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N社給与減額事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
N社給与減額事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁八王子支部 - 平成13年(ワ)第667号
当事者
原告 個人1名 
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年10月30日
判決決定区分
一部認容・一部却下・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、主に自動車等のエンジンに使用されるエアフィルター等の製造販売を業とする米国に親会社を有する株式会社であり、原告(昭和20年生)は昭和39年4月、被告に入社し、青梅工場に配属された者である。

 被告は、昭和60年1月1日付けで就業規則で定める定年を55歳から60歳に延長し、労組との間で5年経過後に再度協議する旨合意した。被告は平成11年7月1日付けで、能力主義に基づく新人事考課制度について組合との協定を交わして施行し、同制度によって、社員は最低位の1等級から最高位の11等級まで区分され処遇されることとなった。

 被告は、親会社等から平成12年4月当時、ROI(当期利益の百分率)を最低15%とするよう指示を受け、その達成のために短期行動計画を立て、平成12年4月から12月にかけて、ROI15%を達成していない原告を含む24名の従業員に対し退職を勧奨し、その結果、1名が韓国の関連会社に転籍した以外は、原告を除き全員が退職した。被告は退職勧奨の際、退職に応じなければ年収に応じ、50%から20%まで賃金を減額する旨提案した。原告は、平成12年9月1日に55歳に達し、退職金1750万1696円を受領し、更に合意退職の代償措置として、当時の給与(6等級)3ヶ月分相当の割増金の上積み、5か月の退職猶予等を示されたが、合意退職には応じなかった。平成13年1月1日付けで、原告は新設された廃液処理班に配転されたが、同班に配属されたのは原告のみであった。そして、被告は本件配転と同時に、原告を1等級に降格し、給与を従前の約半額に減額する内容の本件給与辞令を原告に交付した。 

 被告の改正前の人事考課制度では、等級が5段階であり、原告は平成11年4月付けで「4A等級516号」の辞令を受け、新人事制度の下では「6等級張出上限」に該当末宇ものとされた。新人事制度の下、被告は1等級から7等級までの職員については、5段階(E10点、F−E7点、F5点、M−F3点、Mとされ、総合評価は700点以上がE、100点以下がMとされた。原告に対する人事考課は、平成12年4月頃から7月頃までの及び同年7月頃から12月頃までの総合評価は、いずれもF(中間)であった。

 原告は、本件給与辞令は、その内容が就業規則に根拠がないこと、退職勧奨を拒否したことに対する報復であること、配転とはいっても従前と同じ作業をしており、実施的に葉点は存在しないこと、病気に罹患して一時休養したことはあるが労働能力の大きな低下はないこと、代償措置もないことなどを挙げ、本件給与辞令の無効確認と、それに伴う差額賃金相当額の支払いを請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、889万9257円及び別紙未払賃金目録金額欄記載の各金額に対する同目録起算日欄記載の日から各支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告に対し、平成15年11月から本判決確定に至る月まで、毎月25日限り、20万2920円及びこれらに対する格弁済期の翌日から格支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3 原告の請求中、本判決確定月後の金員の支払を求める部分を却下する。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件給与辞令の根拠

 現就業規則56条や6条2項が給与の減額の根拠規定となるといっても、給与という労働者にとって最も重要な権利ないし労働条件を変更するものであることに照らすと、使用者の全くの自由裁量で給与の減額を行うことが許容されたものとは到底解されず、これらの規定を根拠として使用者が一方的に労働者の給与の減額をする場合は、そのような不利益を労働者に受忍させることが許容できるだけの高度な必要性に基づいた合理的な事情が認められなければ無効と解すべきである。また、これらの規定が、配転に伴う給与減額の根拠になるとしても、労働者にとっての給与の重要性に照らすと、給与の減額が有効となるためには、配転による仕事の内容の変化と給与の減額の程度とが合理的な関連を有すると解すべきであるし、また、これらの規定が能力型の給与体系の採用を背景として導入されたことに鑑みれば、給与の減額の程度が当該労働者に対する適切な考課に基づいた合理的な範囲内にあると評価できることが必要であると解すべきである。

 以上によれば、給与減額の合理性の判断に際しては、当該給与の減額によって労働者の受ける不利益の程度(当該給与の減額に伴ってなされた配転による労働の軽減の程度を含む。)、労働者の能力や勤務状況等の労働者側における帰責性の程度及びそれに対する使用者側の適切な評価の有無、従業員側との交渉の経緯等を総合考慮して、判断されるべきものと解される。

2 本件給与辞令の有効性

 原告は、平成12年12月に支給された月例給が41万7240円であったのに、本件給与辞令の結果、平成13年1月に支給された月例給が21万4978円となったものであり、賞与についても、平成11年12月分が99万6965円、平成12年6月分が100万2816円であったものの、平成13年6月分51万9719円、同年12月分が47万7696円と約半額程度に減少したものである。そうすると、原告の職務内容を併せ考えると、原告の受ける不利益は非常に大きなものといえる。

