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通信新聞社編集長懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
通信新聞社編集長懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成20年(ワ)第33336号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年06月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、通信販売業界新聞「週刊通販新聞」等を発行している株式会社であり、原告(昭和26年生)は、平成5年11月に被告と雇用契約を締結し、平成18年から通販新聞の編集長を務めていた女性であって、その業務のかたわら、雑誌への記事の寄稿、テレビ・ラジオ放送番組出演、講演会講師等の販売促進業務にも携わった。

 原告は平成19年12月頃、A社との間で「図解入門業界研究 最新 通販業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(本件書籍)の執筆・出版について著作物印税契約を締結し、被告が作成して業界紙に掲載したグラフやランキング表(本件図表)を13項目にわたり本件書籍に使用した。原告はそれまでも雑誌に記事を寄稿することがあり、被告が作成した図表等を使用することがあったが、その都度被告代表者に対しその旨報告し、許諾を得ていた。

 原告は平成20年4月中旬頃、被告代表者に原稿の完成を報告し、同年6月26日に完成した本件書籍を渡したが、その際代表者はとがめるような態度を示さなかった。しかし、翌27日には打って変わって、「カラクリ」という表現が業界の印象を悪くする、著作権を侵害したなどと非難し、本件書籍の回収を命じ、原告を怒鳴りつけたりした。そして、被告代表者は同年7月1日、本件図表を本件書籍に無断で使用した上、本件書籍に「カラクリ」という表現を使って被告の信用を損なった、職務専念義務に違反して執筆等の副業を営んだなどとして、原告に対し懲戒解雇を通告し、同月4日、全社員の前で原告に謝罪させ、更に同月17日付の紙面に、原告が懲戒解雇された旨を社告として掲載し、同紙のウェブ版にも同様の記事を掲載した。

 これに対し原告は、本件懲戒解雇は懲戒事由該当事実が存在せず、仮にこれが存在したとしても懲戒権の濫用として無効であること、それにもかかわらず、その事実を被告が発行する新聞等に社告として掲載して公表し、原告の名誉を毀損したことを主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払い、不当な懲戒解雇ないし名誉毀損についての慰謝料2000万円の支払い、平成20年冬季から翌21年冬季までの賞与相当損害額210万円の支払い及び謝罪広告の掲載を請求した。
主文
1 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、平成20年7月から本判決確定まで毎月25日限り45万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成20年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告に対し、被告の発行する「週刊通販新聞」1面に、別紙11)記載の謝罪広告を、同12)記載の条件で1回掲載せよ。

5 被告は、原告に対し、被告の運営するウェブサイト「週刊通販新聞(ウェブ版)」のトップページの先頭記事欄に、別紙11)記載の謝罪広告を、同13)記載の条件で1ヶ月間掲載せよ。

6 原告のそのほかの請求をいずれも棄却する。

7 訴訟費用は、10分の3を被告の負担とし、そのほかを原告の負担とする。

8 この判決の第2項と第3項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 懲戒事由該当事実の存否

 原告は、本件図表等が著作権法12条1項の編集著作物に該当しない以上、懲戒事由該当事実は存在しないと主張するが、本件図表等は被告が通販業界全体の情報を集約して整理した成果物であり、被告の信用の源泉ともいえる貴重なものということができる。しかし、原告が本件書籍を、通販業界の動向等を公平な立場から俯瞰的に執筆した本と説明していること、被告代表者も本件書籍の内容は問題ないと述べていること、原告は「通販新聞執行役編集長」の肩書きで本件書籍を執筆し、本件図表等の出典を明記していること、原告の印税収入は約20万円であり、約3ヶ月かけた仕事の報酬としてはそれほど多額とはいえないことなどを考慮すると、原告は、本件書籍の執筆に際して、本来被告に帰属すべき印税収入を私物化して経済的利益を図り、しかも著者の名声を独占しようという身勝手な動機を有していたと認めることができない。また原告は、被告代表者から、本件図表等の使用の許諾を得ていたと認めるのが相当であるから、原告が本件図表等を無断で使用したとは認められない。そうすると、原告が本件図表等を本件書籍に使用したことは、被告の社会的信用や企業秩序を害するものではないというべきであるから、本件の懲戒事由に該当しない。

 被告は、本件書籍の題名の「カラクリ」という表現が、読者等に対し、「通販業界には消費者を操る仕掛けがある」というダーティなイメージを与えると主張するが、そのような事実を認めるべき証拠はなく、むしろ、本件書籍の表紙の「業界人、就職、転職に役立つ情報満載」、「発展を続ける通販業界がわかる最新トピック満載!」などという記事を併せて読めば、上記の主張は失当といわざるを得ない。また、「カラクリ」という表現を決定したのは出版元のA社であるから、題名の当否の責任を原告に負わせるべきではない。

 そうだとすると、原告が本件書籍の題名に「カラクリ」という表現を使ったことは、被告の社会的信用や企業秩序を害するものではないというべきである。本件懲戒解雇理由の要旨は、1)本件書籍の題名の「カラクリ」という表現がダーティなイメージを与えること、2)原告の行為は被告と出版社に帰属する著作権を侵害したことの2点であり、そのほかの事由については原告に対する説明も事情聴取も行われていないから、本件において、上記2点以外の懲戒事由(職務専念義務違反等)を主張することは許されない。

 以上のとおり、本件の懲戒該当事実は存在しないから、懲戒権の濫用の有無について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は無効というべきである。

2 不法行為の有無、程度

 本件の懲戒解雇事由は存在しないのに、被告はこれを断行したから、被告には不法行為が成立する。また本件社告等の内容が原告の社会的評価を低下させるものであること、本件社告等が通販業界をはじめとして、広く公表されたことは明らかであり、名誉毀損の不法行為も成立する。

 被告代表者は、本件の懲戒事由該当事実があるか、本件懲戒解雇の結論が相当といえるかなどについて検討する機会を与えられたにもかかわらず、そうしようとせず、かえって原告に対し、本件書籍の回収を手配するよう命じたり、理不尽にも「自分がなめられたら2倍、3倍にして返すのが流儀だ」などと怒鳴ったり、懲戒事由該当事実がないのに本件懲戒解雇を断行したり、全社員の前で原告に謝罪をさせたりするなど、攻撃的言動に終始し、その上で本件社告等を公表した。このような経緯によれば、被告の名誉毀損の違法性の程度はかなり重大なものということができる。そうだとすると、まず原告の名誉回復措置として、被告に対し、通販新聞1面と同ウェブ版のトップ記事の先頭記事欄に、それぞれ謝罪広告を掲載することを命ずるべきであり、その掲載回数又は期間は、新聞1面に1回、同ウェブ版に1ヶ月間を相当と認める。また、名誉毀損の重大性に加えて、本件の懲戒事由該当事実が存在しないことから、本件懲戒解雇自体の違法性もかなり重大なものというべきである。原告は、被告に入社後約15年間、特に問題なく業務をこなし、執行役編集長の重責を担っていたが、突然、違法かつ無効な懲戒解雇によってそのキャリアを絶たれた上、そのことを通販業界だけでなく、広く一般社会に公表されて、多大な精神的苦痛を被ったものと認められる。そうすると、原告が詫び状を被告に差し入れたこと、被告が原告に対し、著作権法違反による損害賠償請求をしない約束をしたり、平成20年度夏季賞与を支給したりしたことなどを考慮しても、被告は原告に対し、慰謝料として200万円を支払うべきである。
適用法規・条文
民法709条、723条
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項
本件は控訴された。