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T社就労請求事件(パワハラ)

事件の分類
配置転換
事件名
T社就労請求事件(パワハラ)
事件番号
津地裁上野支部 - 昭和47年(ヨ)第13号
当事者
申請人 個人1名
被申請人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1967年11月10日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 被申請人は、農業用機器及び各種産業用機器等の製造・販売を主な目的とする会社であり、申請人は昭和30年4月被申請人に入社し、耕耘機テーラースキの自由ヘラ組立作業に従事した後、本社営業部販売課発送係に配転され、製品の発送及び部品の荷造り作業に従事してきた。

 被申請人は申請人に対し、昭和47年1月31日、福岡出張所への転勤内示をし、翌2月1日右転勤命令の辞令を発表した。これに対し申請人は、同年3月4日津地裁上野支部に対し、転勤命令効力停止の仮処分を申請したところ、同支部は同年4月28日「転勤について申請人の同意を得なかったのは勿論最小限度の考慮期間さえも与えることなく転勤を命じたもので、労使関係における信義則に著しく違背し、権利の濫用として無効である。」として、右転勤命令の意思表示の効力の発生を仮に停止する旨決定した。

 ところが、申請人が右仮処分決定を得た翌日出勤したところ、被申請人は申請人が会社内に立ち入って就労することを実力をもって妨害し、以来申請人の就労を拒否してきた。申請人は、労働者が適法に労務の提供をしたときは使用者はこれを受領する義務を負い、正当な理由なくこれを拒否し得ず、賃金支払義務を果たすことによってその責を免れるものではないとして、被申請人による就労妨害を排除すべく仮処分の申請をするとともに、慰藉料100万円を請求した。これに対し被申請人は、雇用契約上労務の提供は義務であって権利ではないから、雇用契約等に特別の定めがある場合又は労務の性質上特別の定めがある場合を除き労働者に就労請求権はないこと、本件転勤命令自体は有効に存続しているから、申請人の就労場所は福岡出張所以外にないこと、申請人を旧職場に復帰させれば被申請人が本件転勤命令の非を認めたかの如く誤解を招く虞があり、人事権行使の正当性に疑念を抱かせることを挙げて、申請人の旧職場での就労請求拒否の正当性を主張した。
主文
 被申請人は、申請人が被申請人の従業員として就労することを妨害してはならない。

 被申請人は、当庁昭和47年(ヨ)第1号転勤命令効力停止仮処分申請事件の仮処分決定により申請人に対し給付を命ぜられた金員のほかに、申請人に対し、金12万8987円及びこれに対する昭和47年9月29日以降完済に至るまで年5分の割合による金員ならびに同年9月以降本案確定判決に至るまで毎月28日限り1ヶ月金7963円の割合による金員を支払え。

 申請人のその余の申請はいずれもこれを却下する。

 申請費用はこれを2分し、その1を申請人の、その余を被申請人の負担とする。
判決要旨
 労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に基づき一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その後も基本的な法律関係ではあるけれども、両者の法律関係はこれに止まらず、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合は勿論、労働者が賃金の支払いのみを受ければ足り、就労自体は特に望んでいないというような特別な事情のある場合、もしくは労働者が懲戒処分を受けるなどして使用者に対して就労を請求し得ないような場合を除き、一般に労働者は使用者に対してその就労を請求し得る権利をも有していると解するのを相当とする。けだし、労働契約は特定人間の継続的な契約関係であるから、その当事者間には、売買その他の非継続的債権契約に比してより一層強度の信頼関係を必要とするものであり、契約当事者は信義則の要求するところに従ってその給付の実現について誠実に協力すべき義務があるからである。したがって、労働契約において使用者は通常の場合、労働者が適法に労務を提供したときはこれを受領する権利のみならず、これを受領すべき法律上の義務があり、正当な理由なくしてこれが受領を拒否するときは単に賃金支払義務を果たすのみではその責を免れることはできないと解すべきである。

 すなわち、労働者は労働によって単にその生活のために必要な賃金を得るに止まらず、労働そのものの中に労働者としての充実した生活を見出し、労働によって自信を高め人格的な成長も達成することができる反面、仮に労働者が就労しない期間が永く続くようなことになれば、当該労働者の技能は低下し、職歴上及び昇格昇給等待遇上の不利益を蒙るばかりでなく、場合によっては職業上の資格さえも喪失しかねない結果となる。したがって、申請人に就労請求権の行使を妨げるような特別の事情のない本件においては、申請人は被申請人に対して就労を請求し、被申請人は申請人の提供せんとする労務を受領すべき義務があるものといわなければならない。

 被申請人は、前期仮処分決定にもかかわらず申請人を就労させないのは本件転勤命令自体は有効に存続し、その効力の発生が停止されているとの見解のもとに、申請人の本社営業部販売課での就労を拒否していると主張するけれども、前記仮処分決定は、被申請人の転勤命令は権利の濫用として無効である旨判示していることから見れば、同仮処分決定の趣旨とするところは、右転勤命令が無効である以上、被申請人は申請人に対し、転勤命令のなされなかったのと同様に取扱うべきことを命じていると解されるものであるから、暫定的にせよ申請人の就労すべき場所は現在被申請人本社営業部販売課発送係であって、被申請人の右主張は理由がない。

 更に、被申請人は申請人に対する転勤命令は企業合理化の一環としてなされたものであり、申請人を旧職場に復活させることは労務対策上時宜に適したものではない旨主張するけれども、前記仮処分決定が有効に存在している以上、被申請人の右主張は何ら申請人の就労請求を拒否し得る理由とはなり得ないものであることは多言を要しない。

 申請人は、健康にも恵まれ労働意欲がありながらも労働に従事することができず、労働者としての誇りを持ち自信に満ちた生活を破壊され、著しく名誉を毀損されたことが一応認められ、被申請人は就労拒否による申請人の精神的苦痛に対して相当額の慰藉料を支払うべきものである。しかしながら、申請人は前記転勤命令効力停止仮処分決定によって従来の基本給に基づく賃金を毎月被申請人から支払われているし、被申請人に対して就労を請求し得ることになるのであるから、これらの事情を併せ考えると、右慰藉料の支払いを求める仮処分の必要性についてはこれを認めるに足る疎明はない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例165号36頁
その他特記事項