 原告の出勤状況は、病気療養が必要であった平成5,6,10年度に、欠勤率が平均に比べてかなり悪くなっていたものの、本件給与辞令直前の出勤状況はさほど悪いものとは認められない。また、原告はこれまで1度として降格や減給となったことがなく、新人事制度導入時においても「6等級」に該当すると定められ、その後同等級下で2回にわたり人事考課を受け、2回とも総合的に平均的な評価を受けていたものであるから、その当時は十分「6等級」の給与に相当する能力があり、しかもそれに見合う職務を担当していたものと推認されるところ、これらの考課は本件給与辞令がなされる直前の原告の勤務成績を評価したものであることに照らすと、原告は「6等級」の評価を受けるだけの労働能力を有しており、かつ相応の職務担当であったというべきである。そして、本件給与辞令により原告に対してなされた「1等級」という評価は、「所属部門の定められた手続きに従い、特別の知識及び経験を必要としない単純定型的な繰り返し的事務作業を、所属上長の細部的指示のもとに処理する業務を中心とする」とされているところ、原告がしている他の班への応援作業等は、原告が十全様々な班に所属することで培った知識及び経験を必要とするものであることをも勘案すると、それまで「6等級」の格付をされていた原告に対して「1等級」という格付を行うことは、恣意的なものといわざるを得ない。したがって、「1等級」との格付を伴ってなされた本件給与辞令には、労働者の能力に対する評価の適切さという点で極めて合理性を欠くといわざるを得ない。

 この点、被告は、原告は加齢とともに労働能力が低下し、手術後は作業効率の低下が顕著となったと主張するが、原告が平成12年7月以降、本件配転辞令前後を通じて従事していた作業は、必ずしも肉体的に軽作業とはいい難いにもかかわらず、病歴を有する原告がこれらの作業を適切に遂行していたことが窺われることに照らすと、原古の作業効率の低下は、それが存在していたとしても、本件給与辞令による大幅な給与減額を正当化する程度に顕著なものであったとは到底認められないというべきである。しかも被告は、退職勧奨に応じない場合、一律20%ないし50%の割合で賃金を減額することとしていたもので、その際従業員の労働能力、労働意欲等について個別的に検討を加えたことが窺えるような証拠が全く提出されていないことからしても、原告の労働能力について、適正な評価がなされたとは認め難い。

 被告は、本件退職勧奨や賃金減額措置は経営上の必要性が高かったと主張するが、平成13年度の経営状況を見る限り、原告の賃金を半減しなければ、被告の経営上直ちに何らかの問題が生じていたとまでは認められない。被告は、55歳時点で原告が退職金の支払を受けたことをもって原告が代償措置を受けたかのような主張をするが、これは代償措置とはなり得ないと解され、退職勧奨の際の割増金の上積みの内容も代償措置として必ずしも十分なものと断じることはできない。更に被告は、原告が本件配転後に担当していた作業は、1等級相当の給与よりはるかに低廉な外部委託やパートタイマーによる代替が可能であるにもかかわらず、解雇を回避するため本件給与辞令を発したと主張するが、原告の労働能力について「1等級」であるとする被告の主張はその前提において採用できない。組合は現就業規則に同意したものと認められるが、本件退職勧奨や本件賃金減額措置それ自体が就業規則に盛り込まれたり、労働協約として締結されたことを認めるに足りる証拠はなく、また給与に関し実質的不利益を及ぼす事項について、使用者が組合と合意したからといって直ちにこれが個々の従業員を拘束する合意となるものということはできないから、被告の上記主張には理由がない。

 以上によれば、本件給与辞令による原告の不利益は著しく大きい一方、原告の労働能力が十全の評価に比して著しく劣っていたということもできず、また被告の経営状況に照らせばその必要性が高かったとまではいえず、更に十分な代償措置も講ぜられておらず、組合も本件給与辞令に同意したとはいい難いから、原告の給与を約半分に減額させる本件給与辞令に合理性があったということはできない。

3 未払賃金の有無及び額

 原告に対する本件給与辞令は無効であるから、原告は、現実に支給された給与額と本件給与辞令がなければ支給を受けていたであろう給与額との差額を請求することができる。そうすると、原告は、平成13年1月1日以降、毎月25日限り、月例給の差額分20万2920円の支払いを求めることができることになる。もっとも、本判決が確定しても被告がなお差額分の賃金を支払わない特段の事情は認められないから、本判決確定月後の月例給の差額分の支払いを求める部分については訴えの利益がない。

 本件給与辞令が無効である以上、原告は、現実に支給された賞与額と本件給与辞令が無ければ支給を受けられたであろう賞与額との差額相当分を被告に対して請求することができることになる。そして、この差額相当分については、各期の賞与毎に、原告に対し現実に支給された賞与額を当時の原告の賞与基礎賃金で除して得られた支給割合に各期の賞与の前提となる基礎賃金の差額分を乗じて算出するのが相当である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項
本件は控訴された。