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K保育園主任保母降格・解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
K保育園主任保母降格・解雇事件(パワハラ)
事件番号
高松地裁丸亀支部 - 昭和63年(ワ)第148号
当事者
原告 個人1名 
被告 社会福祉法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年08月12日
判決決定区分
一微認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、保育所の経営を目的とする社会福祉法人で、K保育園(園)を経営しており、原告は、昭和43年9月、被告の事業開始と同時に保母として期限の定めなく雇用され、開園20日後に主任保母に任命されて業務に従事する一方、昭和52年3月に職員組合が結成されて以来同年6月までその委員長に就任し、一旦監査委員となった後、昭和55年6月以降再び委員長を務めるなど、組合活動の中心的立場にあった。

 昭和52年2月、香川県による特別監査の結果、被告の運営費に関し、架空の保母の人件費、定員外私的契約児の保育料及び給食材料費の流用が明らかになり、内部組織体制及び運営管理諸規定の不明朗さが指摘されたため、理事長兼園長のFはこれらの職を辞し、その夫も事務長を辞任した。新理事長Aは、被告の会計管理棟の改善のため、保母だったKを会計担当専任とし、Kは会計処理の明確化を図った。A理事長は、前記監査以降、県から給与規定が整備されておらず、各人の給与に不均衡があることが指摘されたため、県の指導を受けて、Kは原告の協力に下に給与表の作成、給与の改訂作業を行い、その結果、原告はかなり昇給することとなった。

 昭和53年から昭和54年初めにかけて、無資格者を含む短期採用の保母に退職が勧告されることがあり、組合は地労委に斡旋を求めるなどの活動を行った。その後Fが理事に復帰し、理事会と組合、父母会の対立が深まったことから、Y理事長は任期満了前の昭和55年5月辞任した。また、同年2月頃、経験ある調理員や栄養士が、園の混乱の中で退職するなどしたため、給食等の質が低下したことがあり、その頃Fが保育現場に入り、園児の前で保母を怒鳴りつけることもあった。組合は、短期採用の保母が退職勧奨されたり、Fが理事に復帰するなどして保育現場が混乱したことから、理事会を刷新することが必要であるとして、陳情、署名運動等を行った。昭和55年10月、県による再度の特別監査の結果、会計上の不適正が指摘されたことから、組合は理事会や園に復帰したF夫妻への批判を強めたが、原告は当時組合の委員長であるとともに、主任保母として園の保育面でも中心的存在であった。

 被告は、原告が主任保母と園長代行の権限を濫用し、会計を自己の意のままに専断したこと、理事長に無断で給与表の改定を行い自ら昇給させたこと、雑会計の不正支出及び主食会計の不徴収をしたこと、職員の給食費に関する不正をしたこと、リベートを収受したこと、出勤時間を守らないなどの職責違反をしたこと、無届けで外出するなど副園長に敵対反抗行為をしたこと、F夫妻を理事会から追放しようと企て、虚偽の文書による専断を繰り返し被告の名誉、信用に重大な損害を与えたことなどを理由に、昭和56年1月1日付けで原告を一般保母に降格した。更に被告は、原告が本件降格後も反省せず、却って業務命令を2日間拒否し、無断で私的な会合を持ち、虚偽や被告に対する中傷が含まれている冊子を父母に配布したなどとして、同年2月10日、就業規則に基づき原告を普通解雇した。

原告は本件降格を伝えられた際、園側からは何ら降格の理由が示されず、地労委での審理係属中の同年2月9日、口頭で解雇を言い渡されたため、裁判所に地位保全、賃金仮払を求める仮処分を申請し、昭和60年2月6日、原告の申請を全て認める判決(第1審判決)が言い渡されたが、被告は原告の就労を拒否し、賃金を支払わなかった。被告は同判決を不服として控訴したが、昭和63年9月12日、控訴を棄却された。第1審判決後の6ヶ月間、被告は原告が園の事務室に出勤することは認めたが、保育室への立入り、園児との接触を禁じ、その後原告の就労を拒否するようになり右控訴審判決については争わなかったものの、原告の就労拒否の態度を取り続けた。

 原告は、本件降格処分及び解雇は無効であるとして、主任保母としての地位の確認及び解雇期間中の賃金の支払を求めるとともに、解雇、不当抗争は不法行為を構成するとして、被告に対し、慰謝料500万円、弁護士費用300万円を請求した。
主文
1 原告が、被告の設置する保育所恵城保育園において主任保母の地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、

一 金1994万9490円及び別紙認容未払賃金一覧表1項の各月合計欄記載の各金員につき同表2項の記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員

二 平成元年4月以降毎月28日限り1ヶ月金22万1100円及びこれに対する毎月29日(ただし、当該月が平年の2月であるときは当該年の3月1日)から支払済みまで年5分の割合による金員

三 金874万2940円及び別紙認容未払一時金一覧表1項の3月期、6月期、12月期の各欄記載の各金員につき同表2項(遅延損害金の起算日)記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員

四 平成2年1月以降毎年3月15日限り、金10万6300円及びこれに対する毎年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員、毎年6月30日限り、金44万6460円及びこれに対する毎年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員、毎年12月15日限り、金53万1500円及びこれに対する毎年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員

五 金250万円及びこれに対する平成3年8月12日から支払済みまで年5分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

