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システム開発研究所年俸制社員等給与減額事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
システム開発研究所年俸制社員等給与減額事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成18年(ワ)第1918号
当事者
原告 個人5名 A、B、C、D、E
被告 財団法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年10月06日
判決決定区分
一部認容・一部却下・一部棄却
事件の概要
 被告は、システムズ・アナリシス、PPBS等の手法を開発・応用し、経済・社会が要求する国家的課題に対し有効な方策を提供することを目的とした財団法人であり、原告Aは昭和59年8月、同Bは昭和63年4月、同Cは昭和59年1月、同Dは平成10年4月、同Eは昭和63年4月に、それぞれ研究員として被告に雇用された者である。

 被告は、昇給は原則として毎年1回行うとする給与規則を定めていたが、20年以上前から同規則を改正しないまま、主として40歳以上の研究職員を対象に、個人業績評価に基づいて個別の交渉によって年間支給額を決定するいわゆる年俸制を導入していた。ところが、平成15年頃から、年俸額決定に必要な個人業績評価のための資料の提出を研究室長らが拒むようになったため、被告は、平成15年度及び16年度は従前の給与水準をそのまま維持する形で給与を支給したが、経営状況が悪化し、平成17年度には大幅な赤字が予想されたことから平成17年7月以降、理事が直接評価を行うこととした。そして、この方式による年俸金額交渉に同意しなかった原告A、B、C及びEについてもこの評価に基づいて平成17年の賃金が決定され、年額100万円から450万円の減額が行われた。また被告は、非年俸制者の賃金については、研究手当と賞与の部分についてのみ個人業績評価に基づいて決定していたが、これについても研究室長による評価の一次資料が提出されなくなったため、平成17年度については、理事自らの評価に基づいて賃金を決定した。非年俸者である原告Dは、平成17年12月に理事の業績評価により評価ランクが7から4に変更され、それに伴い研究手当7万5750円が半減されるとともに、平成17年4月から11月までの研究手当の過払い分30万3000円を冬期賞与から控除された。

 これに対し原告らは、本件減額措置はいずれも就業規則に基づかない一方的なものであること、被告は平成17年6月までに原告ら労働者と年俸交渉を行わなかったから平成17年度の賃金は平成16年度と同内容で更新されていること、非年俸者である原告Dのランクの切下げ及びそれに伴い研究手当を訴求して引き下げたことは違法・無効であることを主張し、被告に対し従前の賃金との差額賃金の支払いを請求した。
主文
1 被告は、原告Aに対し、金359万8300円及び別紙支払期日一覧表1の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告Aに対し、平成18年2月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、金65万円を、平成18年以降本判決確定の日まで、毎年7月25日及び12月9日限り、金210万円を支払え。

3 被告は、原告Bに対し、金242万5000円及び別紙支払期日一覧表2の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告Bに対し、平成18年2月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、金83万3000円を、平成18年以降本判決確定の日まで、毎年3月25日限り、金4000円を支払え。

5 被告は、原告Cに対し、金114万5700円及び別紙支払期日一覧表3の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 被告は、原告Cに対し、平成18年2月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、金70万円を、平成18年以降本判決確定の日まで、毎年7月25日及び12月9日限り、金130万円を支払え。

7 被告は、原告Eに対し、金100万6000円及びこれ平成17年12月10日からに支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

8 被告は、原告Eに対し、平成18年以降本判決確定の日まで、毎年12月9日限り、金200万円を支払え。

9 上記各原告のその余の請求を却下する。

10被告は、原告Dに対し、金37万8750円及び別紙支払期日一覧表5)の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

11被告は、原告Dに対し、平成18年2月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、金7万5750円を支払え。

12 原告Dのその余の請求を棄却する。

13 訴訟費用は、いずれも被告の負担とする。

14 この判決は、第1項から第8項及び第10、第11項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 年俸制について

 被告においては、相当以前から年俸による給与交渉を毎年一定時期に行い合意によって取り決めてきたことが認められ、当該年俸制は給与規則には規定がないものの、労使慣行になっていたものと認められる。ところが、そのような慣行のもと、研究室長らが年俸あるいは非年俸者の個人業績評価のための基礎資料の提出を拒むようになったことや被告の収入が大幅に減少したことから、被告は給与体系等の変更に着手し、従来給与規則の改定をせずに行っていた給与体系及び給与支給決定方法の変更にとりかかったが、原告ら一部の者からは了解が得られなかった。

 本来、給与を支給するための資料を提出しない研究室長らは業務命令違反であり、にもかかわらず資料が得られない場合に、被告としては、経営事情に照らした合理性のある給与金額を算定できる余地は十分にあると思われる。ところで、経営者が経営事情から給与制度を変更することは経営権の行使として当然にあり得ることである。ただし、そのような変更が労働者の労働条件にとって不利益となる場合には、就業規則があればこれによるべきであり、そうでなければ少なくとも当該不利益を受ける労働者の同意がなければ変更はできないことになる。特に既に労働契約の内容となっていて、労働条件の中核をなす給与の減額については、制度として変更する場合にはその必要性及び合理性が強く求められているものと考えられる。しかるに、被告は平成14年7月に新宿労基署によって年俸制による給与支給取決めを一部の労働者としているにもかかわらず就業規則(給与規則)に定めず労基署にも届け出ていないことにつき是正勧告を受けていること、その後平成15年6月から8月にかけて被告は年俸制に関する規程の試案を作成しているが、給与規則の改定には至っていないことが認められる。そのような場合に、被告が今回のように給与規則を変更することなく組織編成を改め、給与支給方法や取り決め方を改めることがこれに同意していない労働者に対する関係で認められるかが問題となる。

