判例データベース
K社作業員退職事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- K社作業員退職事件(パワハラ)
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成9年(ワ)第6775号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1998年07月17日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、平成7年2月、主に自動車貨物運送業を営む被告に雇用され、主としてK社国分工場においてフォークリフトを操作して線状鋼材を運搬、荷積、荷降する業務に従事していた。同工場において、原告は、平成8年初め頃から同工場の従業員がフォークリフトの進路を妨害するような嫌がらせをするようになったと感じていた。
同年8月23日、原告がフォークリフトを運転して線状鋼材を降ろす作業をしていたところ、後方からMが近づいて来たためフォークリフトを停止させた。ところが同人がフォークリフトとトラックの狭い間を通ろうとしたため、原告はMが操作を妨害しようとしていると思い、Mの胸を突いた。Mは謝罪して立ち去ったが、原告はフォークリフトを運転してその後を追い、同人に対し「殺したろか」等と大声で怒鳴り、流し台を安全差靴で蹴って破損させた。その直後、K社の従業員であるHが「ええ車やなあ」と言って原告のトラックに近づいたところ、原告はHに対し、大声で怒鳴りつけ、その場を通りかかったK社の生産課長Rに対しても、「俺は会社を辞めてもいい。あいつを殺したる」、「必ず仕返ししてやる」、「上司が上司なら部下も部下や」、「しつけがなっとらん」などと怒鳴りつけた。これを見た被告の従業員Yがその場を収め、Yは被告のF課長に報告し、Fから報告を受けたT常務は翌24日原告を呼び出して事情を聴取したところ、次第に興奮し、「このまま行ったら俺プッツン切れる」と発言したため、T常務は取りあえず原告をK社の仕事から外し、Y及びK社の担当者から事情聴取した上、同月26日、原告に対し1週間の休職処分言い渡したところ、原告はこれに納得せず、「そんな処分を受けるくらいやったらこっちから辞めたる」と言って事務所を飛び出した。翌27日に原告は出勤せず、T常務は被告社長からの示唆を受けて、同日原告の退職の手続きをとった。原告は、翌28日電話を架け、復職を希望し、社長とK社に謝罪したい旨依頼したが、T常務はこれを拒否した。原告は同年9月2日にT常務に再度復職と社長との面会を申し入れたが、T常務はこれを断り、同月5日、被告は書面により原告が同年8月27日付けをもって退職したこと、仮にそうでないとしても、右書面により原告を解雇する旨原告に通告した。
これに対し原告は、「辞めたるわ」発言は、一方的な処分に感情的になり、いわば売り言葉に買い言葉で言ってしまったものであって、真意ではないから、退職の意思表示はしていないこと、K社における「殺したろか」等の発言に至った背景としては、原告が以前より国分工場において度重なる作業妨害を受けてきたという事実があるから、原告が多少乱暴な発言をしたとしても、それが解雇理由となるようなものではなく、休職処分を言い渡された際に事務所を飛び出したものの、その後謝罪の意思を示し反省していたのであるから、職務命令違反に当たるとするのは余りに乱暴であることを主張し、これら原告の言動はいずれも解雇事由にはならないから、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるとして、従業員として雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告による退職の意思表示について
労働者による一方的退職の意思表示は、期間の定めのない雇用契約を一方的に終了させるものであり、相手方(使用者)に到達した後は原則として撤回することはできないと解される。しかしながら、辞職の意思表示は、生活の基盤たる従業員の地位を直ちに失わせる旨の意思表示であるから、その認定は慎重に行うべきであって、労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである。
原告は平成8年8月26日にT常務に対し、「会社を辞めたる」旨発言し、T常務の制止も聞かず部屋を退出していることから、右原告の言動は、被告に対し確定的に辞職の意思表示をしたと見る余地がないではない。しかしながら、原告の右発言は、T常務から休職処分を言い渡されたことに反発してされたもので、仮に被告が右処分を撤回するなどして原告を慰留した場合にまで退職の意思を貫く趣旨とは考えられず、T常務も翌27日にもその意思を確認する旨の電話をするなど、原告の右発言を必ずしも確定的な辞職の意思表示とは受け取っていなかったことが窺われる。したがって、これらの事情を考慮すると、原告の「会社を辞めたる」発言は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかなものであるとは言い難く、右原告の発言は辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである。本件においては、原告は被告が合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をするまでに、右申込みを撤回したというべきであるから、合意解約も成立していないと解される。
