判例データベース
T学園配転控訴事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- T学園配転控訴事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成15年(ネ)第2498号
- 当事者
- 控訴人 社会福祉法人
被控訴人 個人1名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年09月24日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審原告)は、社会福祉法人である控訴人(第1審被告)に昭和56年に雇用され、その経営する児童福祉施設において児童指導員として勤務していた。
平成9年頃から始まった児童養護施設についての社会情勢や行政の対応の変化を受けて、控訴人の運営する本件学園においても平成10年頃から、「受容と傾聴」すなわち体罰を禁止し、寛容の精神をもって児童の監護養育を行うという方針が採られるようになった。
被控訴人は、平成8年9月21日、サッカーの試合で交替を命じられて腹を立て備品を蹴るなどしていた中学2年生に対し、いきなり1回平手打ちしたところ、同児童から顔、胸、腹部を殴られるなどの反撃を受け、むち打ち、眼底出血、顔面胸部打撲、肋骨骨折による全治1ヶ月の傷害を負った。また被控訴人は、集団生活の規律を守ることや訓練に重きを置き、学習や遊びの時間を守れない児童に大声で長時間説教することが多かった。更に、就業規則には、歩行中はもちろん所定の場所以外で喫煙してはならないことが定められており、被控訴人は園長から、児童が居合わせる場所での喫煙をしないよう注意を受けていたにもかかわらず、児童の生活圏で喫煙をしていた。
控訴人は、被控訴人が児童に対し体罰を是とするなど威圧的な態度で接し、特に保母室は三重の扉で外界と遮断されており、その中で繰り返し叱責されると、相手方にとっては極めて威圧的に感じられること、保育室内に居ると外界の音が聞こえず、児童の様子がわからないなどの弊害があるので、寮長は被控訴人に対し、休憩時間以外は保母室に居ないよう指導していたが、被控訴人はこれに従わなかった。また被控訴人は、上司や同僚に対しても反抗的あるいは威圧的な態度で接することなどから、控訴人は被控訴が児童指導員として不適格であると判断して、平成11年3月11日付けで、厨房における調理員としての勤務を命ずる配転命令を行った。
これに対し被控訴人は、本件配転命令は雇用契約に違反すること、仮にそうでないとしても、同配転命令は業務上の必要性を欠き、児童養護に関する考え方の違う被控訴人を養護の現場から排除する目的でなされたものであって、権利の濫用に当たるとして、同配転命令の無効確認を請求した。
第1審(東京地裁八王子支部 平成11年3月24日判決)では、被控訴人の職種は雇用契約上児童指導員に限定されたものと認めることはできないが、本件配転命令は業務上の必要性を認めることができず権利の濫用に当たるとして被控訴人の請求を認容したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、第2とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 被控訴人の職種が児童指導員に限定されていたか
一般に、労使間において、職種あるいは勤務場所を限定する合意が成立し、これが雇用契約の内容になっている場合には、労働者の同意のない限り、その範囲を超えて配転を行うことは許されないと解すべきである。児童養護施設における児童指導員は、経験に培われた広い知識と技術を必要とし、一定の専門性を求められるが、その資格要件は、医師や看護師のような特殊な技能、知識、国家試験に基づく特別の公的資格が要求されておらず、2年の現場経験で資格の取得が認められており、その職務には、清掃、洗濯、食事の準備・後片付け等といった一般家庭においても通常行われている家事労働も相当含まれており、更に児童養護施設においては、最低基準の資格を有しない職員を児童指導員としての職務に就かせることも少なくなく、平成11年当時の被控訴人職員47名のうち、4名が異職種間の配転を経験していた。
被控訴人は、本件雇用契約締結当時、児童指導員の資格も職歴も有していなかったのであるから、被控訴人が職種を児童指導員に限定して雇用されたと認めることはできない。その後被控訴人は昭和56年4月に児童指導員の資格を取得しているが、その際、職種を児童指導員に限定する合意が成立したことを認める証拠はない。以上によれば、本件雇用契約において被控訴人の職種を児童指導員に限定する合意があったとする被控訴人の主張は採用できない。
2 本件配転命令が権利の濫用に当たるか
一般に、雇用契約は、労働者がその労働力の利用を使用者に対して包括的に委ねるという内容を有しているのであるから、使用者は、こうした労働力についての包括的な処分権に基づき、労働者に対して、職種及び勤務場所を特定して配転を命ずることができると解すべきである。そして、控訴人の就業規則には、いわゆる配転予定条項の定めがあり、上記のとおり本件雇用契約において被控訴人の職種を限定する合意がされていると認められない以上、控訴人は被控訴人の個別的同意なしに業務上の必要に応じ配転を命ずることができるというべきである。もっとも、配置転換は、労働者に多かれ少なかれ何らかの影響を及ぼすものであるから、当該配転命令が不当な動機・目的をもってなされたとか、労働者に対し通常甘受すべき程度を超える著しい不利益を負わせるものであるなど、特段の事情がある場合には、当該配転命令は権利の濫用となり効力を有しないと解するのが相当である。
被控訴人をめぐる事実は、その一つ一つをとってみれば、特定牲や具体性においてやや明確牲を欠くものや単なるエピソード的なものがないわけではないが、これらの事実を総合して考慮すれば、被控訴人の児童に対する指導方法が威圧的で感情に流れやすく、児童の指導に関する考え方が硬直化していて柔軟性に欠けること、被控訴人の指導方法が、規律を重んじ、力による支配を重視する傾向にあることを否定することはできない。そして、このような被控訴人の指導方針が控訴人の「受容と傾聴」という指導方針と解離していることもまた否定し難いところである。そうすると、控訴人が被控訴人の児童に対する指導方法が本件学園の指導方針に沿わないとの判断のもとにした本件配転命令は、控訴人にとってその必要性を肯定できるものであり、やむを得ない措置というべきである。以上によれば、本件配転命令が、不法・不当な動機・目的をもってなされたとする被控訴人の主張は採用できない。
被控訴人は、長年にわたって児童指導員一筋で勤務しており、本件配転命令により慣れ親しんだ職務を離れ、初めて経験する職務に従事することになるので、その精神的打撃等の大きいことは容易に推認できるところである。しかし、配転は業務の変更を必然的に伴うものであって、職務変更に伴う精神的不利益は労働者において通常甘受すべき程度のものというべきである上、被控訴人が配転を命ぜられた調理員は従来と同一の職場での勤務であり、かつ配転後も被控訴人には従前どおりの給与が支払われ、経済的損失が生じないことをも考慮すれば、本件配転命令によって被控訴人が通常甘受すべき程度を超える著しい不利益を被ると認めることはできない。被控訴人は、本件学園においては、異種配転のないことが長年の慣行であったから、いきなりこれに反する配転を命ぜられた被控訴人の精神的打撃は大きく、不当であるとも主張する。しかしながら、控訴人の就業規則には、本件学園の業務上の都合により、職員の職務・職位を変更できる旨の配転予定条項が定められている上、本件学園においては、本件配転命令以前に調理業務を担当していた職員を児童指導員としたり、児童指導員であった職員に調理業務を担当させる配置転換が行われた例もあるから、被控訴人の主張は理由がない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報1865号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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