判例データベース
K大学(教授再任用拒否処分)控訴事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- K大学(教授再任用拒否処分)控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 - 平成16年(行コ)第54号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 国立大学法人 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年12月28日
- 判決決定区分
- 棄却(上告)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告)は、昭和59年1月にK大学医学研究科博士課程を修了し、平成7年5月、同大学腫瘍外科学講座の助教授として勤務していた。K大学では、任期法に基づき、平成10年4月に任期に関する規程(本件規程)を定め、教授、助教授、講師、助手については任期を5年(再任可)とした。
控訴人は、公募に応じて、平成10年5月1日から平成15年4月30日までを任期とする任期付任用を受けた。その際控訴人は、事務長から、普通に仕事をすれば定年まで再任されるなどと説明され、任期付任用の同意書を作成し、再生医科学研究所(再生研)教授に昇進させる旨の辞令を受けた。控訴人は再任を希望し。再生研所長に対し、任期の1年前に再任の申請をしたところ、外部評価委員会の評価では全員一致で再任を可とする報告がなされたものの、教授等で構成する協議員会では投票の結果、控訴人の再任は認められないことになり、平成15年4月30日をもって任期満了となった。
これに対し控訴人は、本件昇任処分に際しての同意は、任期制に関する誤った情報に基づくものである等と主張し、再任用を拒否した処分は違憲、違法、内規違反であるとして、その取消しを請求した。
第1審では、任期付公募に当たって説明が不十分であったとしながら、本件昇任処分は5年の任期付任用として法律上の効果があり、再任用をしないという行政処分があったとは認められず、控訴人が権利を侵害されたとはいえないから抗告訴訟の対象にならないとして請求を却下したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 訴訟費用は、控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件昇任処分に付された任期は無効との主張について
行政処分に付された期限付きの附款が、その処分の重要な要素である場合には、附款が無効であればその行政処分自体が無効であって、その附款のみを無効とすることはできない。しかし、控訴人の主張は本件昇任処分に任期を付すこと自体の有効性を争う趣旨と解するならば、控訴人は任期の定めなく任用されたものであり、本件通知は任期のない控訴人に対して失職を通知するもので、行政処分と主張する余地も生じ得ると解することもできる。
2 任期法の任期制及び再生研の任期制の違憲、違法性について
控訴人は、任期付き任用は大学教員の身分保障に対する重大な例外であるから、憲法23条の学問の自由を保障するために、任用・再任の手続き及び審査基準の明確化、透明化を図り、再任拒否に対する不服申立制度を定めるなど法律により制度の詳細を明確に定めておかなければならないが、任期法はその制度の全てを大学が定める規則に白紙委任し、再任審査する協議員らの意思で恣意的に再任拒否がなされたところ、任期法及び再生研の教員の任期制は憲法23条に違反し、違法、無効であると主張する。
任期法は、大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが、教育研究の活性化にとって重要であることに鑑み、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与することを目的とし、その上で、国立大学の学長は評議会の議に基づき、教員について任期を定めた任用を行う必要があると認めるときは、教員の任期に関する規則を定めなければならないものとされている。このように、任期法は、大学の自治を尊重し、これを保護する立場から、任期制の採用自体や再任に関する事項を大学の自主的判断に委ね、かつ、任期付きで任用される者の同意を任用の要件にしているものであるから、再任に関する手続きや再任基準等の事項を法律で定めていないことを理由として、任期法による任期制度が憲法23条に違反するとすることはできない。またK大学は、その自主判断により、再生研の任期付き教員の任用制度を採用し、かつ、同大学の自主的判断により再任の可否を決定する制度として再生研の任期制度を構築しているものであるから、この再生研の任期制度が大学の自治ひいては学問の自由の保障に反する制度であるとはいえない。
