判例データベース

N社諭旨退職雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
N社諭旨退職雇事件(パワハラ)
事件番号
水戸地裁龍ヶ崎支部 - 平成13年(ワ)第136号
当事者
原告 個人2名 A、B
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2002年10月11日
判決決定区分
一部認容・一部却下(控訴)
事件の概要
 原告らは昭和40年にF社に雇用された後、同社が被告に買収されたことにより被告に直接雇用され、昭和60年以降被告霞ヶ浦工場において勤務していた。

 原告らは、平成5年10月25日の終礼後、原告Bの有給休暇を認めなかったことについて、課長代理Tに抗議し、Tの胸元を掴むなどした(第1暴行事件)。また、翌26日の朝礼の際、原告Aが「Bの年休はどうなった」などと叫び、原告Bほか数名の第1組合員がTを取り囲み、Tの胸元を掴むなど暴行を加え、騒ぎを聞いて駆けつけた第1組合員Eが、Tを羽交い締めにしたり、股間を何度も強く掴むなどの暴行に及ぶなどした(第2暴行事件)。Tはこの一連の暴行により負傷し、頸部捻挫、右小指挫傷、左膝挫傷と診断され、約6ヶ月間通院治療した外、左膝半月板切除の手術を受けた。また、平成6年2月10日、原告Bは同月の年休を認めなかったことについて他の第1組合員とともにTに抗議し、首に捲いた包帯を外そうとする素振りを見せてTに迫ったほか、Tの腹部を殴打するなどした(第3暴行事件)。

 被告と第1組合との間では団交拒否等を巡って紛争状態にあったところ、こうした状況下で、被告人事本部長及び霞ヶ浦工場長の連名で同年7月31日付けの、被告は原告らの懲戒処分等を含む責任追及の権利を留保する旨の「通告書」が原告らに届けられた。

 Tの告訴により警察は暴行傷害事件として捜査していたが、結局平成11年12月28日に至って原告ら及びE3名はいずれも不起訴処分としなった。平成12年5月17日、Eは霞ヶ浦工場長らから懲戒処分が検討されていると告げられて退職を勧められ、同日退職願を提出し受理されながら翌日これを撤回して合意退職の効力を争って仮処分を申し立て、同年8月7日一部賃金仮払の限度で申立が認められたものの、本訴では被告勝訴の判決が言い渡され、その後確定した。そして、平成13年4月17日、被告は原告両名を諭旨解雇処分とした。

 原告らは、本件解雇は不当労働行為意思に基づくもので、懲戒事由とされる事件から7年半もの後になされたもので、解雇権濫用に当たり無効であるとして、被告に対し、原告らが被告との間の労働契約上の地位にあることの確認と、賃金の支払いを請求した。なお、これに先立つ仮処分申立事件においては、相当な期間経過した後の懲戒処分は合理的な理由がない限り是認されないとして、本件解雇を無効として仮処分申立を容認している。
主文
1 原告Aと被告との間において、同原告が、被告との間の労働契約上の従業員たる地位にあることを確認する。

2 被告は、原告Aに対し、次の金員を支払え。

(1)平成13年4月26日から本判決が確定する日まで毎月25日限り、1ヶ月金40万1165円の割合による金員

(2)平成13年以降本判決確定に至るまで、毎年6月10日及び12月10日限りそれぞれ金109万4820円

(3)上記(1)及び(2)の各金員に対する、その支払期日の翌日から完済に至るまで年6分の割合による金員

3 原告Bと被告との間において、同原告が、被告との間の労働契約上の従業員たる地位にあることを確認する。

4 被告は、原告Bに対し、次の金員を支払え。

(1)平成13年4月26日から本判決が確定する日まで毎月25日限り、1ヶ月金34万5746円の割合による金員

(2)平成13年以降本判決確定に至るまで、毎年6月10日及び12月10日限りそれぞれ金107万3532円

(3)上記(1)及び(2)の各金員に対する、その支払期日の翌日から完済に至るまで年6分の割合による金員

5 原告らの訴えのうち、その余の請求に係る部分をいずれも却下する。

6 訴訟費用は、被告の負担とする。

7 この判決は、第2項(1)及び第4項(1)の各金員の支払を命ずる部分に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 懲戒解雇の有効性