2 解雇の効力について
被告は、解雇理由として、(1)原告には常日頃から、1)フォークリフトの運転が粗雑で、フォークリフトを損傷させても謝罪も申告もしない、2)所定の架台に鋼材を置かず、注意されても是正しない、3)工場の入口の自動扉にフォークリフトを衝突させる、4)フォークリフト運転中の言葉が粗雑である、5)鋼材納入指示書を持ち帰ることを忘れる、6)鋼材の返品を指示されても素直に従わない等の言動が見られたこと、(2)原告が、平成8年8月23日、K社の従業員に暴言を吐き、同社の器物を損壊したこと、(3)原告が休職処分に従わず、「辞めたるわ」と言って飛び出して行ったことを挙げる。しかし、5)を除き、他の従業員についても多かれ少なかれ見られる事柄であること、5)も頻繁に繰り返されていたわけでなないこと、原告がMとの間でトラブルを起こすまで、K社側から被告に対し原告に関する苦情が申し立てられたことはなかったことが認められ、これらによれば、(1)1)ないし6)の事実は解雇理由になるような性質のものではないというべきである。
平成8年8月23日のMらに対する暴言等について、原告は従来からK社の従業員から作業妨害を受けており、Mがトラックとフォークリフトの間を無理に通ろうとしたので、思わず強い言葉を用いてしまったまでであると主張し、原告が従来からK社の従業員による妨害行為についてT常務に訴えていたことや、原告がMに対して発した言葉に照らせば、原告が前記のような暴言に及んだのは、Mに対し作業妨害を咎める意図によるものであったと、認められる。しかしながら、原告の訴える作業妨害は、いずれも偶発的にも生じ得るもので、これが組織的に行われたものとは到底考え難いから、原告が従来よりK社の従業員から作業の妨害を受けていたという点は、原告の思いこみに過ぎないというべきである。また、Mがトラックとフォークリフトの間を無理に通ろうとしたとの原告の供述は、仮に線状鋼材を吊り下げた状態でフォークリフトをトラックと4、50cmの距離に停止させたとすれば、その間を通ることは鋼材に邪魔されて殆ど不可能、かつ極めて危険なことであって、そのようなことが行われたとはにわかに信用し難い。
以上によれば、原告の行為は、被告の重要な取引先であるK社の従業業員を、同社の構内において脅迫ないし誹謗し、同社の器物を損壊させるというもので、被告の企業秩序上見逃すことのできない重大な行為であるといわなければ」ならないが、Mの身体に危険を及ぼすような危険行為であったとは認められない。
以上のとおり、原告は、平成8年8月23日に、重要な取引先であるK社の従業員に対し、同人に明確な落ち度もないにもかかわらず、自らの思い込みから暴言を吐いて脅迫し、同社の設備である流し台を蹴って破損させた上、同社の管理職らに対しても「上司が上司なら部下も部下や」などと誹謗する発言をし、右原告の言動を重く見た被告が、原告に対し休職処分を言い渡したのに対し、「会社辞めたる」と言って飛び出して右休職処分に従う意思のないことを明確にし、翌日は出勤しないという行動に出たことは、いずれも被告の企業秩序に重大な影響を与える行為ないし被告との信頼関係に重大な影響を与える行為であり、これに加え、原告が一旦は退職申込みをしたことをも考慮すれば、被告が、もはや原告との雇用関係を維持することができないと考えたことは、やむを得ないことといわなければならない。そして、原告が被告に雇用されていた期間は1年6ヶ月余りに過ぎないこと、原告はまだ30歳代前半であり、大型免許及びフォークリフトの免許を有し、再就職も困難ではないことをも併せ考慮すると、原告は入社以来概ねまじめに勤務しており、過去に処分歴もないこと、原告は退職の意思表示を遅くとも2日後には撤回し、社長に謝りたいと申し出るなど反省の態度を示したこと、被告にはK社の他にもフリーの運転手を始め谷職種があること等を考慮しても、本件解雇が社会通念上著しく相当性を欠くものとまではいえない。したがって、被告による解雇の意思表示(遅くとも平成8年9月5日に行われたもの)は、解雇権の濫用となるものではなく有効である。 - 適用法規・条文
- 民法93条、95条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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