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M病院看護師諭旨解雇等事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
M病院看護師諭旨解雇等事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成19年(ワ)第30681号
当事者
原告 個人1名
被告 社会福祉法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年02月09日
判決決定区分
一部認容・一部却下・一部棄却
事件の概要
 被告はM病院等を設置する社会福祉法人であり、原告(昭和26年生)は、看護師、社会福祉士、介護支援専門員等の資格を有し、被告に雇用される女性である。

 被告は、本件施設の組織を、平成18年1月1日から、介護・相談系列と医療・看護系列の2部門に編成し、これに伴い、原告は新設された副施設長(介護・相談系列)になり、F医師が医療・看護系列の副施設長になった。

 被告はユニットケア(高齢者施設の居室をグループに分け、それぞれを生活単位として少人数の家庭的な雰囲気の中でケアを行うもの)による介護を標榜していたが、原告は、平成18年7月1日から施設長補佐となったC(元銀行員)がユニットケアの理念を理解していないと感じていた。Cは同年9月26日、原告が運営会議で「直訴」(部下が施設長などに対し直接意見を言うこと)問題を提起した際、原告に対し、「あんたが何をやっているのか皆に教えてやろうか」と発言し、同年10月頃、原告がA施設長に対し、Cは原告を退職させるために来たのかと質問したところ、それは原告自身が判断することと答えた。

 被告は、2部門の系列化が効果を上げていないと判断し、再び4部門に編成し、これに伴い副施設長を廃止することとした。これにより、Aは、原告について、介護や生活相談の長には不適任として、原告に対し平成18年12月1日付けでの教育センター長への配置換えを内示し、併せて特命事項を命じたところ、原告は、Aに対し「センター長を引き受けない、副施設長のままを望む」と主張し、教育・研修センターの目的・業務内容の明示、特命事項の明示を要求し、配転を争うため、本件組合に加入した。本件組合は、同月8日、被告に対し、原告の配転の撤回などを要求する団体交渉を申し入れたが、被告は原告の配転を撤回する意思はないと回答し、同月27日、改めて特命事項を示した。

 原告は、同年12月1日、新設の教育研修センター長へ配転され、賃金等の労働条件は副施設長当時と同じであったが、他に職員はおらず、執務場所も移動を命じられた外、経営会議等のメンバーからも外された。被告は、同月4日の本件組合との団体交渉で、原告のセンター長への配転は副施設長廃止に伴う不可避的な異動と説明したが、本件組合は被告に対し、原告は一応センター長に異動するが、副施設長への原状回復を争う権利を留保するとの意見を付した。平成19年1月11日、本件組合は原告の配転についての協議を申し入れたが、被告がこれを拒否したため、これを不当労働行為であると抗議し、都労委に対し、原告の配転に伴う不利益取扱いの解決、パワハラへの謝罪等を求めてあっせんを申請したが、被告はこれも拒否した。

 被告は、同年2月19日、原告に対し、特命事項の命令に従わず、新執務室への移動命令にも従わなかったことが業務命令違反に当たるとの理由で、同月28日付けで教育センター長を解き、同センター職員に降格する旨の通知をし、月額給与を3万円強減額した。原告は、AやCが施設を私物化しているなどと批判し、同年2月から3月にかけて、原告を不当配転させたなどを内容とする上申書を複数作成し、病院長や代表理事に送付するなどした。本件組合は、同年4月5日の団交において、原告の「副施設長への復帰を争う権利を留保した上で教育センター長へ異動する」との異議留保を撤回すると述べ、団交に被告の代表理事の出席を要求したところ、同月13日、被告は原告に対し、事前の予告等をすることなく、諭旨解雇の通知をした。

 これに対し原告は、本件諭旨解雇は無効であるとして労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、Aらの原告の追い出しを図り、恫喝を加えるなどの一連の行為は強度のパワハラであり、これによって精神的苦痛を被ったとして、慰謝料300万円を請求した。
主文
1 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、平成19年5月から本判決確定まで毎月25日限り月額50万6360円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告の請求のうち、本判決確定の翌日以降毎月25日限り月額50万6360円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める部分にかかる訴えを却下する。

4 原告のそのほかの請求を棄却する。

5 訴訟費用は、5分の3を被告の負担とし、そのほかを原告の負担とする。
6 この判決の第2項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件諭旨解雇の相当性について

 原告は、平成18年12月、副施設長の廃止とセンター長への配転の人事命令により、同系列の統括的立場から外され、被告が退職に追い込もうとしているとの疑いを抱いた。しかし、被告が副施設長を廃止したのは、介護と福祉相談部門の系列化が効果を上げていないと判断したからで、原告はセンター長への配転の内示を受ける前に、経営会議の議論等を通じて、副施設長の廃止の予定を知っていたと考えられる。医療・看護系列の副施設長であったF医師は、その廃止に伴い異議なく診療部長に復帰したが、原告はそうであれば、原告を介護部門等に戻すべきであるのに、あえて部下の配置のない新設部署に配転したのは不当と主張する。しかし、原告の取組みに同調しないD看護士らに対し原告は極めて批判的であったこと、A施設長らは原告について、持論に固執しすぎて周囲との意思疎通が十分でない面があると考えており、そのため介護や生活相談の長には不適任と判断していたこと、原告に教育関連の職歴が豊富にあること、副施設長とセンター長を比較すると、賃金その他の労働条件が同一であることなどを考慮すると、センター長への配転が人事上の裁量権を逸脱するものとはいえない。したがって、センター長への配転の人事命令は不当なものではなく、原告はこれに従うべきであったと認められる。