 被告が平成13年4月17日に至り原告らを主として平成7年7月以前の事由(特に原告Aについては平成5年10月26日の件、原告Bについては平成6年2月10日の件)により諭旨退職とした経緯には不自然な点が認められ、果たして懲戒権を行使するに足る十分な合理性があったのか疑問を入れる余地があるといわざるを得ない。原告両名の解雇事由としての事件は悪質事案であり、その事実が確認され次第、その首謀者らに対しては速やかに懲戒解雇を含む厳しい懲戒処分が検討されて当然である。しかるに、被告はこれらの事件の発生を直ちに把握しながら、原告らに対し1回ずつ口頭注意しただけで警察の捜査を見守ることとしているが、これら事件はいずれも工場内で発生したものであり、加害者も目撃者も職場の者に限られるなど、事実関係の確認作業には困難はなかったはずであり、実際に被告は内部調査を進めており、懲戒権者としての対処方針を決するのに必要な心証を形成し得ることは明らかである。しかも、被告は捜査の帰趨を見守るといいながら、捜査に進展が見られたわけでもない平成7年7月の時点で、事実を断定した通告書を原告らに突然発していることや、不起訴の理由が嫌疑不十分であったことも看守されるのに、その後にわかに懲戒処分の検討を始めEへの退職勧奨に及んでいることなどにも照らしてみると、被告の真の意図は、むしろ原告らを牽制することにあり、あわよくば原告らを刑事訴追に追い込むなどの期待を抱いていたに過ぎないとみるほかない。

 原告らの懲戒解雇事由に関しては、証人Tが被告の各主張に沿う具体的かつ詳細な証言をしており、その内容は同人が被害直後に作成されたとされる報告書の内容と良く付合しているけれども、その証言等の信用性には根本的な疑問があるといわざるを得ない上、他の関連証拠や明らかな事実経過等に照らしてみても、Tの証言等にあるほどの悪質、重大な非違行為があったとは到底認め難い。被告は、原告らのその余の懲戒解雇事由として多数の事実を挙げるが、平成5年10月25日、26日及び平成6年2月10日の各暴行傷害の件に関する被告の主張事実なくして原告らに対する諭旨退職処分を合理的かつ相当とみるに十分でないことは明らかであるほか、その余の懲戒解雇事由として被告が主張する各事実自体、諭旨退職処分の理由とすることが合理的かつ相当であるかは疑問がある。

 以上の事情を総合勘案すれば、原告らの当時の抗議行動に伴う言動等に問題がなかったわけではないとしても、当時盛んに抗議を受けたTらが霞ヶ浦工場を去って久しい平成13年4月17日の時点では、このことを理由に重い懲戒処分をする合理性、必要性は既に失われているとみるのが相当である。

 以上のとおり、被告が懲戒解雇に準ずる処分として平成13年4月17日付けでなした原告らに対する諭旨退職処分は、その主たる理由である2件の傷害事件が発生したとされる時期から極めて長い年月を経て処分が決せられた経緯に不自然、不合理な点があり、事実関係自体も被告の主張どおりであるとは認め難く、その余の理由とされたところにも処分を合理的かつ相当とみるに足る事実は認め難いことからすれば、客観的にみて懲戒権の行使に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認し得ないというほかなく、いずれも懲戒権の濫用に当たり無効であるから、これに基づき原告らを懲戒解雇したことも当然に無効というべきである。したがって、原告らは、それぞれ懲戒解雇とされた平成13年4月26日以降も被告の従業員たる地位を有するものと認められる。
適用法規・条文
労働組合法7条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。