任期法3条1項に基づく省令は、大学の制定する規則には、任期として定める期間、再任に関する事項その他必要な事項を記載するとともに、規則の公表が規定されているところ、本件規程には再任に関する事項の定めがされず、協議員会決定である本件申合わせ及び本件内規で定められていることが認められる。しかし、各学部の自治あるいは教育研究組織の自治も許されるべきであるから、個別の教育組織とその職についての再任に関する事項については、大学の評議会でなく、当該学部や教育研究組織の判断に委ねて、その自主的な判断によりこれを定めることは、むしろ憲法の趣旨に合致するものであるといえる。したがって、任期法は、任期制による任用を採用した大学が、当該学部や教育研究機関に対して、「その他再任に関する事項」を定めることを委任することまで排除しているとは考えられない。そして、本件においては、再生研の協議員会は、再生研の所長、教授の外、K大学の他学部の教授のうち所長から委嘱された者で構成されており、このようにその構成について一定の配慮を示し、その意見についても再生研の関係者だけでなく、他学部の関係者の意見も反映されるようになっていることからすると、「その他再任に関する事項」を、協議員会決定である本件申合わせや本件内規で定めることが、任期法3条1項の趣旨に反するとはいえない。
更に控訴人は、合理的な理由がないのに、外部評価委員会の評価に基づかないで再任の可否を決定できる運用が許される制度は、違憲・違法であるとも主張する。しかし、本件内規は、再任の可否について「外部評価委員会の評価に基づいて、協議員会が審議決定する」と定めているのであって、協議員会において恣意的な運用がなされないように配慮されているから、再生研における任期制度を非難するのは相当でない。なお「外部委員会の評価に基づいて」の趣旨を、協議員会は外部委員会の評価に拘束されると解するならば、かえって大学の自治を没却することになる。大学の自治の根幹は、大学教員、研究者の自主的判断を尊重し、保障することにあることを考慮すると、本件規程や本件内規は、大学の自治の趣旨に合致するものということができ、したがって、控訴人の主張は理由がない。
3 再生研教授職の任期法4条1項1号の該当性について
任期法4条1項は、任期付き教員の任用ができる場合を、先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該研究教育組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき(1号)、助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことをその職務の主たる内容とするものに就けるとき(2号)、大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき(3号)に限定している。そして、再生医学における器官形成応用分野は、再生研の設立に伴い新設された教育研究組織であって、先端的、学際的な研究と認められる。そうすると、控訴人の就いた再生研教授職は、任期法4条1項1号の類型に当たるといえるから、本件規程が、任期付き任用類型を任期法4条1項1号とした上で、控訴人の就いた再生研教授職を対象としたことに誤りはないというべきである。
4 同意の効力について
控訴人は、本件昇任処分の際の任期についての同意は、任期制に関する誤った情報提供と必要な情報の不提供により詐欺的になされたもので、重大かつ明白な瑕疵があり無効であると主張するが、控訴人は、同意書提出の前に、控訴人が就く予定の再生研の教授職が5年の任期付きであることを承知し、その上で、任期法による5年の任期付きであることに同意する旨の同意書を提出して本件昇任処分を受けたものと認められる。したがって、その意思表示に重大かつ明白な錯誤があると認めることはできない。
5 控訴人の再任拒否と本件通知の処分性について
