判例データベース
独立行政法人退職金減額事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 独立行政法人退職金減額事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成15年(ワ)第26741号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 独立行政法人 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年09月13日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、平成15年10月1日に特殊法人から組織変更をした独立行政法人であり、原告は平成3年7月に被告に事務職員として採用された女性である。
平成13年12月10日発売の週刊Aにおいて、「お気楽特殊法人日本労働研究機構」「あきれた実態第1弾」などの見出しで、現職員W(原告)が内部告発する趣旨の記事が掲載され、同月17日発売の同週刊誌には上記記事の第2弾が掲載された(本件記事)。被告は本件記事中でWが語った内容と原告の経歴との間に一致する点が多いため、原告の電子ファイルの調査を行い、その結果、原告が内部文書を部外者に提供したり、就業時間中に他部署の文書データの閲覧をするなどしていた疑いを抱いた。そこで被告は原告から事情を聴取しようと、同月19日以降複数回にわたり原告にメールを送信した外、内容証明郵便を送ったが、原告はしばらくこれに応じず、同月28日になって、有給休暇中で出勤できなかったこと、週刊誌について提供できる情報はないことなどを記載したメールを送った。
原告は、事情聴取等に応ずることなく同年12月28日付けで退職したが、被告は、原告が長期間にわたり業務用パソコンを使用しているところ、これは職務専念義務に違反すること(減額事由1))、原告は被告の内部文書を私的に部外者に提供したこと(減額事由2))、原告は事実関係の調査に協力しなかったこと(減額事由3))ことから、退職金支給規程に基づき、原告の退職金を10%減額して支給した。
これに対し原告は、被告は退職を認めない場合もあると脅し、原告はこれによっていじめられるか、懲戒解雇されるかと強いストレスを感じ、30万円相当の精神的損害を被ったこと、被告は原告の再三の督促にもかかわらず、年金手帳、健康保険資格喪失証明書、離職表、雇用保険被保険者証、財形貯蓄書類等の必要書類の返却を遅らせたことなどから、退職時の本俸の1.5ヶ月分の精神的損害を被ったこと、パソコンの無断調査によりプライバシーを侵害されるなど200万円相当の精神的損害を被ったこと、被告は原告による内部告発が真実であることを認識していたにもかかわらず、ホームページ上で、原告の告発を虚偽であると非難し、読者から被告への抗議に対し本件記事の内容が虚偽であると非難したが、これらはいずれも名誉毀損に当たり、各50万円相当の精神的損害を被ったことを主張し、これに弁護士相談料5万7250円を加えた総額393万3400円の損害賠償を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件退職手当減額の有効性・適法性について
(1)減額事由1)の存否
私人である使用者の行為が労働者に対するプライバシー権の侵害に当たるか否かについては、行為の目的、態様等と労働者の被る不利益とを比較考量した上で、社会通念上相当な範囲を逸脱したと認められる場合に限り、公序に反するものとしてプライバシー権の侵害となると解するのが相当である。そして、使用者の行為がプライバシー権の侵害に当たる場合であっても、そのようにして収集された証拠が証拠能力を欠くものとして証拠排除の対象となるのは、その侵害の程度が著しい場合に限られるというべきである。
本件について見ると、本件パソコンに関する調査は、被告が本件記事に関する事実関係を明らかにして監督官庁への説明をするなどの目的で行われたものであり、その態様は、調査項目をパソコン作業の対象となった電子ファイルの保存場所、ファイル名、作業開始日時、継続期間等に限って調査するというものであって、調査目的が正当である上、調査態様も妥当であり、原告が被る不利益も大きくないから、プライバシー権の侵害に当たるということはできない。
原告が被告から貸与されていた本件パソコンの使用履歴には原告が当時配属されていた資料センター以外の文書データに対するものが数百件以上記録されており、その大部分は被告内の他部署の文書データであることが認められるが、これについて原告が、「他部署のデータへのアクセスは、資料センターのレファレンス業務の一環として外部の問い合わせに答える必要から行った」等一応合理性のある供述をしていることを考慮すると、他部署の文書データへのアクセスが原告の業務と無関係な私用のために行われたと推認することは困難である。また本件パソコンの使用履歴の中には、被告内の他部署のものとは考え難い履歴も若干存在するが、これらの文書データへのアクセスが職務専念義務違反に当たることは否定できないとしても、その違反の程度は極めて軽微であるから、これをもって懲戒解雇について定めた就業規則の規定に準ずる事由ということはできない。
(2)減額事由2)について
被告は、原告が被告の内部文書を私的に部外者に提供して被告の秩序を乱した旨主張するが、本件記事中には被告の内部文書の記載内容と酷似する表現が用いられている部分があること、平成13年10月5日に被告の事務所内のファクシミリ送信機から週刊A編集部宛に何らかのデータが送信されたことが認められるものの、他方で、原告がその陳述書及び本人尋問において、「原告が週刊A編集部に提出したのは、被告の内部文書ではなく、これまで原告が勤務の過程において直接見聞きしたことについて書きためていた原稿である」旨供述していることを考慮すると、上記事実から直ちに原告が被告の内部文書それ自体を週刊Aに提供したと推認することはできないというべきである。
(3)減額事由3)について
