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T社懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
T社懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成4年(ワ)第22617号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1994年10月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、平成3年7月11日に、卒業記念アルバムの製造等を業とする被告に採用され、当初は電算機写植機のオペレーターとして住所録の作成業務を行った。また原告は、入社と同時に被告の役員・従業員らで構成される「友の会」に入会した。

 原告は同年9月まではほとんど残業をしなかったが、同月末頃、原告の所属する組版業務の部署で午後7時まで残業する申合わせがなされ、原告も同年10月から毎日30分ないし1時間45分程度残業するようになった。同年11月7、8日、中途採用社員の研修が行われたが、その際総務部長が「有給休暇は、繁忙シーズン中は病気に限って認める」趣旨の発言をしたことに対し、原告は「理由による有給休暇の制限は労基法違反」と指摘した。同月、原告は時間外労働が三六協定に違反していることを知ったが、総務部長は「労基法違反は事実だが、業界の特殊性があるから労基署も黙認してくれている」旨述べた。

 同月19日、営業部長は原告を呼び出し、「うちの仕事はシーズンがあり、納期は絶対に守らなければならない。もっとひどいところはいっぱいあるから、労基法違反のことなど言わず残業をしなさい」と説得したが、原告は眼精疲労を訴え、長時間の残業は無理と訴えた。同月末頃、人事考課表が渡されたが、原告は自己評価欄に記入せず、労基法違反の前提の下で自己評価をすることは労働者の不利益に繋がるとして、自己評価を行わず、これによって最低のEランクの査定がなされ、年末賞与では3万円を減額された。

 同年12月20日頃、原告は主任以上の職制を除く全従業員に対し、Gと連名で手紙を送付し、被告では甚だしい女性賃金差別、不法な残業、有給休暇等労働者の権利無視が行われていることなどを訴えたところ、平成4年1月11日、総務部長から、「本件手紙の送付は、就業規則「許可なく集会、演説、印刷物の配付をしないこと」に該当するから処分を考えている」と告げられた。原告は総務部長との面談後職場集会を開き、本件手紙を出したことで処分されようとしていること、年末賞与でマイナス3万円の査定をされたこと等を訴え、また同年1月23日、総務部長に対し、懲戒処分を仄めかしたことの撤回と謝罪を求める申入書を交付した。主任は同月20日と30日、原告に対しもう少し残業をするよう頼んだが、原告はこれを拒否したところ、営業部長は原告に対し、来週1週間午後9時までの残業を命じたが、原告は眼精疲労の診断書を提出し、残業をせずに帰宅した。

 同年2月20日、被告社長は、役員ら立会の下、原告に対し、自己都合退職するよう勧告し、原告がこれを拒否すると、協調性がない、職場に融和しないことを理由として解雇を告げた。同月23日以降、本件解雇に関し、原告所属の組合と被告との間で団体交渉がなされ、同年3月9日、被告は本件解雇を撤回する意向を示したこともあったが、原告が被告から提示された部署への配転を拒否したため、被告は再び解雇を維持する態度を明らかにした。

 原告は、本件解雇の無効を主張し、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払い、慰謝料100万円等の支払を求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が、原告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、金168万円及び平成4年12月27日から毎月28日限り格金21万円を支払え。

3 原告のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

5 この判決は、2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 「残業の全面的中止の主張、残業の拒否をもって反抗」について

 原告は平成3年10月頃から、連日午後7時ないし7時半頃まで残業をしていたが、被告は、同年11月12日頃から平成4年1月30頃までの間に、総務部長、営業部長らが残業時間の延長を求め、原告がこれに従わないとみると、営業部長が本件残業命令を発した。被告においては、友の会役員であるMが「労働者の過半数を代表する者」として署名・捺印した本件三六協定が作成され、労働基準監督署に届けられているが、友の会は役員を含めた親睦団体であって、労働者の自主的団体とは認め難く、本件三六協定は作成手続きにおいて適法・有効なものといい難い。そうすると、原告に時間外労働をする義務はなく、原告が残業を拒否し、あるいは残業を中止すべき旨の主張をしたからといって、懲戒解雇事由に当たるとすることはできない。のみならず、原告は、平成3年9月21日から10月20日までの間に合計18.5時間、同月21日から11月20日までの間に28時間、同月21日から12月20日までの間に30.25時間、同月21日から平成4年1月20日までの間に26時間、同月21日から31日までの間に14時間と、相当時間の残業をこなしており、平成4年1月31日頃には、原告担当の組版の仕事はほぼ完了しかけていたこと、原告は平成3年11月19日以降、営業部長らに眼精疲労を訴えており、平成4年2月4日以降、時間外労働を避けて通院加療が必要との診断書を提出して残業をしなくなったものであり、原告が被告の残業命令に従わなかったことには相当な理由があるというべきである。

