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S美術本採用拒否事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- S美術本採用拒否事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成11年(ワ)第3801号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年08月18日
- 判決決定区分
- 一部却下・一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、高級カタログの企画立案から印刷・加工まで一貫した受注を行っている印刷会社であり、原告は、試用期間3ヶ月として被告に採用され、平成10年7月月13日より勤務を開始した者である。
原告は、同年10月1日、自家用RV車を被告所有の遊休地に乗り入れ、組合事務所に寝泊まりした。原告は同年9月29日の再度の給料遅配や、組合による給料遅配に関する集会に参加後、度々総務部長から組合加入の有無などを聞かれたこともあって不安になり、組合に相談に行ってたまたま1泊することになったものである。これに先立つ同年6月30日、被告は不動産会社と遊休地を売却する契約を締結し、その明渡しが同年9月30日で、その土地上の組合事務所の撤去が必要であったが、組合は被告の不誠実な対応を理由に、その撤去に応じていなかったことから、被告は原告の行為を被告への妨害と捉えた。
被告は営業社員を募集する際、未経験者も可という求人広告をし、原告は採用面接の際、営業社員として即戦力となる旨アピールして採用されたが、採用後、原告は印刷物の見積計算ができないことが判明したため、上司のM部長は原告に初歩的な見積計算書の練習をさせなければならなかった。原告は採用面接時、希望給与額を聞かれ、手取り25万円と答えたが、希望額に満たなかったため、基本給を27万円にして欲しい旨の上申書を提出した。原告は、入社後に提出を求められた誓約保証書を提出しなかった外、同年9月29日、再度の給料遅配が発生した際には、他の組合員らとともに総務部長らを追及した。
原告は、被告入社後、M電器オーディオ事業部担当となり、1日2回は訪問するよう指示を受け、これに従って訪問していたが、会えないことも多かったため、M部長の指示により、できるだけアポを取って訪問するようになり、訪問頻度は1日1回となった。また原告は、M部長からM電器の夏期休暇中日本橋電器販売店を回るよう指示されたが、訪問できたのは1回だけであった。同年9月、M電器に対し99年度オーディオ商品販売促進策に関してのプレゼンテーションを行うことになり、ミーティングを予定していたが、同月9日父が急死したため、原告は同月13日まで忌引きを取り、復帰後補助業務を命じられた。
被告は、原告が即戦力として期待された能力を有さず、社会常識や責任感を欠如し、採用面接時には虚偽申告を行い、会社の業務を妨害した外、指示された業務を真剣に行わないなど勤務態度にも問題があるとして原告の本採用を拒否した。これに対し原告は、本件本採用拒否は何ら合理的な理由がなく、解雇権の濫用として無効であるとして、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認と賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告の訴えのうち、本判決確定後に支払期日の到来する賃金の支払いを求める部分を却下する。
2 原告が、被告に対して、労働契約上の権利を有することを確認する。
3 被告は、原告に対し、4万5487円及び平成10年10月18日以降、本判決確定に至るまで、毎月25日限り、22万7436円の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、20万円及びこれに対する平成10年12月29日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は、被告の負担とする。
7 この判決の第3項、第4項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告の平成10年10月1日の組合事務所前の自家用RV車の駐車及び組合事務所への宿泊については、原告に明渡妨害の意図が認められず、また当該行為は1日だけのことである上、当時既に明渡期日は延期されていたこと、更には他に自動車を駐車させていた組合員もおり、同人には何ら処分がなされていないことをも考慮すれば、原告の本採用の可否の判断に際し、原告の右行為を原告の不利益に判断するのは相当ではない。
確かに原告は、営業の経験者として自己をアピールした結果、被告の即戦力になると期待されて中途採用されたものの、印刷会社の営業職として必要な印刷物の見積計算等ができなかった。しかし、原告は採用当時、印刷会社に勤務したことがあると述べていたわけではなく、原告と面接した総務部長らが、原告が印刷会社の基本的な流れは理解しているとアピールしたことから、能力があると判断したに過ぎず、原告に自己の経歴を偽る意図があったわけではない。しかも、印刷物の見積計算については、M部長も習得すれば済む問題であるとし、実際被告の求人広告には未経験者でも採用すると書かれており、原告は営業に出られる程度の最低限の知識は習得していた。そしてその他、原告の経歴について、履歴書等に虚偽の事実が記載されているわけではない。更に給料の上申については、採用面接時には原告の給料額は告げられておらず、後に希望額に達していないとして不満を上申したに過ぎないから、原告が採用面接時に虚偽申告をしたとは認められない。
規則で定められている誓約保証書を提出しなかったこと及び給料の遅配について、総務部長やM部長に給料遅配の説明のための文書を書くように迫った原告の行為は非難に値するとしても、前者については給料に不満があったためであり、後者については原告が経済的に困窮していた折、給料の再度遅配という非常事態が起こり、組合も被告の対応を非難していた中でのことであることを考慮するならば、これらをもって本採用の可否についての原告の不利益とするのは相当ではない。
M電器事業部に対する営業活動において、訪問の回数が1日2回から1回に減ったことについては、回数は減ったものの、特段用事がなければ原告はその後も同事業部に日参している。また日本橋の電気販売店回りについては、他の業務の都合で1回しか行けなかったものであり、具体的な提案材料を報告できなかったとしてもやむを得ない面があったといわざるを得ない。更に同事業部に対するプレゼンテーションについても、同業他社の製品と違うアイデアを提示したり、企画書作りを手伝ったり、スケジュールの調整を行ったり、更には徹夜での準備を行ったりと、概ね誠実に職務を果たしているといえる。
以上によれば、仮に被告が主張するように、原告にできてもいない見積計算の演習を述べたことがあったり、「営業部員のチェックポイント15」を十分修得していなかったり、レポートの体裁もとれていない書面をレポートとして提出するなどの点があったとしても、原告は概ね営業職として誠実に職務を遂行していたものといえる。そして、被告での給料遅配発生後、原告が組合の集会等に参加するようになり、原告は総務部長から幾度と組合加入の有無を聞かれていたことをも考慮するならば、原告に対する本件本採用拒否が、合理的な理由があり、社会通念上相当なものであったとは認められず、本件解雇は無効であるといわざるを得ない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- [収録文献(出展)]
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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