一般的に、使用者は、その事業の円滑な運営のために企業秩序を定立し確保する権限を有しており、企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、当然に事実調査をすることができる。他方、労働者は使用者に対し、労働契約に付随する義務として、企業秩序遵守義務を負っているが、労働者といえども使用者の一般的な支配に服するものではないから、いかなる場合であっても常に使用者の行う上記調査に協力すべき義務を負うのではなく、使用者の事業の円滑な運営を図るために必要かつ合理的な範囲で調査に協力すれば足りると解される。
本件について見ると、被告に対する批判的な内容を含む本件記事が週刊Aに掲載されたことによって被告の企業秩序に問題が生じたこと、そのような事態を収拾するためには本件記事への関与が疑われていた原告に対する事情聴取を急ぐ必要があったこと、その手段として、原告を被告の事務所に呼び出して直接事情を聴くことは、メールや郵便よりも迅速かつ確実である上、原告の負担も少ないと考えられること、原告は有給休暇中であったが、上記メール又は内容証明郵便を読んでおり、指定された日時に被告の事務所に出頭して事情聴取に応じることが客観的に可能であったことが認められる。このような事情からすると、上記メール及び内容証明郵便による被告の原告に対する出頭命令は、被告の事業の円滑な運営を図るために必要かつ合理的な範囲内のものであると認められ、原告はこれに応じるべき義務があったというべきである。したがって、上記出頭命令を無視した原告の行為は、就業規則3条、5条4号違反に当たるというべきである。
(4)結 論
本件退職が自己都合退職であること及び被告の主張する減額事由3)が認められることからすれば、原告が本件退職時まで10年以上にわたり特に問題を起こすことなく被告に勤務し、その事業に相応の貢献をしてきたことを斟酌しても、原告の退職手当を100分の10減額した本件退職手当減額が退職手当支給規程7条に定められた被告の裁量を逸脱し違法無効であるということはできない。
2 その他の不法行為の成否について
(1)退職を認めない旨の内容証明郵便について
原告は、退職の承認ができない場合がある旨の平成13年12月21日付け内容証明郵便の記載が民法627条1項に違反する旨主張するが、当時、原告について内部文書の漏洩及びパソコンの私用という懲戒事由の存否が問題になっていたことからすれば、上記内容証明郵便の記載は、被告が原告との雇用関係の終了を認めずに原告の労働を強制しようとする趣旨ではなく、事情聴取の結果によって懲戒事由の存在が明らかになった場合には、原告を懲戒解雇処分にする可能性があることを示唆するものと解すべきである。そして、労働者が退職を申し出てから退職日までの間に使用者が懲戒権を行使することは何ら違法とは認められないから、その可能性を示唆した上記内容証明郵便の記載が違法ということはできず、不法行為は成立しない。
(2)退職手当の支払及び必要書類の送付が遅れたことについて
被告は、原告に対する退職手当につき、本来の支払期限から19日過ぎた日に支払ったものであるが、原告の退職予定日と近接した時期に原告の懲戒事由の存在が疑われ始めたことや、被告の事情聴取の申入れに原告は最後まで応じなかったことを考慮すると、被告が原告の退職手当を減額するか否か、減額するとした場合の減額割合について判断を下すための時間的余裕がなく、その支払が上記の程度遅延したのもやむを得ないというべきであるから、退職手当支給規程にいう「特別の事情」があると認められる。したがって、被告の原告に対する退職手当の支払が遅れたことについて不法行為は成立しない。
原告は、平成14年1月25日頃、社会保険や財形貯蓄の書類の返還を求め、更に同年2月4日のメールで同月12日必着で返還するよう請求し、被告は同月8日にこれらを原告に返還したところ、以上の経過からすると、必要書類の返還が遅れたのは退職手続に非協力的な態度を取っていた原告にも一因があるというべきであるし、被告の方でわざと送らせたなどの悪質な事情は窺われないから、被告の原告に対する必要書類の送付が遅れたことについて、不法行為を構成する程度の違法性があると認めることはできない。
(3)名誉毀損について
被告が管理するホームページには、本件記事に対する被告の意見として、理事長のインタビューでは全く触れられなかった内容が、しかも匿名の1人の人物からとみられる情報のみに基づいて、十分な裏付け取材もないまま書かれたものとみられ、被告のことを一方的に「お気楽」特殊法人と決めつけるのは実態とかけ離れている旨記載されており、「匿名の1人の人物」とは原告を指すものであることが認められる。原告は、上記記載が名誉毀損に当たる旨主張するが、これは週刊Aが本件記事の一部を原告からの情報にのみ依拠して執筆し掲載したことを批判し、その内容が真実ではないと考えている旨表明したものというべきであって、本件記事の取材源である原告自身を非難したり、その社会的地位を低下させたりするものとは認められないから、原告に対する名誉毀損には当たらず不法行為は成立しない。
被告が、一般市民から寄せられた抗議のメールに対する返事として、元職員が週刊誌等に提供するなどした情報の内容は、いずれも事実に反するか、事実を著しく歪曲・誇張している旨メールを返信したこと、「元職員」とは原告を指すものであることが認められる。原告は、上記メールの記載が名誉毀損に当たる旨主張するが、上記メールは被告に抗議のメールを送信した特定の個人に宛てた返事として送信されたものであり、公然すなわち不特定多数の人の目に触れる状態で原告の社会的評価を低下させるような事実を摘示したものではないから、原告に対する名誉毀損には当たらず不法行為は成立しない。 - 適用法規・条文
- 民法709条、723条
- 収録文献(出典)
- [収録文献(出展)]
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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