控訴人は、任期法4条及び本件規程の各規定に従って、その同意の下に、再生研の5年の任期付き教授として、平成10年5月1日付けの本件昇任処分により任用されたものであって、その後K大学総長から再生研教授に再び任用されなかったものである。したがって、任期法の規定に従えば、控訴人は平成15年4月30日の任期の満了により退職したことになり、本件通知はこの観念的な事実を通知したに過ぎないものであって、行政処分に当たらないと解さざるを得ない。控訴人は、再生研の教授職は再任されるのが原則であり、控訴人には再任請求権があると主張するが、任期法2条4号は、任期付き教員は、その任期が満了すれば当然に退職すると定めており、同法には、一旦任用された任期付教員について再任されるのが原則とすることは、任期を定めて任用することとした任期法の趣旨に相反するものであり、与することができない。また、任期付教員の再任とは、当該任期の満了する場合において、それまで就いていた職に引き続き任用されることをいい、再任の場合も採用の選考が行われるのであって、期間の満了により一旦退職することを前提としているものというべきである。そして、任用(再任)するか否かは任命権者の裁量に属するものであるところ、任期法、本件規程及び本件内規の規定から当然に再任請求権があるとすると、この任命権を拘束することとなり、任期制の趣旨自体を没却することとなる。更に、大学教員にあっては、学問の自由の保障の観点から、身分保障の要請が強く求められているものであるが、その身分については既に教育公務員特例法でより強い身分保障制度が設けられていることを考えると、更に強い身分保障である再任請求権を認めるべき理由があるとは考え難く、再任請求権が認められていると解することはできない。
任期法3条の趣旨からすると、本件においては、任命権者であるK大学総長は、再生研の協議員会の決定に拘束され、これと異なる決定をすることはできないと解されるから、同決定に反して控訴人を再任することはできないというべきである。以上述べたとおり、再任請求権があるとする控訴人の主張は、任期法等の趣旨に鑑み採用できない。
控訴人は、法令上の再任申請権あるいは期待権があると主張する。しかし、任期法、本件規程及び本件内規には、再任請求権を認めていると解される規定はない上、任期法は期間の満了により身分を失うことを前提としていること、教育公務員特例法3条5項は、教員の採用の選考は、評議会の議により学長が定める基準により、教授会の議に基づき学長が行うと定めているところ、本件内規に規定する事項もこれと同様の性質を有するものであって、これは任命権者の内部意思決定に至るまでの手続きを定めたものといえること、任用するか否かは任命権者の裁量に属することからすると、本件規程及び本件内規に再任申請や審査手続き等に関する定めがあることから、当然に、再任申請者に法令上再任申請権が生じ、任命権者にこれに対する法律上の応答義務があるということはできない。
再任審査や再任の可否についての決定が恣意的に運用されてはならないことは当然の要請ということができる。本件においては、再生研の外部評価委員会は、控訴人について全員一致による再任を可とする報告書を所長宛提出したが、再生研の協議員会は控訴人の再任を認めない旨の決定を行った。協議員会のこのような結論は、控訴人から見ると、外部評価委員会の結論を無視されたものと映り、控訴人が「外部評価委員会の評価に基づく」再任の審査や決定が行われなかったと思ったとしても、あながち無理からぬところといえる。しかし、例えば、任期付き教員の再任に際し、当該教員に加えて、他の者をも任用対象として選考する場合を考えると、外部評価委員会が再任を可とする意見を述べたとしても、協議員会は他の候補者との比較検討の上で、当該教員の再任の可否を決定することができるものである。また当該教員のみが任用対象であっても、協議員会は外部評価委員会の評価事項以外の事項についても審査することができる。したがって、外部評価委員会が再任を可とする意見を述べたとしても、協議員会がこれと異なる決定をすることがあり得ることは、その審査の性質上否定できない。本件内規は、協議員会は再任の可否を「外部委員会の評価に基づいて」行うと定めているが、これは外部委員会の評価を尊重して審議すべきことを求めている趣旨と解され、この要請は、任命権者や再任手続きに携わる者の法令上の義務とまでいうことはできない。以上のとおり、控訴人に、再任申請権あるいは法律上の期待権(利益)があるということはできない。
控訴人は、本件通知には、再任拒否により控訴人を失職に追い込むという任命権者の意思が関与しているから処分性が認められると主張する。しかし、本件通知は、控訴人が平成15年4月30日の任期満了により退職するという観念的な事実を通知したにすぎないものであるから、これをもって任命権者であるK大学総長の意思が関与しているということはできない。 - 適用法規・条文
- 憲法23条、民法95条、96条1項、行政事件訴訟法3条2項、教育公務員特例法2条4項、大学の教員等の任期に関する法律(任期法)2条、3条、4条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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