 この点、被告は年俸制であることを理由に期初からその減額は可能であると主張する。そもそも給与体系及び給与支給決定方法を変更した上で、それに則り年俸者原告らの給与を大幅に引き下げているのであるから、まず、給与計算の前提となる給与体系及び給与支給決定方法の変更について合意を取り付けた上で年俸額を決定すべきであり、改定した年俸額も従来は交渉による合意に基づいて行っていたものであるから、最大限合意に向けた努力をすべきであるはずである。しかし、平成15年度、16年度と賃金支給額を凍結しておいて、平成17年7月になって被告は一方的に組織編成替え、給与体系及び給与決定方法の変更をしていること、上記について原告らと合意に達することなく、これに則り年俸額を減額していることが認められる。このような被告の対応・措置は、年俸制であることをもって正当性を説明できるものではなく、変更後の制度の合理性も基礎付けることができないといわなければならない。また被告において、今回の改定あるいは給与支給額決定方法、取り決められた給与支給額を遡って精算する方法等についての説明義務も十分尽くしたとみることができない。そして、実際に原告らに支給された給与の支給が大幅な減少となっていて、これを緩和するような配慮が被告からなされていない。

 このような被告によるやむを得ない状況下での給与支給決定経過であったとしても、慣行化していた給与決定方法等が何ら明文化されておらず、これまでの被告の制度構築の仕方に問題があったこと、平成15年、16年と経営状況にかかわらず給与支給金額と方法について凍結状態のままで支給が続けられて来ている状況からすると、それまでの被告の対応からは平成17年度の被告の対応が唐突で職員らに対して説得力に欠けるものであったことが窺われる。それ故、年俸者原告らの同意がない上、被告が一方的に給与支給額決定方法の変更支給の仕方を取り決めて、結果として給与を大幅に減額して支給していることには年俸者原告らの関係で有効性が認められず、年俸者原告らは期限の定めのない雇用契約を締結して継続的な労働契約を交わしていること、年俸制といってもその給与体系の内訳は本給は定期に昇給することが原則とされており、給与の支給条件においても前年度の積み重ねの上に条件決定がなされるであろう合理的期待が生じていると思われること、実際に被告は、平成15年度及び16年度における給与の支給を前年と同様に実施していることからすると、平成17年度も給与条件についての労働者の過半数を代表する者との合意あるいは就業規則の改定による条件が整わない場合には、前年度実績の給与を取りあえず継続して支給すべきことになるものというべきである。それ故、年俸者原告らは、既支給分については従前の給与金額との差額を請求できるとともに、少なくとも平成17年度及び平成18年度の交渉妥結なり年俸金額確定までは前年度実績による給与を支給すべきこととなる。

2 原告Dについて

非年俸者である原告Dの給与については、年俸者と同様な個人業績評価に基づき研究手当が決められて支給されていたこと、平成15年度及び16年度については、上司である原告Aが評価資料を提出しなかったために、いずれも前年度実績に基づく支払がされてきたことが認められる。しかるに平成17年度については、冬期賞与支給を取り決める際の業績評価によるランクを研究評価ランク4(研究手当15%)として通知し、その後、これまでの研究管理手当月額7万5750円を3万7875円に減額した上で、平成17年4月から11月までの研究管理手当の過払いを冬期賞与支給額からまとめて控除している。被告はこのような措置を取ることを各職員に説明しているというが、「定性評価」の廃止を事前に明確に説明しているかどうか疑問であり、精算方法についても事前に説明した様子が窺われない。確かに、使用者には従業員の勤務評価をして給与額を決定する権限があり、本件の研究手当については、年俸者と同様な個人業績評価の労使慣行が形成されていたことが認められるが、従前のそのような労使慣行は労働者との契約内容に取り込まれていて、使用者が一方的に変更を自由にできるものとはいえない。特に、制度、体系の労働者にとっての不利益な変更がある場合には、給与規則等の改定、その周知徹底及び改定の内容が必要性に裏付けられていて合理的なものでなければならない。

本件では、被告の行った給与体系の変更とりわけ一次評価が直属の上司である研究室長或いは組織改編後のユニット長はなくなり、理事が評価すること、「定性評価」を廃止することについて、事前の説明が明確に行われているとは認められない。また、12月からの給与減額のほかに、平成17年度の4月から11月までの研究手当の過払い分を12月の冬期賞与から控除して精算することについても十分周知されていたかどうかは疑問である。したがって、被告の原告Dに対する平成17年12月以降の賃金減額は無効であり、現実の支給額と従前受けていた金額との差額(平成17年12月分と平成18年1月分)を被告は原告Dに支払うべきであり、その後の月例給与についても従前の支払額が支給されるべきである。ただし賞与については、原告Dの主張するような従前の3.3ヶ月分が保証されているわけではないので、その性質上、会社の業績状況から金額について加減できることからすると、平成17年12月の支給額自体には違法な減額とまではみることができない。そうすると、原告Dについては、平成17年12月と平成18年1月の給与における研究手当の各差額分3万7875円及び平成17年12月の賞与支給額から引き去った30万3000円の被告の取扱い分には賃金の支払いがあることになる。
適用法規・条文
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項
本件は控訴された。