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N社諭旨解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
N社諭旨解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成21年(ワ)第12860号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年06月11日
判決決定区分
一部却下・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、電子計算機及びそのソフトウェアの研究開発、製造等を目的とする株式会社であり、原告は平成12年10月1日被告に雇用され、システムエンジニアとして稼働していた。

 原告は、平成20年4月上旬以降、被告に対し、過去3年間にわたり日常生活を子細に監視され、業務上及び個人的情報、すなわち、1)原告がメイド喫茶のウェイトレスとの間でいざこざが発生し、この頃から原告に対する盗撮・盗聴等のストーキング行為が行われたこと、2)このようなストーキング行為により蓄積された情報がインターネット掲示板等に掲載されたこと、3)加害者集団は原告の上司や同僚を脅迫・欺罔することによりが被告の従業員等に共有されており、従業員が原告に対し、そのような情報を仄めかすことで嫌がらせをしていることなどを訴え、人事担当のB部長に調査と特例の休暇を依頼した。

 B部長は、同年5月15日から26日頃にかけて聞き取り調査を行うとともに、原告から送付されたCD−R資料を検討するなどした結果、原告の被害事実は認められないとの結論に達した。これに対し原告は、聞き取り調査でばごまかしが利くとして抗議したが、B部長は、同年6月3日、本件被害事実はなく欠勤には正当な理由が認められないとして、電話で原告に出勤を繰り返し促したが、平行線に終わった。原告は翌4日から同年7月30日まで本件欠勤を継続したが、この間、人事統括本部人事オペレーション本部E本部長は原告に対し、特別休暇は認められない旨を伝え、原告の直属の上司であるAマネージャーは、同月9日原告に対し出社を促すメールを送信したが、原告は本件被害事実が解決しない限り出社する意思のない旨返信した。

被告倫理審査委員会は、原告から申告されているようなパワハラは確認できなかったというB部長の調査結果を支持し、追加調査は行わないことを決定して、同月17日、その旨原告に回答した。その後、Aマネージャーらと原告との間でメールのやりとりがあったが、原告の要求に対して被告側はあくまでも出勤を求めること、現時点では休暇がなくなっているため欠勤とせざるを得ないことを通告した。

C本部長は、同年8月1日、原告に対し、賞罰委員会を開催し、処罰を検討する旨告知したところ、原告は同月25日、賞罰委員会に出席し、1)嫌がらせや情報漏洩の調査期間に労務提供義務を求められるのはおかしいこと、2)E本部長の回答により人事統括本部が休職を認める可能性について言及していたこと、3)就業規則の懲戒のいずれの項目にも今回のケースが合致しないこととの弁明を行った。そして、同月28日、原告はC本部長より、同年9月30日をもって諭旨解雇処分(本件処分)とする旨の通告を受けた。

原告は、欠勤の届出を行っているから、無断欠勤ではないこと、仮に職場秩序を侵害したとしてもその程度は軽微であること、被害防止のため本件被害事実についての調査結果を待つために届出欠勤を継続したものであるから、本件欠勤には正当な理由があること、B部長は無断欠勤ではないと回答したこと等を主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金及び賞与の支払を請求した。
主文
1 本件訴えのうち本判決確定日の翌日以降の金員の支払を求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件欠勤の懲戒事由該当性

 原告からの本件調査依頼を受け、B部長が適正な調査を行い、その結果として、平成20年6月3日時点において本件被害事実は認められず、B部長が同日原告に対し、調査の経過及び結果について適切に説明していることからすると、同月4日以降原告が欠勤することについて、正当なあるいはやむを得ない理由は認められない。そして、本件被害事実が認められなかった以上、原告が出勤して労務を提供することについて何らの支障もなかったのであるから、原告が本件欠勤の理由として主張するところは、いずれも本件欠勤を継続する正当なあるいはやむを得ない理由に該当しない。

 また、被告が平成20年6月3日以降、原告に対し、本件被害事実が認められないとの調査結果を踏まえて本件被害事実を理由とする欠勤を認めない旨明確にしているのみならず、複数回にわたり、原告に対し明確に出勤を指示していたこと、原告はこれを十分に認識していたのに、本件被害事実を理由とする本件欠勤を継続したこと、原告は本件欠勤に当たり、就業規則63条に定める手続きを履践した事実もないことからすると、本件欠勤は形式的にも実質的にも就業規則63条によって認められた欠勤の要件を欠いていたものと認められ、無断欠勤に該当するものと認められる。したがって、原告が本件欠勤を継続したことは、「正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき」に該当する。

2 諭旨退職処分の相当性

 本件欠勤に当たり、原告は本件被害事実が解決したものと主観的に判断するまでは出勤しない旨を明確にしていたことから、被告は、原告の欠勤がいつまで継続するか予想できないことを前提に労働力の再配置をすることを余儀なくされたものであり、本件欠勤は単なる労務の提供の不履行にとどまらず、原告による職場放棄ともいうべき事態に陥っていたものであって、債務不履行の態様として悪質である。また、本件欠勤は出勤を指示する業務命令に違反して継続されたものであること、原告は、無断欠勤による不利益を回避あるいは正当化するため、複数の上司あるいは管理職に対して、本件被害事実についての対応や欠勤以外の人事上の扱いを求めるなどしており、被告はこれにも対応することを余儀なくされたこと、原告の出勤の見込みが立たないため、被告は原告に対し労務の提供を求めるために、直接の上司ではないC本部長において、出勤を命ずる本件出勤命令を発するまでに至っていることからすると、本件欠勤が職場秩序を著しく乱したことも明らかである。そして、原告が本件欠勤を継続した主たる理由は、原告が本件被害事実が認められないという被告の調査の結果に納得ができず、これに固執したことにあるのは明らかである。

 原告は、本件出勤命令まで明確な出勤命令をしていない旨主張するが、B部長及びAマネージャーが出勤を指示しており、原告はこれを認識しながら本件欠勤を継続していた。また原告は、B部長の無断欠勤に関する発言が、本件欠勤が無断欠勤に該当するとの原告の予測可能性を失わせた旨主張するが、B部長の発言は仮に欠勤した場合に無断欠勤として扱うことを否定する趣旨とは理解できないし、原告が本件欠勤を継続した主たる理由は、原告が本件被害事実が認められないという被告の調査結果に納得ができず、これに固執したことにあるのであって、平成20年6月3日以降、原告に対して労働契約上の基本的ないし本質的な債務である労務の提供を求めていた被告の対応に契約当事者間の信義に反する点があったものとは認められない。以上によれば、本件欠勤を懲戒事由とする諭旨解雇処分は社会的に相当な範囲にとどまるものと認められる。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。