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新聞輸送泥酔女性わいせつ行為事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
新聞輸送泥酔女性わいせつ行為事件
事件番号
東京地裁 - 平成20年(ワ)第27134号
当事者
原告 個人2名A、B
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年10月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、新聞大手5社の出資によって設立された新聞輸送専門の会社であり、原告A(昭和35年生)は昭和61年5月に被告に入社して車両の運行業務に従事し、平成19年10月1日以降芝浦営業所副所長兼管理室長、原告B(昭和36年生)は、昭和60年被告に入社し、平成13年7月以降、総務部副部長兼経理部経理課長の地位にあった者である。また、Cは平成18年12月以降、派遣社員として、被告総務部において原告Bの下で業務に従事していた女性(25〜6歳・独身)である。

平成19年5月24日、原告AはCを誘って同僚2人と飲み会に行き、午後9時頃まで居酒屋で飲食した。これに居酒屋の女性従業員を加えた5名は、その後カラオケ店に行き更に飲酒したが、Cは酩酊状態ではなかった。午後11時過ぎ飲み会は解散になり、Cと原告Aは新橋駅から同じ電車に乗ったが、Cは車内で気分が悪くなり、途中下車したところ、原告Aも一緒に下車した。Cは駅のベンチで座っていたが一層気分が悪くなり、ベンチに座ったまま嘔吐してしまい、その吐瀉物でスカートの一部が汚れ、原告AはCの背中をさすったりして介抱した。Cは原告Aの帰りを促したが、原告Aは途中まで送ると言って、Cの腰に手を回して付いて来た。Cはタクシーで帰ることにしたが、原告Aも一緒に乗り込んで来た。Cはドアにもたれかかったり、シート上に丸まった形で横になっていたが、間もなく原告AがCの身体を引き寄せたため、Cの上半身が原告Aの方に倒れて膝枕の状態になった。Cはこの状態を特に拒否せずいたところ、原告AはCのスカートの裾部分を引き上げていき、裾が右腰のあたりまで上がり、下着が露出している状態になった(本件セクハラ行為)。Cは原告Aの行為に気付き、問いつめたが、原告Aは何もやっていないと答えた。

Cは同月29日、同僚に対し、原告Aに車内でスカートを引き上げられたことを話し、翌30日には、上司である原告Bに会い、泣きながら本件セクハラ行為を訴えた。原告Bは原告Aから事情を聴取し、スカートをどこまで引き上げたかについてCと原告Aの言い分が違っていたにもかかわらず、原告Aの説明を真実と信じ、「Aは君に好意を持っていたようだ」、「彼にバッグでも買って貰ったら良い」などと言い、Cがセクハラと言っているのは誤解であるとの判断をした。同年6月27日、Cは心労のために仕事中涙が止まらなくなったことから、原告BはCを喫茶店に連れ出した上、原告Aをその場に呼び出して面談を行い、同日取締役Eらに報告し、解決を一任された。Cは同日夕刻、派遣会社のセクハラ相談室に赴き、本件セクハラ行為を説明したが、2名の女性相談員はこれに取り合わず、原告AがCに好意を持っていたとの趣旨の発言をしたため、Cは以後相談室に赴くことはなかった。

同年8月27日、原告Aの営業所副所長昇格を含む10月1日付けの人事異動が伝えられたことから、Cはショックを受け、被告の体質に不信感を抱き、原告Bに対し10月末で辞めることを通知した。このように不本意な退職を余儀なくされることとなったCは、同年10月3日原告Aと2人だけで会い、一旦はバッグを買って貰いたいと要求したがこれを撤回し、「気が済まないので殴らせて欲しい」と言い、原告Aの了解を得て顔面を1発殴り、その後両者は握手を交わした。

Cから本件セクハラ行為の件を聞いた労組の副執行委員長Hは、これを団交事項として取り上げることとし、これを被告に伝えたことから、被告代表者は本事件を初めて知り、同年10月18日、経営会議を開催したところ、原告Bはメモを提出してセクハラ行為はなかったと説明したが、そのメモには原告Aがスカートを引き上げて下着を露出させたという点が記載されていなかった。経営会議では、本件セクハラ事件が適切な形で解決されていないと判断して取締役Eを担当者とし、同日EはC及び原告Aと個別に面談し、事情聴取と意向確認を行い、Cの要求である慰謝料100万円を原告Aに伝えると、原告Aはこれに同意し、示談書を作成した上で100万円の慰謝料をCに支払った。

