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SE業務派遣命令拒絶等解雇事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- SE業務派遣命令拒絶等解雇事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成21年(ワ)第38676号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年11月26日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告はソフトウェアの開発等を目的とする株式会社であり、原告は平成8年7月、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、システム開発事業部係長・ソフトウェア開発プロジェクトリーダーとして勤務していた女性である。
原告の部下であったEは、平成18年2月頃から、毎日のように原告の服装について妙なコメントをするようになり、「今日はお葬式ですか」、「その服もう何回も見ました」など難癖をつけた外、「今日の原告の色使い、どう思う?」などと周囲に同意を求めるようになった。平成19年3月、原告はEに対し、服装についてのコメントを控えるよう抗議したが余り効き目がなかったことから、同年8月、原告は上司の課長Dに対し、Eのセクハラについて相談をしたが、Dは「コミュニケーションだろう」などと言って、Eに対し形ばかりの謝罪を促すに止まった。そこで原告は、セクハラ相談窓口に相談した外、人事課長に対しても訴え、その結果Eの行為はセクハラに当たるとして、同年11月6日付けで被告はEを譴責処分とした。なお、被告は、平成20年11月20日付けで、セクハラ問題の管理不足を理由として、D課長を譴責処分にした。
原告は、Eが譴責処分を受けた頃から、D課長に対しEについて嫌みな発言をした外、Eに対し「不勉強」、「能力不足」、「職務怠慢」、「バカ」、「アホ」と暴言を吐くようになり、更に、メール等により「電話の声がうるさい。私の前と後の通路を通るのを禁止」、「朝の挨拶うるさ過ぎ」などとヒステリックな発言を繰り返した。こうした中、Eは他のフロア(5F)に異動となったところ、原告は部下に対し、「Eが6Fに来たら追い返して」などと命じた外、「Eに対しうるさいと言え」などと命じたりした。人事課長は、平成19年12月頃から、原告に対し、言葉遣いに気を付けるよう注意した外、D課長も人を追い込むようなことは避けるよう、原告にメールで注意したが、原告はこれらの注意を意に介さなかった。
被告は平成20年5月頃、N社とともにプロジェクトを立ち上げ、N社はそのために被告に対しSEの派遣を要請した。そこで被告は、派遣するSEとして、長年積み上げた知識と経験・能力を有する原告が適任と考え、同年6月初め原告にN社での派遣業務を伝えたところ、原告は直ちに了解した。その後原告は、N社の担当者との間で打合せを開始し、勉強会への参加も表明するなど、同年7月からの派遣業務に向けて具体的な準備を進めた。ところが、同年6月24日、原告は突然、通勤時間が30分延びることから、マンスリーマンションの費用を負担するよう被告に要求し、これを拒否されると、延長される通勤時間を勤務時間に含めるよう要求したが、被告はこれも拒否した。すると原告は、N社への派遣は昨年のセクハラ騒動が影響しているのかなどと難癖を付け、更にメールで取締役に対し、「N社への派遣は厄介払いか」、「セクハラ騒動への嫌がらせか勘ぐってしまう」などとクレームを付けた上、同年7月2日に本件派遣命令を拒絶する意向を表明した。取締役原告を説得したが、原告は体調不良を理由に以後出社しなくなった。
被告は直ちにN社に連絡をして謝罪するとともに、原告の代わりの派遣要員を検討したが、適任者を見つけられなかったため、N社へのSEの派遣を断念せざるを得なくなり、その結果、被告は売上げを失うとともに、N社からの信用・評判を失い、以降N社から新たなオファーはなくなった。
同年7月9日、原告は人事担当者に対し、「うつ状態で通院加療中、1ヶ月の自宅静養を必要とする」と記載された診断書とともに休職届を提出したことから、被告は処分を保留し、原告を休職扱いとした。原告は休職期間に入ってからも、D課長に対し、その能力の低さを揶揄するようなメールを送りつけた外、平成21年2月には、被告社員に対し膨大なメールを送信するなどし、C部長に対しては連続して24回も電話をかけ続けた。
同年1月7日、被告は医師に対し原告の病状を問い合わせたところ、同医師は「薬を処方しても呑まない、医療行為を行っていない」、「見ている範囲ではもう元気になっている」などと回答した。被告はこうした経緯を踏まえ、原告の業務命令違反やその後の業務妨害行為に対し毅然たる対応をとらなければならないと考え、労務コンサルタント、労働基準監督署の総合労働相談センターに相談に赴き、その結果原告の対応が解雇事由に該当すると判断し、同年4月7日、原告に対しメールで自己都合退職の勧奨を行ったが、原告はこれに応じなかった。そこで被告は、原告の再就職を考慮し、懲戒解雇ではなく普通解雇処分にすることとし、同月30日、同年5月31日付けで普通解雇する旨の通知を行った上、同日をもって本件解雇が成立した旨通知した。
これに対し原告は、パワハラや業務妨害行為などはないから、本件解雇は「客観的に合理的理由」を欠く解雇であること、「使用者はセクハラに関して相談したことを理由として不利益な取扱をしてはならないところ、原告がセクハラ相談をしたこと、その後被告に対し適切な措置をとるよう求めたことを理由とする外、病気療養中の解雇であることなどから、「社会通念上相当」と認められない解雇であって無効であるとして、被告の従業員としての地位の確認と賃金の支払を請求した。 - 主文
- 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1本件解雇は「客観的に合理的な理由を欠く」場合に当たるか
