判例データベース
市場調査等会社営業譲渡賃金減額事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 市場調査等会社営業譲渡賃金減額事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成14年(ワ)第17154号
- 当事者
- 原告 個人3名A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年03月31日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、市場調査、広告効果測定業務等を展開する米国企業の日本支社として発足し、日本法人として独立した会社であり、メディア調査等を業とする外資系の旧会社から営業譲渡を受けた。原告A、同B及び同Cは、それぞれ昭和44年、47年、44年に当時の旧会社に採用され、同社の従業員であった者である。原告らはいずれも、被告の従業員で構成される全国一般労働組合分会に所属し、中心的な活動をしていた。
被告は、平成12年度の最優先課題の一つとして成果主義による給与を一内容とする人事制度の導入を検討し、同年3月の春闘において労働組合と協議を行い、その後旧会社の従業員にも説明をした上で、同年11月27日、新人事制度による就業規則、給与規定を旧会社の従業員に配布した。そして、原告らは同月下旬、「新人事制度と就業規則に同意してその遵守に努める」旨の誓約書を被告に提出した。
新人事制度下の被告給与規定には、昇給、降給は評定による指数に毎年バンドごとに決定される指数単価を乗じた金額となる旨が規定されており、業績評価においては、期首において、従業員はバンド基準書に沿った自己のバンドの役割を認識して上司と面談し、その面談を通して目標達成に向けた具体的なスケジュールを決定し、期末には上司と面談して、達成できた点、改善点と自己評価(5段階)をした結果を記載し、上司は従業員の評価(5段階)結果を記載することとされている。またコンピタンシー評価においては、期首において従業員は、コンピタンシーレベルを記入し、期首の面談を通じて上司はアドバイスを与え、期末には従業員は自己評価(5段階)をし、上司は従業員との面談を通じて評価(5段階)を記入し、それが人事部門へ報告されることとされていた。
原告らは、平成12年12月1日に、それぞれバンド5、バンド3、バンド5に位置付けられたが、いずれも基本給が各バンドの上限額を上回っていた。原告Aの上司Eは、平成12年11月以降、原告Aに対し上記評価制度に係る面談をすることを求めたが、原告Aは組合の方針に従いこれを拒否した。平成12年12月〜平成13年5月の原告Aに対する評価は、業績評価が2.0、コンピタンシー評価が2.0であり、同年6月〜11月の評価は、それぞれ2.2、2.1であった。そして平成14年4月の基本給改訂に際し、原告Aは下位2%の評価「D」となり、1万8000円の降給になった。原告Bの上司は、平成12年11月以降、原告Bに対し面談を求めたが、労働組合の方針に従いこれを拒否した。原告Bの評価は、平成12年12月〜平成13年5月は、業績評価が3.0、コンピタンシー評価が2.8、同年6月〜11月は、それぞれ2.1、1.3であった。平成14年4月の基本給改訂に際し、原告Bは下位2%の「D」となり、6500円の降給となった。原告Cの上司は、平成12年11月以降、原告Cに対して面談を求めたが、原告Cは労働組合の方針に従い、これを拒否したが、平成14年下半期以降は面談に応じた。原告Cの評価は、平成13年12月〜平成14年5月は、業績評価が3.0、コンピタンシー評価が3.0,、同年6月〜11月は、それぞれ3.0、2.5となり、平成15年4月の基本給改訂に際し、原告Cは下位10%の「C」となり、1万1970円の降給となった。
これについて原告らは、新会社への営業譲渡に際し、原告らが旧会社との間に締結していたのと同一の労働条件を内容とする労働契約が引き継がれており、被告が新給与制度を理由に降給したことに根拠はないこと、本件降給は労働組合の幹部である原告らに対する不利益取扱いで不当労働行為に当たることから無効であるとして、差額賃金として、それぞれ1ヶ月当たり7万2000円、2万6000円、8万1270円を請求した。 - 主文
- 1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1原告らと被告との法律関係
原告らは、本件営業譲渡によって、旧会社の従業員である原告らが、そのまま被告の従業員になったか、使用者を変更する更改契約が締結されたと主張する。しかし、更改契約の締結を根拠付ける証拠は全くないし、本件営業譲渡に関する旧会社と被告との契約には、労働契約の承継を窺わせる規定がないばかりか、むしろ、被告が旧会社の従業員の労働契約を承継しないことを明定し、本件営業譲渡の時点では、旧会社が従業員を雇用したままで、被告との間でサービス契約を締結しているのであるから、原告らの主張は根拠がない。そればかりか、原告Aは、本件営業譲渡に伴い、旧会社の従業員の地位のままで、サービス契約により被告の業務を行っていることを認識し、労働組合として被告に対して雇用の継続を要求し、本件誓約書の提出により、被告への雇用確保を実現するという方針を採ったのであるから、この事実からしても、本件営業譲渡による旧会社の地位の承継ではなく、本件誓約書による個別契約により、被告の従業員になったと認める他はない。