同年11月1日、被告は原告Aに対し営業所副所長の職を解き、2階級降格となる営業第1部次長代理とする処分を発令し、これに伴い年俸を770万円から680万円へ引き下げた。また被告は、原告Bについても総務部副部長の職を解き、1階級降格となる経理課長とする処分を12月1日で発令し、年俸を840万円から800万円に減額した。また、平成21年4月に施行された被告の年俸決定基準では、大口の取引先を失ったことから、多くの役員・従業員を対象として広範な賃金減額措置が行われ、原告Aの年俸は620万円に、原告Bの年俸は720万円に引き下げられた。

原告らは、本件各降格処分は、存在しないセクハラ行為を理由とするもので、懲戒事由に該当しないから無効であるなどとして、原告Aについては、主位的には「営業所副所長」の地位、予備的には昇格前の「営業所次長」の地位、原告Bについては、主位的には「総務部副部長」の地位、予備的には「管理部副部長」の地位の確認と減給以前との差額賃金の支払いを請求するとともに、慰謝料として、原告Aについては300万円、原告Bについては150万円の支払を請求した。
主文
1被告は、原告Aに対し、37万5000円及び内7万5000円に対する平成19年12月1日から、内7万5000円に対する平成20年1月1日から、内7万5000円に対する同年2月1日から、内金7万5000円に対する同年3月1日から、内7万5000円に対する同年4月1日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2被告は、原告Bに対し、13万3332円及び内3万3333円に対する平成20年1月1日から、内3万3333円に対する同年2月1日から、内3万3333円に対する同年3月1日から、内3万3333円に対する同年4月1日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3原告らの被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

4訴訟費用は、原告Aと被告との間においては、これを7分し、その6を原告Aの負担とし、原告Bと被告との間においては、これを17分し、その16を原告Bの負担とし、その余を被告の負担とする。

5この判決は第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1原告両名各降格処分の有効性(本件行為のセクハラ該当性の有無)

本件行為の態様は、原告Aが居酒屋で飲食を共にしたCに対して帰宅途中の本件タクシー車内において、スカートの右裾を腰付近まで引き上げて下着を露出させたものであり、本件行為はCの意に反してなされたCの羞恥心を害する態様での身体に対する違法な有形力の行使と認められる。また、原告AとCは職場同僚以外の接点はなく、派遣社員であるCは職場の同僚であって正社員である原告Aとの関係を社会的儀礼的な範囲内で円満に推移させようとして、原告Aの行動を消極的に受け入れた結果として、本件被害に遭遇した本件行為の発生の経過からすると、本件行為はセクハラ行為に該当すると認めるのが相当である。

Cの被害申告事実に関する供述ないし申告は、具体的かつ正確であるとともに、客観的な状況とも整合し、その内容に不合理ないし不自然な点も見受けられず、またその内容は、被害申告時から法廷における証言に至るまで一貫している。また同人が本件行為に関してとった原告ら及び周囲に対する一連の言行も、派遣社員であった同人が従業員である原告Aから受けたセクハラ被害に対する適切な対応あるいは救済を求め、あるいはこれに対して理不尽な対応を受けたことに反発してなされたものと理解可能なものであって、特段不自然な点は見当たらない。また、原告Aとの間に示談が成立し、本件を契機に退職しているCが、あえて虚偽の供述を行う動機も見受けられず、本件行為による被害のみならず、自身が酔って嘔吐したことなどCにとって振り返りたくないであろう過去の出来事について法廷において真摯な供述を行う理由は、被害申告事実によるセクハラ被害に遭遇して不本意な退職を余儀なくされたこと以外には考えられない。したがって、被害申告事実に関するCの証言ないしこれを録取した書証の信用性は極めて高い。

これに対し、原告Aの供述は、本件行為時のCの体勢とも必ずしも整合せず、本件行為に及ぶ動機ないし経緯が不自然であるから、本件行為に関する原告Aの本件説明は、不自然かつ不合理であって、信用できない。原告Aは、派遣社員Cに対しセクハラ行為に該当する被害申告事実を行い、その後の経緯として、Cが被告を退職するに至り、被告は被害申告事実に対する対応を余儀なくされ、被告代表者がCに対し謝罪する等の事態に至っているのであって、原告Aの降格処分には合理的な理由がある。そして、本件行為時から原告A降格処分までの間に、被害事実が発覚していればされなかったであろう原告A昇格措置がなされていることを考慮すれば、本件行為時の次長職を基準に1階級引き下げた次長代理とした原告A降格処分は、原告Aが行った被害申告事実の内容及びその結果に照らして重すぎるものとも認められない。したがって、原告A降格処分は、被告が有する人事権の裁量の範囲内の措置として有効である。

