判例データベース
S社年俸制社員降格処分事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- S社年俸制社員降格処分事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成14年(ワ)第26913号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年03月09日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、赤色警戒灯の製造販売道路標識工事の請負等を業とする株式会社であり、原告Aは昭和45年5月、原告Bは昭和40年3月に大学を卒業した後平成3年2月に、原告Cは昭和58年に、それぞれ被告に雇用された者であり、原告Aは採用の2年後に結成された組合に結成と同時に加入していた。
原告Aは、昭和61年に課長に昇進して年俸制に変更され、平成3年に本社営業部次長に昇進した際には取締役から組合を抜けて欲しいと申し入れられていた。原告Aは平成4年に本社特需部部長に昇進し、平成5年には被告より長野営業所への配転を打診されたが、組合活動への支障、単身赴任は病状からみて堪えられないことを理由にこれを断ったところ、被告は原告にAに自宅待機を命じ、部長からの降任、役職手当7万円のカットを通告し、営業本部付に配転した上で、同年7月分の給与から役職手当7万円を控除した金額(代わりに営業手当3万円を支給)を支給するようになった。
原告Bは経理課長として採用され、当初組合加入を秘匿していたが、被告から社風に合わないこと、勤務怠慢、手形の紛失等を理由に退職勧告を受けたところ、組合加入を明らかにした。組合は原告Bの退職勧告撤回等の団体交渉の申し入れを申し入れ、都労委にあっせんを申請し、あっせんにより退職勧告は撤回され、降格、配転については合意したものの、これに伴う賃金の減額や賞与等についてのあっせんは不調に終わった。また原告Cは、組合員であることを理由として賃金差別を受けていると主張した。原告らは、被告に対し、差額賃金として、原告Aについて1766万9192円、原告Bについて740万7770円、原告Cについて838万9500円を支払うよう請求した。 - 主文
- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告ら及びその比較対象とされる者の賃金額について
(1)原告A
原告らは変動給(特別手当と時間外手当)が減額前の年俸制給与部分とは対応しないとして、これを控除した額で比較すべきであると主張する。このうち、特別手当については年俸制社員であっても支払われることがあるから、これを控除すべきであるが、時間外手当については、被告は年俸制社員にはこれを支払わないことにしているところ、賃金差別の存否の判断という観点からは被告の取扱いを前提として判断するべきであるから、これは控除すべきではない。そうすると、平成6年は6月に特別手当1万円が支払われているから、これを差し引いた700万2981円、幣制12年は同15万4929円を差し引いた681万0644円、平成13年は、同24万5000円を差し引いた678万7244円、平成14年は同8万円を差し引いた372万0132円となる。
(2)原告B
特別手当の額を差し引くと、平成12年は5000円を差し引いた571万0746円、平成13年度は3万3000円を差し引いた523万9662円となる。なお平成13年度は、平成14年2月20日限りで退職したため少なくなっている。
(3)原告C
特別手当が支払われたことを認めるに足る証拠はないから、差し引くべきものはない。
2 賃金減額について(原告A及び同B)
年俸制であった原告らについては、役付手当の不支給により年収ベースで、原告Aは119万円、原告Bは68万円の減少を来す。他方、年収の減少幅は、原告Aは最も大きいのが平成11年の98万6592円であり、原告Bは途中退職の平成13年度を除き平成12年度の108万9254円である。
原告Aと同Bが有効に降格処分を受けたことについては争いがなく、被告は、年俸制社員についても役職手当ないし役付手当を支給しており、その額は、原告Aについては、遅くとも平成5年1月以降月額7万円、原告Bは平成4年1月以降月額4万円が支給されていたこと、平成4年6月には賃金規程に同手当は地位に応じ支給するものと明記したことが認められる。そうすると、被告としては、管理職を免じれば管理職手当が付かなくなるのは当然であり、降格して平社員としたにもかかわらず、部長や課長に対する手当を支払うわけにはいかない。したがって、被告は降格処分に伴う当然の措置として役職手当ないし役付手当相当額を減額したと解するのが相当であり、後日これを含めて修正をする旨の合意をしていることを考慮したとしても、被告が原告Aと同Bの正当な組合活動を理由としてこれを行ったとは認められない。
