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S社部長職解職等事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
S社部長職解職等事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 昭和52年(ワ)第9849号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名 A、株式会社
業種
製造業
判決・決定
棄却
判決決定年月日
1979年12月11日
判決決定区分
棄却
事件の概要
原告は、昭和39年3月、被告会社に採用され、昭和49年10月にN貿易に出向と同時に部長となったが、勤務状態が極めて悪いほか、N貿易及び社長に対する批判などを理由に出向を解かれ、昭和50年6月にS宝飾に出向し、実質的な営業責任者になった。ところがS宝飾は業績が上がらなかったことから、原告は出向を解かれ、昭和51年7月、被告会社管理本部付部長となって財務、会計及び輸出入事務を取り扱っていた。一方、被告Aは銀行から被告会社に出向した代表取締役である。

 原告は、S宝飾への出向が解かれることが決まっていた昭和51年5月31日、被告会社の非常勤取締役であったYに対し、被告会社はN貿易に乗っ取られるなど虚偽の事実を申し向けた。その後N貿易がS宝飾の帳簿を調べたところ、原告による使途不明金、過大な旅費等が発見されたが、原告はその説明ができなかった。被告会社の決算作業は、従前から管理本部の職員が行うことになっていたが、原告には上記の事情があったため、被告会社は役員会の決定により、原告を決算作業から外した。

 昭和52年2月頃、被告A宅にダイナマイトを仕掛けた旨の電話が、同年4、5月頃、会社の機密事項を知っている旨の電話がかかったことから、被告Aは電話の主が原告ではないかと考え、会社幹部にその旨伝えた。また同年7月深夜2時頃、見知らぬバーの女性から被告Aに電話がかかり、被告Aが電話を頼んだ者の特徴を聞くと、原告の特徴と一致していたことなどから、部課長会において原告から脅迫電話があった旨話した。

 被告会社では、毎年5月に定期昇給が行われ、昭和52年5月に、部長については月額1万円の定期昇給があったが、原告については査定により昇給額が低く抑えられた。

 原告は、被告会社が仕事を取り上げ、就労を妨害したこと(不法行為(1))、被告Aは事実を調査することなく、原告からダイナマイトを仕掛けた旨の電話、脅迫電話があった旨虚偽の事実を役員に対し公表し、原告の追放を指示するなどしたこと、原告を昇給させなかったことは人事権の濫用に当たること(不法行為(2))を主張して、被告会社に対し慰謝料1000万円、昇給差別による損害60万円を、被告Aに対しては慰謝料1000万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 被告会社の不法行為(1)について

 雇用契約においては、被雇用者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担する法律関係にあるが、雇用契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上被雇用者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、被雇用者が使用者に対して就労請求権はないと解するのが相当である。

 これを本件についてみれば、原告が被告会社に対して就労請求権を有すると認めるに足る特段の事情は存在しないから、原告の主張は理由がない。しかし、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げた場合には、なお就労させないことが違法性を帯び、不法行為の成立を認める余地があるところ、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げたとまでは認めることができない。かえって、被告会社が原告に仕事を担当させなかったのは、原告が被告会社の利益に反する言動をとったことを原因とするものであり、やむを得なかったものと認められる。

2 被告Aの不法行為について

 被告Aが、いわゆる怪電話の相手が原告ではないかと判断したことには相当の理由があるから、同人が他の役員らに対し怪電話があるかも知れないと伝えたことは、違法とまで認めることは困難である。

3 被告会社の不法行為(2)について

 被告会社における定期昇給は、被告会社の査定に基づき行われ、昇給額は、各人の能力、技量、勤務成績などを考慮して、被告会社の裁量によって決定されると認めるのが相当である。したがって、被告会社の従業員は、被告会社に対し、当然に昇給する権利を有するものではなく、また被告会社の昇給査定は、その裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合に限り違法であると解される。これを本件についてみるに、原告の定期昇給額は、他の部長に比べ低額ではあるが、原告の昇給額が他の部長らと比べて低かったことをもって、被告会社の査定が、その裁量権の範囲を超えた、あるいはその裁量権を濫用したものと推認することはできない。

 使用者が被雇用者をいかなる役職に就けるか、あるいはその役職を解くかは、雇用契約、就業規則等に特段の制限がない限り、雇用契約の性質上、使用者が、業務上、組織上の必要性及び本人の能力、適性、人格等を考慮して、自由に決定する権限を有していると解するのが相当である。これを本件についてみるに、被告会社の右権限を制限する諸般の事情は認め得ないから、被告会社は原告を役職に任命、解任する裁量権を有していると認められる。そして本件解職処分が、その裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったと認めるに足る証拠はない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項