労働契約法16条によると、当該解雇が有効であるためには、ます「客観的に合理的な理由」が認められることが必要である。本件派遣命令は、原告の労務内容に量的にはもとより質的にも大きく増加させるような性質のものではなく通常の労務指揮権の範囲内で行使されたものと解されるところ、原告はN社における派遣業務を一旦は受け入れておきながら、突然被告に対し筋違いな要求を突きつけ、これが受け入れられないとみるや同社における派遣業務を拒否するかのような発言を行うとともに、被告が発した本件派遣命令に対しては「昨年のセクハラ騒動への嫌がらせか?と勘ぐってもおかしくない」などと難癖を付けた挙げ句、派遣開始日の前日になって一方的に本件派遣命令を拒絶して出社しなくなったこと、そして、これにより被告とN社との共同プロジェクトが頓挫し、被告はN社からの売上を失ったばかりか、その信用・評判も大きく損なわれたことが認められ、以上のような原告の無責任極まりない行動とその影響等は、就業規則にいう「業務命令に不当に反抗し、会社の正常な業務を妨害したとき」に該当する。
原告は、本件派遣命令に従わなかったことには正当な理由がある旨反論する。確かに、原告は本件配転命令を拒否し、出社しなくなった直後、「うつ状態で通院加療中、1ヶ月の自宅静養を必要とする」との診断書を提出しているが、上記診断書の記載を額面通り受け取ることについては重大な疑問があるといわざるを得ず、「うつ状態」であったという原告の上記主張は本件派遣命令の拒否を正当化するに足りるものではない。また原告は、D課長、人事課長等に対し、Eの原告に対する言動がセクハラに当たるとして相談及び善処方を依頼し、これを受けて被告はEを譴責処分にしたことが認められるものの、被告が原告をN社への派遣社員に選んだ理由には合理的な理由がある上、原告においても一旦はN社での派遣業務を受け入れ、その準備を着々と進めていた経緯が認められることなどに照らすと、本件解雇が原告が主張するような不利益取扱いとして行われたことを疑わせるに足る事情を見出すことはできない。よって、原告の上記反論を採用することはできない。
以上のとおり、原告の本件派遣命令に対する不当拒絶は、就業規則の懲戒解雇に該当する事由を構成する。
2本件解雇は「社会通念上相当であると認められない場合」に該当するか
労働契約法16条によると、解雇に「客観的で合理的な理由」が認められる場合であっても、当該解雇が「社会通念上相当であると認められない場合」に該当するときは無効とされるが(相当性の要件)、この相当性の要件については、1)解雇事由の重大性、2)解雇回避手段の存否、3)労働者側の宥恕事由の有無等を総合考慮して判断すべきものと解される。
本件派遣命令は通常の指揮監督権の範囲内で行使されたものであるにもかかわらず、原告は派遣業務開始の間近になって、突然被告に対し、あたかも派遣業務に応じる代償であるかのように筋違いな要求を突きつけ、これが容れられないとみるや自らのセクハラ被害に対する被告の対応不足を持ち出した上、上司の説得にも全く耳を貸さず、本件派遣命令を無視する行為に及んだものである。しかも、これにより被告は、売上面はもとより、対外的な評価、信用性の面においても看過し難い損失を被っている。そうだとすると原告の本件派遣命令に対する不当拒絶は、被告企業秩序に重大な影響を及ぼすものであって、その解雇事由の程度は重いものといわざるを得ない(相当性の判断要素1))。
しかも原告は、とりわけEがセクハラ問題で譴責処分を受けた平成19年11月以降、被告のセクハラ対対応等で気に入らない点があると上司や部下、同僚等に対して夥しい数の電子メールを送信し、暴言を吐くなどの行為に及んでいたものであり、これにより原告と被告との信頼関係はもとより、上司や同僚、部下との関係も、もはや回復不可能なまでに根本から失われたものというべきである。このように考えるならば、本件は被告において解雇を選択するよりほかない事案であったと認められるところ、被告はそれでもなお、各種機関に赴くなどして、本件解雇の相当性について慎重な検討を加え、原告に対し自己都合退職を促した上、その再就職まで配慮して懲戒解雇ではなく普通解雇を選択し、本件解雇に至ったものであり、これらの事情を併せ考慮すると、本件解雇を回避する手段・方法は存在していなかったというべきである(相当性の判断要素2))。
確かにEの原告の服装に対する言動はセクハラに該当するところ、被告のかかるセクハラ問題に対する対応は些か悠長に過ぎ、かつ配慮に欠けていたものといわざるを得ない面があるが、ただこのセクハラ被害により原告が重大な「うつ病」等の精神疾患に陥ったと認めるに足る的確な証拠はなく、また原告が本件派遣命令を拒絶した後に提出した診断書の記載には重大な疑問がある。いずれにしても、Eの原告に対するセクハラ行為自体は、遅くともEが譴責処分を受けた平成19年11月頃までには終息していたとみるのが自然であるところ、原告は一旦はN社への業務派遣を受け入れ、同社の担当者との間においても着々とその準備を進めていたものであって、その際、「セクハラ被害」の影響や「うつ状態」にあることを窺わせる発言等をしていた形跡は認められないから、原告の本件派遣命令違反とセクハラ被害問題との間には有意な関連性を見出すことはできない。したがって、原告のセクハラ被害問題は、少なくとも本件派遣命令違反との関係ではこれを宥恕すべき有意な事情には当たらないというべきである(相当性の判断要素3))。
以上のとおりであるから、本件解雇は上記相当性の要件を満たしており、「社会通念上相当であると認められない場合」には該当しない。よって、本件解雇は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に該当せず、有効であることに帰着する。 - 適用法規・条文
- 労働契約法16条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2096号25頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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