので、本件内々定後、控訴人が同社への入社を前提として被控訴人を拘束する関係は窺われない。被控訴人は、本件内々定は正式な内定ではないこと、本件内々定を受け取っていても、控訴人から入社を翻意される可能性があることは認識していた旨供述している。

平成19年までの就職活動では、複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し、平成20年の就職活動も、当初は前年度と同様の状況であり、内々定を受けながら就職活動を継続していた新卒者も少なくなく、被控訴人においても、内々定を受けた複数の企業から就職先を選択する新卒者の存在を認識していた。

以上によれば、本件内々定は内定(労働契約に関する確定的な意思の合致があること)とは明らかにその性質を異にするものであって、内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきである。したがって、控訴人が確定的な採用の意思表示をしたと解することはできず、また被控訴人はこれを十分に認識していたといえるから、控訴人及び被控訴人が本件内々定によって労働契約の確定的な拘束関係に入ったとの意識に至っていないことが明らかといえる。本件において、始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。

本件内々定によって始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえないが、契約当事者は、契約締結のための交渉を開始した時点から信頼関係に立ち、契約締結という共同目的に向かって協力関係にあるから、契約締結に至る過程には契約上の信義則の適用を受けるものと解すべきである。

平成20年9月25日には、人事担当者Aから被控訴人及び乙に架電した上、同年10月1日の同人らの内定を前提として採用内定通知書交付の日程調整を行い、その日程を同月2日に決めている。それにもかかわらず、控訴人は本件連絡から僅か5日後で、採用内定書交付予定日の2日前の同年9月30日頃、突然本件取消通知書を被控訴人に送付し、本件内々定取消を行っている。控訴人は、同取消は急激な景気悪化に伴う収益の落込み等によってやむを得ず行ったものと主張するが、遅くとも同年8月頃には、取締役会等において、新卒者の採用見直しを含めた更なる経営改善策が検討されており、他方、本件連絡の前後で経営環境が激変したとも認め難いところである。かかる事情からすれば、本件連絡当時、控訴人において、被控訴人らの採用内定の可否につき検討が行われており、内々定を取り消す可能性があることも十分認識されていたものと認められる。

このような事情の下、控訴人としては被控訴人らにつき内々定取消の可能性がある旨をAに伝えて、被控訴人ら内々定者への対応につき遺漏のなきよう期するべきところ、控訴人はかかる事情をAに告知せず、このため同人において従前の計画に基づき本件連絡をなしたもので、かかる控訴人の対応は、労働契約締結過程における信義則に照らし不誠実といわざるを得ない。特に、控訴人が本件連絡から僅か5日後で、採用内定書交付日の2日前、本件取消通知を被控訴人に送付し本件内々定取消を行ったことからすれば、このような突然の方針変更についてしかるべき説明が必要なことは当然のことである。にもかかわらず、控訴人は上記突然の方針変更について何ら説明をしていない。

上記本件内々定からその取消に至る経緯、特に内々定取消の時期及び方法、その後の控訴人の説明及びその対応状況、被控訴人の就職活動の状況、平成22年1月に採用内定を得て現在は就労していることなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被控訴人が本件内々定取消によって被った精神的損害を填補するための慰謝料は20万円、弁護士費用は2万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2101号32頁
その他特記事項
本件の内々定取消のもう1人(乙)については、福岡高裁平成22年(ネ)664号、883号2011年3月10日判決