原告Bの賃金減少額は役付手当の不支給による減少の範囲を最大で40万9254円超えており、減額前の年俸の本給に相当する賞与の減少額は約23%である。しかし、原告らは、部長や課長から平社員に降格されて年俸制社員から給与制社員となったところ、年俸制社員と給与制社員では賞与の算定方法が全く異なり、その中でも給与制社員の賞与は被告自体の業績が直接影響するところ、被告の業績は平成9年以降悪化している。また、被告が平成9年度以降導入した職能等級制度は、職能等級の昇格が当然に職位の上昇や役職の昇進を伴うもので、相互の関係は密接であるから、逆に役職の降格により職能等級の降級をも招来し、基本給の減少を来す可能性もあり得る。
次に、原告ら両名を比較すれば、支給率に格差があることは明らかであるが、被告において、原告Bを同Aよりも一層差別しなければならない理由も見当たらない。むしろ原告Bは経理課長として途中入社し、翌4年度こそ昇給したが、平成4年10月、額面1500万円余りの作成済みの手形を紛失して除権判決を申し立てる事態となり、始末書を提出し、平成5年5月には、経理部長から部下・支店への指導等について注意を受け、改善方法を書面で提出するよう命じられて提出したことがあり、5、6年は連続して昇給がなく、被告に本件組合加入を通告する前の時点で退職勧告を受けていることからすると、もともと被告の同原告に対する評価は芳しいものではなかったことが窺われる。このような点からすると、原告Bの賞与の減額も合理的な範囲内にあるとみられるから、減給の点から被告の組合差別意思を推認することはできない。
3 賃金差別について(原告A及び同C)
(1)原告Cについて
被告は、遅くとも平成4年には初任給自体を経験・能力・職務内容等により個別に決定し、昇給も個別の査定により行う方式を採用しており、またもともと定期昇給の制度を採用していないから、同一学歴・同一年齢であれば同一賃金という原則は全く存在しない。したがって、賃金に格差が生じること自体はむしろ当然であって、その存在が何らかの不当な意図の存在を推測させるものではない。また、原告Cの昇給が遅い理由は、少なくとも平成9年以降は主任・係長昇進と4・5等級への昇格が実現しないことにあると解されるところ、被告の採用する職能等級制度は、昇格が職位の上昇や役職の昇進と密接に関連しており、ここにおける昇格は人事上の裁量による措置としての性格が強く、このような昇格昇進は使用者の人事権に属し裁量権を有することから、原則的には同一条件での昇格昇進差があっても直ちに違法な意図になるとは推認できない。
更にいうと、組合員であっても昇格昇進する者も相当数いることからすると、組合員の非組合員との格差の存在は疑問である。また被告は査定基準を公開しておらず、本件訴訟でも査定根拠を具体的に示していないから、評価の正当性を的確に判断することはできないが、原告Cは、平成10年から14年の間にフォークリフト等事故6件を発生させ、そのほとんどが同原告の過失割合100%の事故であり、これにより被害を被ったことからすると、それなりの根拠があった可能性がある。
他方、被告の原告Cに対する差別意思については、同原告入社当初、入社したばかりで組合に入って回りとの折り合いも悪いようだし、そういう人は早く辞めて欲しいのが会社の本音だといわれ、同原告が業務部に配転になっても会社に残りたいと述べて被告が了承したことが認められる。しかし、これ自体は時期も古く、内容的にも組合差別の意図で不利益取扱いをしようとしたとは直ちに判断できない。このような点からすると、被告が、原告Cが組合活動を行ったことを理由として不利益取扱いをする意思で昇格差別を行ったため賃金格差が生じたと認めるに足る証拠はない。
(2)原告Aについて
Hの給与は、平成5年度以降順調に昇給したが、同人は年俸制社員でこの間に署長から部長にまで昇進しているところ、部長から平社員に降格され、年俸制から給与制に変更された被告Aの給与が年数を経て昇進した年俸制社員と同等に昇給するということ自体に無理があるといわざるを得ない。また、Hは年俸制社員であり、平成11年には固定給部分が減少し、平成11年時点での原告Aの減額前賃金との差は100万円程度になっている。したがって、一概に金額の違いほど同原告が大きな不利益を被っているとは断定し難い。
平成4年当時の職位は、原告Aが部長、Hが所長と、原告Aが2段階上位にあり、この時点で同原告に対し組合活動を理由とする差別があったとは解し難い。また、原告Aが次長に昇進した時の上司からの組合を辞めるようにとの発言は、上級管理職は非組合員でなければならないとの判断からの発言とも理解できるから、直ちに差別意思を示すものとも断定できない。 - 適用法規・条文
- 労働組合法7条
- 収録文献(出典)
- [収録文献(出展)]
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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