判例データベース
クッキー製造販売会社懲戒解雇名誉毀損事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- クッキー製造販売会社懲戒解雇名誉毀損事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 昭和47年(ワ)第3119号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1977年12月19日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、個人商店を前身として昭和27年7月に設立されたクッキーの製造販売等を業とする株式会社であり、原告Aは昭和27年3月、原告Bは昭和30年8月、原告Cは昭和25年8月、それぞれ被告(当時の個人商店を含む)に雇用され、本件解雇当時、原告Aは多摩川工場生産管理部次長、原告Bは多摩川工場製造部係長で組合中央執行委員、原告Cは多摩川工場製造部次長の地位にあった。
原告Aは、多摩川工場の役付者で構成している会の会長であったが、昭和43年にこれを母体とした従業員組合(その後労働組合)を結成したところ、組合を利用して取引業者から金銭を受けたり、競馬の呑行為を行うなどの不正行為をし、原告Bは原告A派閥として労働組合を隠れ蓑にして不正行為を行い、原告Cは売上代金を着服するなどの不正行為をしたとして、原告Aについては昭和46年7月31日、原告Bについては同年12月31日、原告Cについては同年12月6日、それぞれ懲戒解雇された。被告は、原告Aの本件懲戒解雇に当たり、解雇予告時に「都合により解雇する。8月1日より就業を停止する。」と記載した告示を、懲戒解雇時には「就業規則第53条第2号、第7号及び第13号の規定により昭和46年8月31日付けを以て懲戒解雇する。」と記載した告示を、それぞれ社内に配布、掲示し、原告B及び同Cの懲戒解雇についても同様の告示を社内に配布、掲示した。
被告は、昭和47年1月25日、「社員の皆さんへ」と題する被告名義の文書を給料袋に同封するという方法で全従業員に配布し、その内容を社内に掲示したほか、同月28日、「再び社員のみなさんへ」と題する被告名義の文書を、係長級を責任者として全従業員に手交した。また、翌29日頃から全従業員の家庭に、従業員有志一同、労働組合有志一同などによる、原告らの不正行為等を指摘する匿名の文書が送付された。
これに対し原告らは、本件各文書の配布、掲示により著しく名誉を毀損されたこと、その名誉毀損行為は、動機、方法、程度において常軌を逸し、悪質を極め、その結果原告らの受けた精神的苦痛並びに社会的影響は耐え難いとして、原告ら各自に慰謝料500万円の支払を求めるとともに、謝罪広告の掲載を要求した。 - 主文
- 1 被告は原告らに対し、各金30万円およびこれに対する昭和47年3月1日から各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告の負担、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は主文第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件各文書の配布、掲示が不法行為にがいとうするか
原告らの解雇についての告示の配布掲示は、被告の従前の業務慣行から逸脱した異例の措置とはいえず、また原告の解雇についての葉書の発信も、被告の業務遂行上の必要からなされたもので、妥当な処置として是認し得ないものではない。とすれば、その他右各行為につき原告らの名誉を毀損する意思があったことを推認させるに足る事実を認むべき証拠はないから、右告示の配布、掲示及び通知文の発信に関する原告らの主張は理由がない。
被告が「社員のみなさんへ」と題する文書を給料袋に同封して全従業員に配布した後、「再び社員の皆さんへ」と題する文書を配布するに当たり、被告から各所属長、係長クラスに対し、作業を一時中断しても良いから右文書を職場ごとに責任をもって全従業員に対し読ませるようにとの通達があり、その際ほとんどの職場では作業が一時中断され、右文書を全員が読み終えるまで、管理職がその監視に当たったこと、本件各文書の掲示がなされたのは多摩川工場構内の掲示板上と本社社屋の階段の踊り場の2カ所であり、その大きさは縦約1m、横約1.7mであって、この事実によれば右文書の記載内容は、原告らの解雇の事実とその事由の要旨に触れてはいるものの、その記載の体裁は、原告らの解雇が懲戒解雇であり、その理由として原告らに極めて重大な不正行為があったことを殊更強調して原告らを非難し、更に原告らの不正行為に関連付けて原告らを支援する組合の姿勢を非難していること、「再び社員の皆さんへ」と題する文書の記載内容は、専ら組合が自主性、民主性を欠いていることを理由とする被告側からの一方的な批判に終始しているが、3日前の「社員の皆さんへ」と題する文書の内容をも考え併せると、読者をして組合の自主性、民主性の欠如の主たる原因として原告らの不正行為があることを容易に推測せしむるものであること、本件各文書の配布掲示は被告が一方的になしたものであり、特にその配布は半ば強制的な方法で被告の全従業員に対し例外なくされたものであることが明らかである。