 上記のとおり、センター長への配転の人事命令が不当でないと認められる以上、これに関して発せられた特命事項もまた不当なものではないということができる。また新執務室への移動命令は、従来の執務室と同じフロアーにあり、狭隘でもなく、デスク等の備品も設置されていたことなどから、原告に対する嫌がらせとは認められない。したがって、原告は上記特命事項に従うべきであったと認められる。

 原告は、センター長への人事命令の発令前には、「センター長を引き受けない、副施設長のままを望む」などと反発していたが、発令後、副施設長への復帰を争う権利を留保して配転に応じると通告して以来、平成19年3月29日まではその意見を維持していた。また原告は、介護の現場に殊更介入したり、介護職員に業務を命じるなどの越権行為をしたりした形跡は窺われず、これらの事実によれば、原告がセンター長への配転の人事命令に一切従わなかったと認めることはできない。一方、原告が作成したプログラムや事業計画書等の中には、問題のないものもあれば、他のセミナーの焼き直しに過ぎないものなど、業務の目的を果たしたとはいえないものもあった。そうだとすると、原告は、教育研修の枠組みと実行計画の企画立案等、特命事項の一部に従わなかったというべきである。原告は、センター職員へ降格される直前の平成19年2月28日まで、新執務室への移動を拒んでおり、その移動命令に従わなかったことが明らかである。

 被告は原告に対し、平成19年3月1日付けでセンター職員への降格の人事命令を発したが、教育研修センターには他の職員が配置されておらず、センター長であっても同職員であっても業務内容等は同じであるはずであるのに、被告が原告の給与の月額を3万円減額したことなどからすると、その降格の人事命令は不当といわざるを得ない。ただし、その降格の人事命令に関して発せられた特命事項は、教育研修センター長への配転の人事命令に関して発せられたものと同様のものであり、同センターの業務に関する命令ということができるから、これを直ちに不当なものとはいえない。

 原告は、3ヶ月間にわたり新執務室への移動命令に従わなかったが、その後平成19年2月28日にこれに従った。また、同命令違反は、事務遅滞や職員の志気低下等、業務に悪影響を及ぼした形跡がない。したがって、その違反は、同年4月にされた本件諭旨解雇事由に当たらない。

 原告は、センター長への配転前も含めて、約4ヶ月半の間、職種別業務マニュアルの整備、業務進捗報告書の提出等、多岐にわたる特命事項の一部に従わなかったが、その中には、A施設長がビジョンを示さないと主張して前年度と同じプログラムを提出したり、教育計画書の提出を拒否したりするなど、態様の悪いものも見受けられる。また、原告が業務命令に従わない代わりにしていたことは、被告の代表者理事らに対し、A施設長らを強く批判して、処遇に関する不満を綿々と書き連ねた上申書を送付するなど、労使間の信頼を損なうものであって、このような特命事項違反は、本件諭旨解雇事由に当たる。しかし、原告は、特命事項に従って問題のない成果物を作成したこともあるし、所属長であるA施設長に対し、ユニットケア勉強会関連会議報告を提出したり、セミナーにおける講演の報告をするなど、センター長又は職員として業務を遂行したこともある。また原告の特命事項違反の背景には、原告とA施設長らの意見、方針等の対立が顕著に認められる。その経緯において、原告はA施設長に対し、教育研修センターの設置目的の説明を要求し続けるなど、攻撃的で対立的な対応に終始しているが、一方、同施設長らの姿勢も歩み寄りを見せようとせず、柔軟性を欠いたものに止まっているというべきである。そうだとすると、このような双方の意見等の対立を背景とする特命事項違反の結果を、解雇という形で原告に負わせるのは相当でないと考えられる。

 以上によれば、本件諭旨解雇は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものというべきである。したがって、本件諭旨解雇における被告の不当労働行為意思の有無について判断するまでもなく、同解雇は無効であるから、原古の地位確認請求が認められる。

2 不法行為の有無について

 原告は、C補佐がユニットケアの理念を理解していないと感じていたが、同補佐は直訴の問題を提起した原告に対し、「あんたが何をやっているのか、皆に教えてやろうか」と発言し、また原告はセンター長へ配転された際、知らないうちに、経営会議、運営会議、ユニットケア委員会等施設内メーリングリストから外されていた。このように、A施設長らは、原告に不愉快と感じられる言動をしたことが認められる。しかし、A施設長らが、意図的に、原告のパソコンを使えないようにしたり、監査の時間変更を知らせずに原告の参加を妨害したことや、C補佐が原告に対し、「4月からあんたの出番はなくなる」と恫喝したことを認めるべき証拠はない。そのほかに、A施設長らが、自らの職務怠慢が浮き彫りになることを恐れて、原告を退職に追い込もうと企図し、暴言や嫌がらせや恫喝(パワハラ)を重ねたなどと認めることもできない。したがって、被告に不法行為は成立しない。
適用法規・条文
労働契約法16条、民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。