2 「誹謗・中傷をもって業務妨害、職場環境の悪化」について

 原告は、平成4年12月20日頃、本件手紙を被告従業員に送付したが、その末尾に「この手紙は会社に通ずる人には見せないでください」などと附記していること、平成3年12月末頃被告従業員Nに対し架電し、通話を断られたことが認められる。しかし本件手紙の内容は、被告における労働基準法違反の労働実態について原告の意思を表明し、従業員らの意識を喚起する目的に出たものであり、その内容は誇張に過ぎる部分もあるが、全く事実に基づかない誹謗・中傷ということはできない。また右手紙の目的は、被告に労基法を遵守させ、職場の労働環境を改善しようとするところにあったと認められ、良好な職場環境を破壊しようとしたというのは、被告の一面的見方というほかない。そして、本件手書きを受け取ったことや、原告がNに架電したことにより、従業員らが恐怖心を生じたなどという事実も認められない。したがって、本件手紙の送付や女子従業員に対する架電の事実をもって、「職場の秩序を乱した」ということはできない。

3 「人事考課の拒否」について

 被告においては、自らに自己評価させる人事考課制度をとっているところ、原告が自己評価を拒否したのは、被告の「指示命令に違反し」たものというべきである。しかしながら、原告が指摘する人事考課表中の「工夫・改善」に項目をみると、あたかも現状の設備、人手は所与のものであって、その改善を求めることは良くないことであるかのような基準の設定の仕方がされており、人員増により残業時間を減らすべきであるとの意見の持ち主である原告にとって承服し難い内容のものであったと考えられること、原告は自己評価を拒否することにより、平成3年の年末賞与においてマイナス3万円の査定をされており、既に相応の不利益処分を受けていると考えられることからすれば、右事実をもって懲戒解雇事由とすることは、解雇権の濫用に当たるというべきである。

4 「協調性の欠如」について

 原告は、平成4年1月31日、本件残業命令が発せられた頃、営業部長や主任は、校正業務にノルマの遅れが生じていたことから、原告を同業務に従事させようとして、同年2月3日以降1週間、午後9時までの残業を命じたものと認められる。そして原告は、職場集会において、「自分の仕事が終わってしまえば他の従業員が残業していても、残業してまで手伝いたくない」などと発言しており、互いに協力し合って繁忙時期を乗り切るべきだと考えている他の従業員らからは、必ずしも好感情を抱かれていなかった。しかるところ、本件残業命令については、前記のとおり残業を命ずること自体適法になし得ない上、原告が従事すべき業務の内容が特定されておらず、営業部長や主任の意図が的確に原告に対し伝えられていたかどうか疑問があり、所定就業時間内においても、主任らは平成4年2月4日以降、原告に対し校正等の業務を指示した事実も認めるに足りない。そうすると、原告の本来業務以外の業務に対する非協力的態度をもって、「就業状況が著しく不良で就業に適しない」とまで認めることはできない。

5 「職務能力の不足」について

 被告は、原告の組版専任としての能力は半人前と主張するが、原告と、作業年度・作業環境や個人的資質・適正の異なる同僚と処理頁数のみを単純に比較して原告の職務能力が劣っていたと断定することはできないし、平成3年度の組版ノルマに遅れは生じておらず、主任が原告担当の仕事を代わって行った事実を認めるに足りないこと、平成3年末の人事考課において、直属の上司である主任の法が営業部長よりも原告について高い点をつけていることからすると、原告について、「就業状況が著しく不良で就業に適しない」と認めることはできない。

6 慰謝料請求について

 以上、被告の原告に対する本件解雇は、普通解雇であるとしても、解雇事由が存しないか、あるいは解雇権の濫用に当たるものとして無効というべきである。しかし、原告は平成3年11月8日の中途採用者研修や同月9日の激励会において、繁忙期間中の有給休暇取得問題に関し、総務部長を公然と非難し、その後人事考課の自己評価を拒否し、上層部に秘密で本件手紙を配布し、なおこの間、友の会を通じた話合いも拒否するなど、その残業中s等の労働条件改善要求は余りに性急であり、必ずしも職場の同僚や上司の理解・共感を得られたとはいえないこと、被告は本件解雇後、回処分命令に従って賃金仮払いに応じてきていること、原告が被告に勤務し始めてから本件解雇に至るまで8ヶ月に満たないこと、原告は独身であること等諸般の事情からすると、原告の受けた精神的苦痛は、原告について雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認し、かつ被告に対して賃金の支払いを命ずることによって慰謝されるべき性質であると認められるから、本件解雇を不法行為あるいは債務不履行に当たるとして慰謝料の支払を求める原告の請求は理由がない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項