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N社諭旨退職上告事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
N社諭旨退職上告事件(パワハラ)
事件番号
最高裁 - 平成18年(オ)第1075号
当事者
上告人 個人2名 A、B
被上告人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年10月06日
判決決定区分
上告認容(破棄自判)
事件の概要
 上告人(第1審原告・第2審被控訴人)Aは昭和51年4月、同Bは昭和53年4月に、それぞれ被上告人(第1審被告。第2審控訴人)に雇用され、霞ヶ浦工場において勤務していた。

 上告人らは、平成5年10月に発生したT暴力事件に関わったとして平成8年3月に告訴されたが不起訴になった。上告人らは、平成13年4月17日に至って諭旨解雇処分を受けが、被上告人が処分を長期間放置し、不起訴処分が確定した後になって6年前の事象を理由に懲戒処分を行うことは労働契約上の信義則違反、不当労働行為に当たり無効であるとして、労働契約上の地位にあることの確認を請求した。

 第1審では、本件諭旨解雇を無効としたが、第2審ではこれを有効としたことから、上告人らはこれを不服として上告に及んだ。
主文
1 原判決を破棄する。

2 被上告人の控訴を棄却する。

3 被上告人は、上告人に対し、5万5131円及びこれに対する平成16年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 控訴費用、上告費用及び前項の裁判に関する費用は、被上告人の負担とする。
判決要旨
 使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の機能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。

 本件諭旨退職処分は本件各事実から7年以上経過した後にされたものであるところ、被上告人においては、T課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について警察及び検察庁に被害届や告訴状を提出していたことから、これらの捜査の結果を待って処分を検討することとしたというのである。しかしながら、本件各事実は職場で就業時間中に管理職に対して行われた暴行事件であり、被害者である管理者以外にも目撃者が存在したのであるから、上記の捜査の結果を待たずとも被上告人において上告人らの処分を決めることは十分に可能であったと考えられ、本件において上記のように長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見出し難い。しかも、使用者が従業員の非違行為について捜査の結果を待ってその処分を検討することとした場合においてその捜査の結果が不起訴となったときには、使用者においても懲戒解雇処分のような重い処分は行わないことにするのが通常の対応と考えられるところ、捜査の結果が不起訴処分となったにもかかわらず、被上告人が上告人に対し実質的には懲戒解雇処分に等しい本件諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことは、その対応に一貫性を欠くといわざるを得ない。

 また、本件諭旨退職処分は本件各事件以外の事実も処分理由とされているが、本件各事実以外の事実は、平成11年10月12日のT課長代理に対する暴言、業務妨害等の行為を除き、いずれも平成7年7月21日以前の行為であり、仮にこれらの事実が存在するとしても、その事実があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでに長期間が経過していることは本件各事件の場合と同様である。平成11年10月12日のT課長代理に対する暴言、業務妨害等の行為については、被上告人の主張によれば、T課長代理が来訪者2名を案内し、工場設備を説明していたところ、上告人Bが「こらT、でたらめT,あほんだらT」などと大声で暴言を浴びせてT課長代理の業務を妨害し、上告人Aにおいても同様の暴言を浴びせるなどしてその業務を妨害したというものであって、仮にそのような事実が存在するとしても、その一事をもって諭旨退職処分に値する行為とは直ちにいい難いだけではなく、その暴言、業務妨害等の行為があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでには18ヶ月以上が経過している。これらのことからすると、本件各事件以降期間の経過とともに職場における秩序は徐々に回復したことが窺え、少なくとも本件諭旨退職処分がされた時点においては、企業秩序維持の観点から上告人らに対し懲戒解雇処分ないし諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況にはなかったものということができる。

 以上の諸点に鑑みると、本件各事件から7年以上経過した後にされた本件諭旨退職処分は、処分時点において企業秩序維持の観点からそのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、社会通念上相当なものとして是認することはできない。そうすると、本件諭旨退職処分は権利の濫用として無効というべきである。
適用法規・条文
民法95条、96条
収録文献(出典)
その他特記事項