原告Bは、当時のCの上司として直接本件被害申告を受けたにもかかわらず、原告Aが旧来の同僚であったことから、原告Aから電話で事情を聴取して説明を受けたにすぎない段階で、安易に本件説明を真実と信じ、被害申告事実はCの誤解によるものと判断したものであり、原告Bが負っていた職責に照らして、判断に至る調査方法は不適切であるとともに、調査内容も不十分であり、その判断姿勢も、公平・中立さに欠けるとの評価を免れないものであった。また原告Bは、Cが明示的に不満を表明していたにもかかわらず、真摯にこれを取り上げることなく、自らの判断を一方的に押し付けていただけでなく、原告AとCとが直接面談する場を設定したり、Cに対し二次被害を与えかねない不謹慎かつ不適切な言動を行うなどして、Cに対する配慮に欠ける態度を継続し、Cの被害感、不信感を高め、Cに退職を決意するに至らしめて、事態を深刻化させた。また原告Bは、上司に対し、本件行為はセクハラに当たらないとの判断を前提とする報告しかせず、かつ、Cに対して上記のような対応を継続して事態を深刻化させたのみならず、本件被害申告に関する問題の解決を長期化させた。以上によれば、原告Bがその職責に相応しい責任を全うしていなかったことは明らかであって、原告B降格処分には合理的な理由があり、被告が有する人事権の裁量の範囲内の措置として有効である。

2原告両名各減給措置の有効性

原告らと被告との間には、平成15年4月以降、年俸決定基準日に、被告が年俸制対象者の職位や被告の業績等を考慮して決定する年俸決定基準に従って、主として原告らがその職位に基づいて従事する職務内容及び職責等を考慮して合理的な裁量の範囲内で1年間の支給額(年俸額)を決定する旨の年俸制の合意(本件各年俸合意)が成立していたと認めるのが相当である。そして、年俸額は年度途中の昇格によって変動することもあったものであるが、本件各年俸合意において、被告が一旦決定した年俸額を年度途中に行われた降格に伴って対象者の同意なく一方的に減額することができる旨の権限が被告に付与されていたことを認めるに足りる確たる証拠はない。したがって、原告両名各降格処分に伴って行われた原告両名減給措置は無効と解するほかなく、原告らは、少なくとも平成19年度の年俸算定期間である平成20年3月31日までは、各降格処分前の年俸と原告両名各減給措置後の賃金の差額の支払いを求めることができる。

平成20年度における年俸決定基準日である平成20年4月1日時点において、原告Aの職位はN新聞営業所次長代理であり、原告Bの職位は経理部経理課課長兼総務部員であったものであり、その職位に引き下げにより、原告らの職務内容及び職責等は、引き下げられた職位に見合うものに軽減ないし縮小されていたものである。そして被告は、平成20年度年俸決定基準日における原告らの職位を前提に平成20年度各年俸決定をしたものであるから、平成20年度各年報決定は、職位の引下げに伴う原告らの職務内容及び職責等の軽減ないし縮小を反映したものとして、被告が本件各年報合意によって有する合理的な裁量の範囲内で決定されたものと認めるのが相当である。したがって、平成20年4月1日から平成21年3月31日までの賃金について、原告両名各降格処分前の賃金額との差額の支払いを求める原告らの請求には理由がない。

平成21年度になされた原告らの年俸切下げは、主として被告の業績の悪化に伴い人件費を圧縮する必要があったことから行われたものと認められる。かかる被告の業績も年俸額の決定に当たって考慮すべき要素となると解されるが、賃金と対価的意義を有する労務提供の内容に差異がないことから、被告の業績の悪化を理由とする年俸額の切下げが合理的な裁量の範囲と言えるか否かは厳格に判断するのが相当である。これを本件についてみるに、被告の売上げが継続的に減少するとともに、主要取引先の一つからの取引停止により大幅に売上げが減少したことから、被告が希望退職の募集による人員削減を実施するなどしていたことからすると、経費において大きな割合を占める人件費を圧縮するために、被告が本件賃金規定の改定及び本件年俸規定の制定施行並びに本件賃金改定を実施して従業員に対し人員削減より緩やかな賃金額の減額を求めたことには必要性及び合理性があったと認められる。そのために、被告が、役員報酬を引き下げたほか、年俸制対象者及びその余の従業員に対し、人件費削減の必要性とその具体的な方策について説明、周知を図った上で、概ね公平な割合で人件費の切下げを実施したものであり、被告が選択した手段には合理性ないし相当性が認められる。そして、本件賃金改定について、原告らを除く大方の従業員の理解ないし協力が得られたことからすると、本件賃金改定による賃金切下げの内容ないし程度が被告従業員にとって受忍し難い程度に達していたものとは認められない。

以上によれば、平成21年度各減給措置は、被告が本件各年俸合意によって有する合理的な裁量の範囲内で決定されたものと認めるのが相当である。したがって、平成21年4月1日から平成22年3月31日までの賃金について、原告両名各降格処分前の賃金額との差額の支払を求める原告らの請求には理由がない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例1018号18頁
その他特記事項
本件は控訴された。