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M社解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
M社解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成17年(ワ)第15095号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年09月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は平成12年7月に合併した投資顧問、投資信託等を業とする会社であり、原告(昭和26年生)は昭和49年に大学を卒業して投資顧問会社を経験した後、平成11年4月からは合併前の被告の営業第三部長として勤務していた。

 被告の経常利益は、平成14年度以降減少を続けており、平成17年度には赤字転落もあり得る経営環境にあったため、平成16年1月から3月の間に原告を含む10名に退職勧奨を行った。原告は同年3月1日から自宅待機命令を受け、原告及び同様に退職勧奨を受けたCらは管理職ユニオン(組合)に加入し、被告に団交を申し入れた。団交によってCらは退職に合意したが、原告については合意が成立しなかったため、自宅待機が長期化し、被告は平成17年3月31日、原告に対し、部長としての業績が悪く、管理者としての適格性に劣ること、架空の領収書を発行させたことなどを挙げて改めて退職勧奨をし、平成17年4月以降は、年俸を1500万円から半額の750万円に減額し、役職も部長から係長に降格して自宅待機命令を続け、組合との話合いの結果、早期円満解決が望めない場合には解雇する旨併せて通告した。そして、同年6月30日、原告は被告総務部長から次のような記載のある「解雇通告書」を交付された。

1) 原告は、平成12年6月から平成15年12月までの間、割烹Kその他の飲食店で社内外の者と業務の打合せ等をしたかの如く装って経費、前渡金・交際費申請書を作成して経理に申告し、少なくとも30万円を不正に所得したこと。このような行為は金融機関の部長として許されず、懲戒解雇事由に該当すること。

2) 原告になすべき業務がないこと。

3) 原告は本来懲戒解雇に処すべきところ、原告の退職金受領権、再就職等を総合判断し普通解雇としたこと。

 これに対し原告は、本件解雇は退職勧奨に応じない原告を退職に追いやろうとしたものであること、業務活動費、事務打合せ会費とも不正はないことを主張し、本件解雇の無効による雇用契約上の権利を有することの確認、年俸1500万円の復活並びに慰謝料300万円及び弁護士費用30万円を請求した。
主文
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、

(1)平成17年7月から本判決確定の日まで、毎月20日限り金83万3333円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員

(2)平成17年12月から本判決の確定の日まで、毎年12月3日及び7月3日限り各金250万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員

を支払え。

3 被告は、原告に対し、金187万4998円及び

(1)内金17万6666円に対する平成17年4月21日から

(2)内金17万6666円に対する平成17年5月21日から

(1)内金17万6666円に対する平成17年6月21日から

(1)内金17万6666円に対する平成17年7月4日から

各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は、これを10分し、その9を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 給与減額の相当性について

 会社には、人事考課による査定により職員を降格し、それに伴い給与も減額となる人事権の発動の権限があったり、被告の社員就業規則57条には、「基本給は、社員知識、経験、職務内容、能力、担当職務の賃金水準に応じて…契約更改時に会社が決定し、本人に書面で通知する」とあり、原被告間の労働条件についての合意書によれば、「労働条件の更改に、原則として毎年1回、労働条件の改定を行う。」とあり、その後も同様な労働条件の改定をしているようである。しかし、使用者の人事権は労働契約によって労働者から使用者に付託された相当の裁量権の範囲内で行使され濫用にわたるものは許されないし、契約更改時の賃金決定に際しても新たな労働契約の条件として労使間で合意が交わされることが予定されているものというべきである。

 本件においては、被告は平成17年3月29日付けで同月末をもっての退職勧奨を原告に対してするとともに、同年4月以降の年俸を従前の半額である750万円に減額し、引き続き自宅待機を命じているものである。このような本件給与減額は、労働契約における合意から基礎付けるものとはいえず、使用者の人事権の発動としても、発端は被告からの一方的な退職勧奨とそれに引き続く自宅待機命令に始まり、結局原被告間で話合いがまとまらない中で、更に被告が退職勧奨をするとともに一方的に原告を部長から係長へ降格して給与を従前の半額に減額したものであり、上記経緯からは合理性・必要性は基礎付けられておらず、人事権の濫用にわたるものと評価せざるを得ない。また本件給与減額は、業務活動費及び事務打合せ会費の不正請求が部長としての適格性に欠けることを理由に係長に降格したことによるものと見る余地があるが、不正請求がどうかは未だ確定的ではなく、原告の部長としての不適格性が明らかになったとはいえないので、この点を理由とすることも妥当とは思われない。それ故被告による原告に対する本件給与減額は無効である。