本件各文書の配布、掲示直後から、泉屋東京店従業員有志一同若しくは全泉屋東京店労働組合有志一同名義の文書が従業員宅に郵送され、その内容は、原告A及び同Bの不正行為を具体的に指摘し、更に組合の姿勢を激しく非難するもので、組合の姿勢に対する批判について殊更執拗に論及していること、当時被告において全従業員の住所録を配布したことはなかったことが認められ、当時組合側の者が右文書を作成、郵送するような情況や、これを実行した形跡のないこと等からすると、右各匿名郵送文書は全従業員の住所を把握している被告の担当者ないし会社と通じその意を受けた一部従業員が作成、郵送したと認めるべきである。
以上の事実によれば、通常人が前記のごとき方法で本件各文書の配布、掲示を受ければ、これによって、原告らがその勤務上若しくは組合活動上、不正な行為を専らにする卑劣な人間であるとの印象を受けるであろうことは容易に想像し得るところであり、これに本件各文書の配布掲示についての多分に陰湿ともいうべき被告の原告らに対する非難ないしは中傷の意図の存在をも考慮すると、被告のなした本件各文書の配布、掲示行為は、原告らが社内生活上の地位等に伴って有していた社会的評価を低下させたものといわざるを得ず、原告らは、被告のなした本件各文書の配布、掲示行為によりその名誉を毀損されたものと認めるのが相当である。
2 本件各文書の配布、掲示が正当な業務行為として違法性を阻却するか
一般に、解雇、特に懲戒解雇の事実及びその理由がみだりに公表されることは、その公表範囲が会社内に限られるとしても、被解雇者の名誉、信用を著しく低下させる虞があるから、その公表の範囲は自ずから限度があり、当該公表が正当業務行為若しくは期待可能性の欠如を理由としてその違法性が阻却されるためには、当該公表行為が、その具体的状況のもと、社会的にみて相当と認められる場合、すなわち、公表する側にとって必要やむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用い、かつ被解雇者の名誉、信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実をありのままに公表した場合に限られると解すべきである。そして、この理は、不法行為たる名誉毀損の成否との関係では、当該被解雇者に対する解雇が有効か無効か、解雇理由とされる事実の存否には関わらないというべきである。
本件各文書の配布、掲示当時、そこに記載された程度の原告らの懲戒解雇の事実及びその理由については被告の従業員の一部は既にこれを知悉していた可能性が大であること、被告と組合が原告らの解雇を巡って対立するに至り、被告の側で、被告に対する従業員の信頼を維持するため、本件解雇についての被告の公式見解を従業員に対し公表する必要に迫られていたこと、本件各文書に記載された原告らの懲戒解雇の理由とされる事実はその表現の適否は別としてほぼ真実に合致していたことが明らかである。しかし、原告らが重大な不正行為をなしたことによって懲戒解雇されたかの印象を与える本件各文書の内容、半ば強制的ともいえるその配布、掲示の方法、その配布掲示に当たり原告らの名誉の尊重を顧みない被告側の意図をも考慮すると、結局本件各文書の配布、掲示は、特にその公表方法、更にはその公表内容において社会的に相当と認められる限度を逸脱しており、懲戒解雇の公表の違法性が阻却される場合には該当しないというべきである。
3 損害及び賠償方法
本件各文書の内容、そのうち原告らの解雇理由部分の真実性、その配布、掲示方法、その配布、掲示に至る経緯、原告ら及び被告の社会的地位、原告らの解雇が違法とはいえないこと、その他諸般の事情を考慮すると、本件各文書の配布掲示により原告らが被った損害の填補としては、原告らの精神的苦痛を慰藉するために被告に対し原告ら各自に対する各30万円の支払を命ずれば十分であり、謝罪広告の掲載を認める必要はないと解するのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、723条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
- 本件は解雇の効力についても争われたが、解雇は有効とされた(東京地裁 昭和51年6月30日判決)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|