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宮崎県町立中学校教諭女子生徒わいせつ行為事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
宮崎県町立中学校教諭女子生徒わいせつ行為事件
事件番号
宮崎地裁 - 平成21年(行ウ)第6号
当事者
原告 個人1名
被告 宮崎県
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年02月05日
判決決定区分
棄却(確定)
事件の概要
原告(昭和44年生)は、町立A中学校の教諭で、陸上部の顧問を務めていた。

平成20年3月30日午後6時半頃から、陸上部に所属する2年生の女子生徒Mの自宅2階で、Mの兄の送別会が開催され、原告の外、生徒及びその親などが参加した。Mは宴席の途中で1階の居間に行き、2人の弟が寝ているこたつに入って横になっていたところ、トイレに降りてきた原告もそのこたつに入り、Mとこたつの脚を隔てて隣り合う形で横になった。そして原告はMに対し、「ファーストキスは誰としたい」と尋ね、Mが「D君」と答えると、仰向けになっていたMに覆い被さるような体勢になってMの唇にキスするとともに、「俺で良かったか」と笑いながら言った。その後原告とMはそのままこたつで眠ったが、Mは他の生徒から起こされて、原告の顔に落書きをした。翌日原告が目を覚ますと、同人の左腕の上にMの頭が載っている状態であった(懲戒事由1)。

Mは、振替休日の同年4月18日、部活のために登校し、原告のところに保管しているバトンを取りに行ったところ、原告は職員室前の廊下でバトンを渡す際、Mの唇にキスをした(懲戒事由2)。

原告は、同日の正午頃部活が終わると、Mに対し、宿題を見て欲しければ午後にコンピューター教室に来るよう伝えた。原告は同日午後2時頃コ同室に行ったところ、室内にMの荷物が置かれていたものの、Mが不在だったため、Mを探して発見し、共にコンピューター教室に行き、Mは宿題を行い、原告は床に座って印刷等の作業を行っていたが、Mが横に座ったことから原告はMの唇にキスをし、Mのウィンドブレーカーの下を脱がせ、Mを短パンの状態にしたところ、講師が同室に入って来たことから、Mは帰宅した。

翌19日、原告の同僚教諭から本件セクハラ行為について報告を受けた校長は、原告に対し、誤解を招くような行動を慎むよう注意をした。これを受けて原告はMに対し、多分首になる、首になったら死ぬことしか考えられないなどと伝えたところ、Mは原告は悪くないことなどを内容とする手記を担任のK教諭に手渡した。原告は同日26日、Mの父親と協議を行い、自分には認識はないがMがキスをしたというなら受け止めざるを得ないなどと言い、同日自殺を意図して家を出たが、警察に保護された。

宮崎県教育委員会は、人事院の指針を踏まえ、平成18年1月、「教職員の懲戒処分に係る基準」(本件基準)を策定した。本件処分の適用に当たっての基本的考え方は、具体的な量定の決定に当たっては、1)非違行為の動機、態様及び結果、2)故意又は過失の度合い、3)当該職員の職責と非違行為との関係、4)他の職員及び社会に与える影響、5)過去の非違行為の有無、6)司法等における違法性の判断等に加え、日頃の勤務態度や非違行為以後の対応等を含め、総合的に考慮すべきとされていた。また、セクシャル・ハラスメントについて、児童生徒に対するものは、暴行・脅迫や、相手の意に反するものか否かにかかわらず、わいせつな言動を行った者は、免職、停職又は減給の懲戒処分が科されることとされていた。そして宮崎県教育委員会は、平成20年6月11日付けで、原告に対し、懲戒事由1から3までを理由に、懲戒免職処分を行った。

これに対し原告は、不注意によりMと身体的接触があったことは事実だが、キスはしていないこと、本件セクハラ行為の事実は主としてMの供述により認定されているところ、Mは以前から原告に対し疑似恋愛感情を抱いていたこと、原告との関係が公になったため、体面を保つためセクハラの事実を作出したものであることなどを主張し、本件懲戒処分には裁量権を逸脱・濫用した違法があったとして、その取消を請求した。
主文
1原告の請求を棄却する。

2訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1本件セクハラ行為の存否

本件セクハラ行為に関するMの供述はいずれも十分に具体的かつ詳細であり、格別不自然・不合理な点は見当たらない。また原告自身、懲戒事由2及び3に関しては、原告の顔ないし口がMの顔と接触したこと自体は認めているが、これは原告からキスをされたというM供述の核心部分にも沿う内容であるから、M供述の信用性を補強するものということができる。確かにM供述には当初の事実確認の際の供述との間に複数の変遷が存在することは否定できない。しかしながら、当初の事実確認は、K教諭が回答を示唆した上で、Mにその当否を確認するという誘導的な質問が多く含まれていたことなどが認められるから、13歳という当時のMの年齢を考えた場合、多少自己の記憶と異なる部分や明確に記憶していない部分があっても、K教諭の示唆に迎合して返答していたものと推認することができる。一方証人尋問においてMは、記憶にある点とない点を区別した上で、各質問に対し明確に返答しており、原告からキスされたという点については一貫していることが認められる。また原告は、Mがウィンドブレーカーの下を脱がされるという強制わいせつないし強姦未遂行為に直面しながらK講師に助けを求めなかったことが不自然・不合理と主張するが、それが直ちに犯罪行為に比肩すべき行為に該当するとまではいえないから、MがK講師に助けを求めなければならない状況であったとまで認めるに足りない。更に原告は、Mが主張するようなセクハラ行為が真実存在したのであれば、当然大人に対して被害を申告するはずであるところ、そのような行動に出なかったことは不自然・不合理である旨主張するが、原告はMの父親や兄とも懇意にしていたところ、13歳の思春期の女子生徒が、先生であり、家族全体が懇意にしていた原告からキスをされた事実を、父親に報告することに心理的な抵抗を感じるであろうことは想像に難くない。また、Mは本件セクハラ行為の直後から、友人に対しては自ら本件セクハラ行為の事実を告げていることが認められるところ、Mの年齢や性別等を考慮すると、教師らに直接訴え出る前に、まず友人に相談するのは十分に首肯できるものであるから、Mが父親や教師に対し被害申告をしなかったことも、格別不合理・不自然とはいえない。更にMが原告に対し、一般に生徒が教師に対して抱く以上の好意を抱いていたことは認められるものの、中学生のMが教諭である原告を窮地に陥れるような虚偽の供述を作出する動機としては不十分といわざるを得ない、原告自身、自分の口ないし顔がMの顔と接触したことは認めていることに照らしても、Mが疑似恋愛感情に基づき、虚偽の事実を作出したと考えることは困難である。

2本件処分に裁量権を逸脱・濫用する違法があったか否かについて

公務員に対する懲戒処分は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的内容とする勤務関係において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するために科される制裁である。ところで、国公法は、懲戒事由がある場合に、懲戒権者が懲戒処分をすべきかどうか、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと、平等取扱の原則及び不利益取扱の禁止に違反してはならないことを定める以外には具体的な基準を設けていない。それゆえ、公務員につき懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されていると解するべきである。もとより上記の裁量は、恣意にわたることを得ないことは当然であるが、懲戒処分が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、違法とならないというべきである。

これを本件についてみるに、原告は計3回にわたり、自身が顧問を務める陸上部に所属する女子生徒に対し本件セクハラ行為に及んだのであるが、このような行為は、教育公務員の信用を失墜させるものとして地方公務員法33条に反するとともに、全体の奉仕者である公務員としてふさわしくない非行に当たるといえるから、原告には地方公務員法29条1号及び3号に該当する懲戒事由が存するといえる。そして、原告は中学校教諭という立場にあるところ、本件セクハラ行為のうち、特に懲戒事由2及び3については、同立場を離れた私的領域における行為ではなく、原告は自らが顧問を務める部活に所属する女子生徒に対し、バトンを取りに来るよう指示したり、宿題を見るからコンピューター教室に来るよう指示したりするなど、教諭としての指導に託けて本件セクハラ行為に及んだとみることができる。したがって、その態様は教師としての立場を悪用した悪質なものといわざるを得ないし、安心して子供を中学校に通わせたいという親の期待や、学校に対する信頼を根本から覆すものであるから、地域社会に与えた影響も軽視することもできない。また原告は、本件セクハラ行為を否定し、不合理な弁解に終始していることに照らせば、未だ真摯に反省しているとはいい難く、Mに対し、口止めと受け取られてもやむを得ないような行為に出るなど、本件セクハラ行為が公になった後も自己中心的な行動に終始し、Mや同人の父親に対し誠意を尽くした対応を取っているとは認められない。これらの事実に鑑みると、原告はこれまで教育委員会から懲戒処分を受けたことはなく、勤務態度にも格別問題があったとは認められないこと等、原告に有利な事情を考慮してもなお、教育委員会による本件処分が、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したものであることまでは認められないというべきである。

原告は、Mは原告に対し擬似的恋愛感情を抱いており、原告との身体接触を嫌がっていなかった以上、原告の行為はセクシャル・ハラスメントに該当しない旨主張する。確かに、Mは原告に対し一定の好意を抱いていたことに加え、送別会で原告からキスされた後も、原告の顔に落書きして遊んだり、原告の左腕の上に頭を載せた状態で眠ったりしていたことに照らせば、Mは本件セクハラ行為をある程度受容していたことが窺われ、他方で、Mが本件セクハラ行為によって深刻な肉体的・精神的苦痛を直接受けたことを認めるに足りる証拠は存在しない。しかしながら、被告が本件処分に際し依拠した本件基準は、セクシャル・ハラスメントの相手方が児童・生徒である場合には、相手方が成人である場合とは異なり、相手方の同意の有無を問わずセクシャル・ハラスメントに該当すると規定するとともに、相手方が児童・生徒である場合にはより重い罰則を規定しているところ、これは、児童・生徒はその心身の未熟さ故に、成人と比較して必ずしも合理的な判断が期待できず、思慮の欠如に乗じられる危険性が高い上、一旦精神的・肉体的打撃を受けてしまうと、その回復が成人よりも困難であり、以後の成長に看過できない悪影響が生じかねないことに鑑みて児童・生徒に対する性的な言動については一律に禁止する趣旨と解されるから、上記のような本件基準の規定には十分な合理牲があるといえる。したがって、Mが本件セクハラ行為をある程度受容していたからといって、その事実を懲戒事由の該当性を否定する事情としてみたり、本件セクハラ行為の量定を判断するに当たって原告に有利な情状としてみたりすることは相当ではないから、原告の上記主張は採用できない。
適用法規・条文
地方公務員法29条1項、33条
収録文献(出典)
判例タイムズ1339号97頁
その他特記事項
事件番号