2 本件解雇の有効性について

 被告は、原告が業務活動費及び事務打合せ会費を不正に請求して会社の金銭を取得したことを理由に、本件解雇は有効であると主張する一方、原告は何ら不正領得の意識はなかったと反論するところ、原告は実際に請求金額に見合う金額の飲食をしていることが窺える。被告が問題にしているのは、当該飲食の有無ではなく、申告に係る打合せメンバーが実際に参加していないのにこれがあるが如く装って各請求を偽造したというところにあるが、原告が打合せの相手について架空の請求をしていたものと断定することには一定の躊躇を感じざるを得ない。その他、原告が業務活動費あるいは事務打合せ会費の各請求について一定期間中に頻回にわたり架空の打合せメンバーによる経費請求を繰り返したことを推認するに足るものは見当たらない。

 次に、被告が本件解雇の理由とするところの原告の経費不正請求が、金融機関においては解雇に相当するかどうかについて検討するに、確かに他人の金銭を預かって運用する側の責任ある立場にある人間がお金の取扱いにおいて厳格でなければならないことはいうまでもないが、本件で被告が原告において不正行為をしたとする対象が、預かり運用業務に係る他人の金銭ではなく、業務遂行上必要な経費として被告の内規で定められた範疇の金銭であること、原告は架空の金銭を計上して請求したものではなく現実に利用した形跡が窺われること、被告において原告の申告に係るメンバーとは別人で業務に関係のない者らとの会食であるなどの不正を積極的に明らかにしているわけではないことなどからすると、当該原告の経費請求にメンバー申告上の何らかの不正があったとしても、果たしていきなりの懲戒解雇あるいはこれに替わる通常解雇に相当性があると評価できるかどうかは疑問である。むしろ、本件のような場合、会社としては、一度原告に対して直接警告を発するなどして、その後の原告の経費の使用状況を見守った上で原告の責任者としての適格性を見極めるべきではなかろうか。それ故、原告による被告に対する経費の不正請求を主たる理由とする本件解雇は、解雇権の濫用にわたるものとして無効といわざるを得ない。

3 慰謝料請求権について

 被告においても営業利益の減少が続いている状況にあり、経費削減、とりわけ人件費の削減の必要性があると経営判断して社員への退職勧奨に出た行為自体を責めることはできないこと、原被告間の組合交渉の経過に照らして、不誠実であるとか強引な手法による交渉態度であるといった評価すべき事項が特に見受けられないこと、交渉途中で被告の代理人弁護士が交替し、そのため交渉の方針が変わることもあり得ないことではないこと、被告が原告の業務活動費及び事務打合せ会費の請求を問題視し始めたのは団交を始めて間もなくの平成16年4月からであることなどからすると、必ずしも不当に意図的に経費請求のことを持ち出して退職を強要したとまではいえないというべきである。そして原告の自宅待機が長期間に及んだのも、当事者間で組合を通じた団体交渉を始めて間もなく、原告の経費不正請求が取り上げられ、会社から関係者への事情聴取を重ねたり、その後も団体交渉等をしていることによるものと考えられることからすると、不法行為を構成するような不当性が特に窺われない。また本件給与減額についても、実際の稼働のないまま原告の給与レベルを維持することが被告の経営事情や他の退職勧奨者との均衡上望ましくないと考えた被告の対応にも経営上からはわからなくはないところがあり、原告は差額賃金等の支給を受けることになれば、本件給与減額による不利益は救済されるのであるから、被告の上記対応が原告に対する関係で不法行為を構成するほど悪質であるとまでは評価できないというべきである。それ故、原告の慰謝料及び弁護士費用の請求には理由がない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。