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N社合意退職仮処分事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
N社合意退職仮処分事件(パワハラ)
事件番号
水戸地裁竜ヶ崎支部 - 平成12年(ヨ)第27号
当事者
債権者 個人1名
債務者 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2000年08月07日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 債権者は債務者霞ヶ浦工場に勤務していたところ、平成5年10月26日、工場内でT製造課長代理が暴行を受け負傷する事件(T事件)が発生し、Tは債権者がその実行犯の1人であるとして警察に届け出た。債務者は平成7年7月、債権者の行為について懲戒処分等責任追及の権利を留保する旨債権者に通告したが、平成11年12月、水戸地方検察庁は債権者を不起訴とする決定をした。

 平成12年5月17日、工場長らが債権者に対し、債務者が近くT事件を理由として懲戒解雇を含む懲戒処分を行うことが確実である旨予告した上で、これを回避するため自発的に退職することを迫ったため、債権者はこれに従って退職願を提出した。工場長は、同日債権者に対し、同退職願を受理・承認し、債権者が同日付けで退職となる旨記載した通知書を交付し、債務者は翌日退職願を撤回したにもかかわらず、それ以降の債権者の労働契約上の地位を否定し、賃金等の支払を拒絶した。

 これに対し債権者は、1)工場長は労働契約の合意解約の申込みに対する承諾の権限を有していないこと、2)債務者の合意解約承諾の前に債権者は合意解約申入れを撤回していること、3)退職金、賞与の差額相当分などの停止条件が成就されていないこと、4)退職届を提出しなければ懲戒処分に付されるという錯誤があったこと、5)この労働契約解約申込みは工場長らによる強迫であることを主張し、本件退職届の無効又は取消しにより労働契約上の地位にあることの確認を求めて仮処分を申し立てた。
主文
1 債権者は、債務者に対し、平成12年8月から平成13年7月まで毎月25日限り月額25万円を仮に支払え。

2 債権者のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は債務者の負担とする。
判決要旨
(決定要旨)1 労働契約合意解約の成否について

 霞ヶ浦工場長には、霞ヶ浦工場勤務の労働者からの退職願を受理して労働契約合意解約申込みに対する承諾の意思表示をする権限があると一応認められる。そうすると、特段の事情のない限り、債権者と債務者との労働契約は、債権者が平成12年5月17日に債務者に対し本件退職願を提出して労働契約の合意解約を申し込み、その承諾権限を有する工場長が承諾して本件通知書を債権者に交付した時点で合意解約により終了したことになる。

2 債務者の強迫の有無について

 工場長らが債権者の職制として会議室に1人呼び出した債権者に対し、債務者が近くT事件を理由として債権者について懲戒解雇を含む懲戒処分に及ぶことが確実であることを予告した上で、債権者が右処分に不服であれば債務者は妥協しないため長く裁判で争うことが必至であるから、この事態を避けるためには債務者が処分をする前に早期に自発的に行動することが賢明であるとして暗に早期に自己退職することを強く迫ったため、債権者は債務者から懲戒解雇される蓋然性が高く、懲戒解雇された場合に裁判で争うことは、自身の年齢や家族状況に照らして負担が大きいと畏怖して心理的に追い込まれた状態となり、この事態を避けるためには即時に自己都合退職に応ぜざるを得ないとして本件退職願を作成し労働契約合意解約の申込みをしたものと一応認めることができる。そうすると、債権者の右申込みは、特段の事情のない限り、工場長らの強迫によるものとして取り消し得るものというべきである。

 これに対し債務者は、債権者はT事件に実行犯として関わったのであるから、処分を受ける十分な理由があったと右特段の事情を主張する。しかし、T事件は工場長が債権者に懲戒処分を予告した当時において、既に発生後6年8ヶ月以上経過する上、不起訴処分からも6ヶ月以上経過しているのであって、そのような時期及び状況においてT事件を理由として懲戒処分をすることは労働契約上の信義則に反するというほかない。

 以上によれば、債権者が平成12年5月17日に債務者に対してした労働契約合意解約申込みの意思表示は、債権者が翌18日債務者に対してこれを取り消す意思表示をしたことにより取り消されたものと一応認められる。
適用法規・条文
民法96条1項
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項
本件は本訴として争われたほか、債権者と共にT事件に関わった2人については、諭旨退職処分の取消しを求める訴訟が提起された。