以上の判断を前提にすれば、原告らと被告との労働条件に関しては、原告らは、個別に、新人事制度によることを認識した上で、被告との雇用関係を締結することを書面で差し入れて、それに基づく労働契約を締結したと評価することができるから、原告らと被告との労働条件は、平成12年12月1日施行の就業規則による新人事制度に従うものと認めることができる。以上の検討によれば、原告らは、平成12年12月1日、個別の労働契約により、被告との雇用関係が発生し、その労働条件は、同日施行の就業規則によることを合意したものと認めることができる。
2原告らの降給の有効性について
原告らは、成果主義による給与制度を実施することを一内容とする平成12年12月1日施行の就業規則、給与規定に従うことを個別に被告との間で合意した。もとより、労働契約の内容として、成果主義による基本給の時給が定められていても、使用者が恣意的に基本給の降給を決することが許されないのであり、降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に降給が規定されているだけでなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続きが存することが必要であり、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った降給の措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り、当該降給の措置は許容されると解するのが相当である。
被告の新人事制度による給与制度は、従業員が属するバンドごとに目標が設定され、その目標設定は上司が一方的に作成するのではなく、従業員との面談を通じて設定されるものであること、期末の従業員の評価に当たり、従業員も自己評価をし、それは更なる上位者や人事部門に報告されること、上司の評価とその理由は従業員に告知され、従業員が自らの意見を述べて上司が評価の調整をすることが予定されていること、降給は、各バンドの給与範囲が相対的に高い者に厳しく、低い者に有利な仕組みになっているが、降給者がいる一方で、多くの者が昇給する仕組みになっている事実を認めることができる。各期ごとの目標設定と目標ごとの評価という仕組み自体に合理性を認めることができるし、降給が各バンド内で、比較的高給を得ている者に厳しく、そうでない者が優遇されること自体が不合理と評価することも困難である。そして、上司の評価の結果は従業員に告知され、従業員が意見を述べることもでき、従業員の自己評価も被告の人事部門に報告されるという仕組みには、一定の公正さが担保されているということができる。以上から、被告が新人事制度により導入した成果主義による降給の仕組みには、合理性と公正さを認めることができ、原告らの降給は上述の仕組みに沿ってなされたものである以上、特に不合理ないし不公正と認めるべき事情がない限り、有効であると考えることができる。
原告Aは、設定されている目標自体に自己の意見が反映されていれば、本件のような降給にならなかったと供述するが、原告Aは被告との間で、新人事制度に従うという内容の労働契約を締結しながら、期首の上司との面談を拒否していたのであるから、仮に原告Aの供述する状況があったとしても、降給を不合理と認めることはできない。原告Bは、上司Gの自分に対する見方に偏りがあると供述する。確かにGが原告Bの上司となった後の同原告の評価は、従前の上司による評価を下回っているが、原告Bは期末における上司との面談を拒否しており、この評価について意見を上層部に伝達する機会を自ら放棄したのであるから、評価が落ちたという一事をもって、この評価を不公正と判断することはできない。また原告Cは、設定されている目標のウェイトが中途で変更になったのは、自らの評価を低くするために殊更に行われたと供述するが、この供述自体が原告Cの想像の域を出ないし、原告Cはこの目標設定の際の上司の面談までは、この面談を拒否して目標設定に関する意見を述べる機会を放棄したのであるから、この評価が不公正と判断することはできない。また原告らは、労働組合の幹部である原告らが揃って降給されているから、この降給措置は不当労働行為であると主張する。しかし、原告らの所属する労働組合の組合員の中には、高い評価を受けて昇格・昇給を果たしている者が存在することからすれば、不当労働行為の事実自体を認定することは困難である。
以上のとおり、原告らに対する降給の措置は、特に不合理ないし不公正と認める余地を見出すことはできず、有効であるという結論になる。 - 適用法規・条文
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- 収録文献(出典)
- 労働判例873号33頁
- その他特記事項
- 東京地裁 平成14年(ワ)17154号
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁-平成14年(ワ)第17154号 | 棄却(控訴) | 2004年03月31日 |
東京地裁 - 平成14年(ワ)第17154号 | 控訴棄却(確定) | 2004年11月16日 |