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N社諭旨退職控訴事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
N社諭旨退職控訴事件(パワハラ)
事件番号
東京高裁 - 平成14年(ネ)第5738号、東京高裁 - 平成15年(ネ)第246号
当事者
控訴人 株式会社
被控訴人 個人2名 A、B
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年02月25日
判決決定区分
原判決破棄(控訴認容)(上告)
事件の概要
 被控訴人(第1審原告)らは昭和40年にF社に雇用された後、同社が控訴人(第1審被告)に買収されたことにより控訴人に直接雇用され、昭和60年以降控訴人霞ヶ浦工場において勤務していた。

 被控訴人らは、平成5年10月25日の終礼後、被控訴人Bの有給休暇を認めなかったことについて課長代理Tに抗議し、Tの胸元を掴むなどした(第1暴行事件)。また、翌26日の朝礼の際、被控訴人Bの年休問題で、被控訴人ら数名がTを取り囲み、Tに暴行を加え、騒ぎを聞いて駆けつけた第1組合員Eが、Tを羽交い締めにしたり、股間を何度も強く掴むなどの暴行に及ぶなどした(第2暴行事件)。Tはこの一連の暴行により負傷し、約6ヶ月間通院治療した外、左膝半月板切除の手術を受けた。また、平成6年2月10日、被控訴人Bは、Tが同月の年休を認めなかったことについて他の第1組合員とともに抗議し、首に捲いた包帯を外そうとする素振りを見せてTに迫った(第3暴行事件)。

 控訴人と第1組合との間では団交拒否等を巡って紛争状態にあったところ、こうした状況下で、控訴人人事本部長及び霞ヶ浦工場長の連名で同年7月31日付けの、控訴人は被控訴人らの責任追及の権利を留保する旨の「通告書」が被控訴人らに届けられた。

 Tの告訴により警察は暴行傷害事件として捜査していたが、結局平成11年12月28日に至って被控訴人ら及びE3名はいずれも不起訴処分としなった。平成12年5月17日、Eは霞ヶ浦工場長らから懲戒処分が検討されていると告げられて退職を勧められ、同日退職願を提出し受理されながら翌日これを撤回して合意退職の効力を争って仮処分を申し立て、同年8月7日一部賃金仮払の限度で申立が認められたものの、本訴では被告勝訴の判決が言い渡され、その後確定した。そして、平成13年4月17日、控訴人は被控訴人両名を諭旨解雇処分とした。

 被控訴人らは、本件解雇は不当労働行為意思に基づくもので、懲戒事由とされる事件から7年判もの後になされたもので、解雇権濫用に当たり無効であるとして、控訴人に対し、被控訴人らが控訴人との間の労働契約上の地位にあることの確認と、賃金の支払いを請求した。

 第1審では、本件諭旨解雇は、解雇権の濫用として無効と判示し、被控訴人らの従業員としての地位を認めたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
判決要旨
1 不当労働行為について

被控訴人らは、本件解雇は第1組合及びその組合員を嫌悪する控訴人が被控訴人両名の組合活動を理由に不利益処分を課し、被控訴人両名を職場から排除して職場への影響力を除去するとともに、第1組合の組合員を萎縮させ、組合活動に支配介入する目的でなされたもので不当労働行為であると主張する。そして平成5年当時、控訴人が第1組合を独立した労働組合と認めず、第1組合からの団体交渉に応じておらず、本件紛争の背景には控訴人と第1組合との問題もあったといえる。しかしながら、被控訴人両名が10月25日事件、10月26日事件及び2月10日事件において、上司であるTに対し暴力行為に及んでいるのであって、その背景に第1組合と控訴人との紛争があったとしても、被控訴人両名の行為は許されるべきものではない。したがって、これら事件の暴行を主たる懲戒事由とする本件解雇が不当労働行為であるとする被控訴人らの主張は採用できない。

2 解雇権の濫用・信義則違反について

 被控訴人らは、懲戒権の行使は事件発生から時間を経ずに企業秩序維持若しくは企業秩序回復のために必要な時期にされるべきであり、事件発生から相当な期間が経過した時点での懲戒権の行使は企業秩序維持という目的の伴わないものとなり、懲戒権行使の正当性を失わせ、本件解雇も懲戒事由が生じた時点から相当期間が経過しており、解雇権の濫用・信義則違反として無効である旨主張する。しかしながら、控訴人は、Tが被害届や告訴状を出していたことから、平成7年7月31日頃、被控訴人らに対し、猛省を促すとともに、その責任追及の権利を留保することを通告する通告書を送付したものの、警察や検察庁の捜査の結果を待って処分を検討することとし、検察庁が平成11年12月28日付けで被控訴人らを不起訴処分としたため、控訴人として処分の検討を始めたこと、当時の霞ヶ浦工場長が同年5月17日にEに懲戒処分が検討されている旨話し、自ら退職願を出すよう勧めたところ、Eはこれを提出したが、翌日撤回し、同年6月20日、控訴人を相手として地位保全の仮処分を申し立てるとともに、その本案訴訟を提起したところ、同年8月7日、控訴人に賃金仮払いなどを命じる仮処分命令が発せられたこと、そのため控訴人は被控訴人両名に対する処分を見合わせていたが、Eの本訴1審判決が平成13年3月16日にあったため、同年4月17日本件解雇をしたことが認められる。

 そうすると、控訴人はいたずらに被控訴人両名に対する懲戒処分を放置していたわけではないし、被控訴人両名も処分されることはないであろうとの期待を持ったわけではないといえる。そして、被控訴人両名が第1組合の重要なメンバーであったことも考えれば、控訴人が被控訴人両名に対する懲戒処分について慎重になったことは容易に推認することができるから、控訴人が10月26日事件及び2月10日事件について捜査機関の捜査結果を待ったことをもってあながち非難することもできない。したがって、懲戒事由が発生してから本件解雇がされるまで相当な期間が経過しているが、本件の事情の下では、そのことのゆえに本件解雇が解雇権の濫用であるとか、信義則に違反するとかはいうことができない。

3 懲戒権の消滅時効について

 被控訴人らは、懲戒権は懲戒事由が発生してから5年(商法522条本文)の経過により時効によって消滅するから、控訴人の懲戒権は時効によって消滅した旨主張する。しかしながら、使用者の懲戒権は商行為によって生じた債権とはいえないから、被控訴人らの主張は採用できない。

4 処分の不均衡による無効について

 被控訴人らは、控訴人において昭和59年2月に従業員が他の従業員を殴打するなどの暴行を加え、加療1週間を要する腹部挫傷の傷害を負わせた事件が発生したが、控訴人はこの加害者に懲戒権を行使していないから、本件解雇はこの事件と著しく均衡を欠き無効である旨主張する。しかしながら、かつて被控訴人らが主張するような事態が存在したとしても、その一事例と比較して直ちに本件解雇が無効となるとはいえず、被控訴人らの上記主張も採用できない。

 以上によれば、10月25日事件、10月26日事件及び2月10日事件につき、被控訴人両名に就業規則に定める懲戒事由があるとしてされた本件解雇は有効である。
適用法規・条文
労働組合法7条、商法522条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は上告された。