3 原告のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件降格の性質について

 被告の就業規則には懲戒処分としての降格の規定はない。しかし、主任保母から一般保母への降格は原告にとって不利益な処分であり、被告の理事会は原告に懲戒処分に値する事由があると判断し、懲戒解雇を検討したところ、理事長の提案により原告に反省の機会を与えるために本件降格をするよう決定されたのであるから、本件降格は懲戒権の行使として行われたものというべきである。

2 懲戒事由の存否、本件降格の効力について

(1)会計上の越権、不正行為等について

 昭和52年4月から昭和53年6月までの間、園の会計は、A理事長の責任のもとに、I園長の指示監督に従いKが管理、記帳を行っていたものであり、措置費、雑・主食の各会計のいずれについても、原告がこれらを管理、支配していた事実は認められない。県の指導に従った給与表の作成、給与の改定作業の結果、原告はかなり昇給することとなったが、その格付に当たって、Kや原告が恣意的な評価をした事実はない。以上の事実のとおり、昇給の実施は県の指導に従い、理事長の承諾の下になされたものであり、原告が理事長らに無断で行ったものとは認められない。

 雑会計の不正支出として被告が挙げる支出は園長の判断によりなされたものであること、主食費が徴収されていないことは主食会計に余裕があったため、園長の判断でなされた措置であること等原告が命じたものではない。また、リベートの収受については、原告は昭和54年夏頃、写真館が園に対して割戻金を持参した際、これを受け取ったが、その場で直ちに園長にその金の趣旨を説明して交付し、その後はその金の処分に関与していない。以上のとおり、原告による会計上の越権、不正行為等についての被告の主張は、いずれも根拠がない。

(2)主任保母としての職責違反等について

 原告が出勤時間に関する業務命令に違反した事実はなく、A理事長による業務命令が撤回された後は、I園長の指示に従っているのであるから、被告の主張は理由がない。被告は原告の副園長に対する敵対反抗行為を指摘するが、昭和55年頃、父母の会の代表が副園長のところに話合いに来た際、原告が就業時間中にこれらの話合いに参加したことはあるが、副園長がこれを咎めたのは1度だけであり、この時も咎めを受けた後は、原告が副園長の注意を無視して話合いを強行したことはない

(3)虚偽事実の流布等について

 組合が被告主張の文書を発行した当時、原告が組合の委員長であったが、だからといって当然に原告が組合の発行した文書の記載内容やその個々的な表現の当否について、個人としての立場で責任を負うべきものとはいえない。組合が発行したこれらの文書には、昭和52年度の特別監査で明らかとなった不正流用事件を大々的に取り上げ、従前のF理事長夫妻が園を私物化し、退任後も保育現場にも不当に介入していること、昭和55年になり、給食、おやつの質が低下したことなどを主張し、理事会がF夫妻の強い影響下にあることなどを強く非難する記載がある。しかしながら、不正流用事件は内容的にも重大であり、法人の運営が独善的であったことが同事件の原因であることは県の文書でも明確に指摘され、Fが園長に復帰しようと申請がなされたが、県はこれを承認しなかった。

 組合の作成した文書は、職員の労働条件、保育条件の向上のためになされたものであるところ、個々の記載の当否はともかく、文書全体として殊更虚偽の事実を記載したものではなく、文書発行の目的が園ないし理事会の名誉、信用を毀損することにあるとも認め難く、これらの文書の作成、配布をもって、直ちに社会的な相当性を欠く非違行為と評価することはできない。そうすると、組合の文書発行についても原告の懲戒事由とすることはできない。

 以上要するに、被告が主張する降格事由のうち、その事実が認められるのは、就業時間中に副園長と父母の会代表との話合いに無断で参加したことのみであるが、これは軽微な秩序違反であり、これに対して降格処分は重きに失し、懲戒権の濫用として無効である。

2 解雇事由の存否、本件解雇の効力について

 被告主張の2日間の保育拒否については、その前提となる本件降格が無効であるばかりでなく、原告が2日間にわたって保育を拒否したことを認めるに至らない。また、保育時間中の私的な会合については、これを認めるに至らない。更に、父母の会で昭和56年2月8日に臨時総会が予定され、議案を含んだ冊子が父母らに配布されたことはあるが、この冊子を原告が作成、配布させたと認めに足りる証拠はない。

 以上によれば、原告には就業規則所定の普通解雇事由が存在するとは認められず、本件解雇は解雇権の濫用であって無効である。したがって、原告と被告との雇用契約はなお存続し、原告は園の主任保母の地位にある。

3 解雇期間中の賃金について

 本件解雇は無効であり、被告が原告の就労を拒否した期間についても、民法536条2項本文に基づき、賃金請求権を取得する。

4 不法行為の成否等について

 認定された事実に加え、懲戒解雇事由に該当するとみられるのは僅かに副園長と父母会代表との話合いに無断参加したことのみであることを考慮すると、本件解雇は社会的相当性を欠く不法行為であり、被告は少なくとも原告の権利を侵害したというべきである。次に、第1審判決に対する控訴等の訴訟活動自体を直ちに違法な訴訟行為とみることはできないが、被告が本件仮処分申請後現在に至るまでの長期間、原告の主任保母たる地位を否定し、その就労を拒否し続けた行為は、全体的に考察して、社会的相当性を欠く不法な抗争行為と評価すべきものである。そして、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、違法な解雇、抗争により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、200万円が相当である。また弁護士費用相当額は50万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法536条2項、709条
収録文献(出典)
その他特記事項