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S社製造部長等配転事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- S社製造部長等配転事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成17年(ワ)第6234号
- 当事者
- 原告 個人2名 A、B
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年07月14日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、超音波、高周波及びレーザー等を用いた溶断装置の製造販売等を目的とする株式会社であり、原告Aは平成14年4月1日に被告に採用されて製造部長を命じられた者、原告Bは以前の会社で原告Aの部下として勤務し、平成14年7月1日に被告に採用され、製造部長付を命ぜられた者であり、原告Aは、被告社長がその経験を買って、製造部門の改革をし得る人物として採用したものである。
原告Aは、被告の製造部長として採用されると、積極的に業務改革に取り組み、財務諸表の検討、ヒアリングの実施等により製造部門の業務改善計画を策定するなどして、原価管理の改善に努めた。またその過程で原告Aは、資材、購買業務の改善の必要性を感じ、以前の職場での部下であった原告Bを採用するよう社長に進言し、原告Bが採用された後にはともに業務改善に取り組んだ。しかし、その過程で、営業本部長C、管理本部長D、経理部長Eらを始めとする他部門との間で摩擦が起こることもあり、同人らは原告らの業務改善方針に対し必ずしも歓迎していなかった。
原告らは、平成16年7月1日、突然社長から呼出しを受け、同月20日付けで営業部長付とする人事異動を内示され、同日発令され(本件配転)、これに伴い職務手当が減額された。これに対し原告らは、被告の就業規則には被告の配転命令権の根拠となる規定がなく、また被告と原告らとの間の労働契約上、被告の配転命令権の根拠となる個別合意はないから、被告は原告らに配転命令権はないこと、原告Aは製造部長として労働契約を締結し、原告Bは製造部長付として労働契約を締結したものであって、いずれも職種限定の契約であったから本件配転は無効であることを主張し、従前の地位にあることの確認を求めた。また本件配転命令は、原告らとしては全く想定していないものであり、しかも配転先の営業部では、既存の営業ルートもエリアも客先も与えず、いわゆる飛び込み営業を指示するものであるにもかかわらず、およそ不可能な売上目標を与えるなど、不当、違法な動機に基づくものであることが明らかであり、業務上の必要性もなかった外、原告らの不利益は重大であるとして、本件配転の無効と、慰謝料の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告Aが、被告に対し営業部部長付(管理職待遇)として勤務する労働契約上の義務のないことを確認する。
2 原告Bが、被告に対し営業部長付(管理職待遇)として勤務する労働契約上の義務のないことを確認する。
3 原告Aが、被告に対し製造部長としての労働契約上の地位にあることを確認する。
4 原告Bが、被告に対し製造部購買グループ次長としての労働契約上の地位にあることを確認する。
5 被告は、原告Aに対し、240万円及びうち別紙未払賃金目録1の金額記載欄の各金額に対する同目録起算日欄記載の日から支払済みまで年6分の割合による金員、うち100万円に対する平成16年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告Bに対し、180万円及びうち別紙未払賃金目録1の金額記載欄の各金額に対する同目録起算日欄記載の日から支払済みまで年6分の割合による金員、うち100万円に対する平成16年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 本件訴えのうち、各職務手当の確認請求に係る訴えを却下する。
8 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
9 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告らの、その余を被告の各負担とする。
10 この判決は、5,6項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告の配転命令権の有無
原告らは、就業規則や労働契約締結の経緯に照らして、被告が配転命令権を有しない旨主張するが、就業規則上配転に関する規定がないとしても、そのことから、直ちに被告の配転命令権がないとすることはできず、労働契約締結に至る経緯、被告における人事異動の実情等の諸般の事情を考慮して決すべきである。そして、原告らが被告と労働契約を締結するに至った経緯は前記のとおりであるが、他方、原告らが被告の製造部門の経営改善のため限定された期間のみ就労することが予定されていたような事情は窺われず、長期の就労が予定されていた見られること、各入社契約書に特段の記載がないこと、被告では従来も異動が同一部内に限定されるような慣行があったことも窺われないことからすると、直ちに被告の配転命令を排除する約定があったと認めることはできない。また原告らと被告との間で労働契約を締結するに当たって、その職を製造部門に限定する旨の明示の合意があったことも窺われないところ、製造部門の最上級の役職にある原告らに対する異動がこれに限定されているとすれば、異動の余地は全くないこととなることからしても、そのような黙示の合意が成立したと認めるのは困難である。そうすると、被告が配転命令権を有せず、又は製造部門に限定されるとの原告らの主張は採用することができない。
2 被告の配転命令権濫用の有無
原告らは、被告に入社後、その業務の改善に努めており、それについては相応の評価を得、成果も上がってきていたが、他方、営業や総務の部門との間に摩擦が生じており、各陳述書に記載されている個々の事実については、必ずしも原告らに非があると解することができないか、あるいは入社間もない原告らが管理職として業務の改革を進めていることに対する従来からの幹部職員の抱いた不快感に基づくものと解される程度のものが多いと解されるものの、その不和の原因がいずれの非にあるかどうかの点は別として、現に会社の組織内部に不和が生じ、組織の円滑な運営に支障が生ずることが予想される事態に至った以上は、これに対処するための人事異動を検討することは企業組織の管理者として当然のことと解される。したがって、被告組織内において上記のような対立関係が生じた以上、業務改善がある程度後れることとなったとしても、なお職場の和を維持しつつ徐々に改善を進めるとの方針に転換することは、経営判断としての批判はあり得るとしても、なお一つの策として企業経営に当たる者の裁量の範囲内にあるというべきであるから、直ちに本件配転の必要性が存しなかったものと断ずることはできない。
しかしながら、このような方針の変更は、被告が原告らを採用するに至った動機とは相容れないものであるから、被告としては原告らの雇用を継続する必要はなくなったと考えられ、原告らの退職を期待する理由があるといえること、原告らの雇用を継続するのであれば、その納得、理解を一定程度得ておくことが必要であるから、被告としては本件配転に先立って、原告らに対して他部門との融和を強く指導、勧告して然るべきであるのに、そのような事実は窺われないし、また原告らが本件配転により採用時の職責とは全く異なる営業職に異動することになるにもかかわらず、その意向を全く聴取することなく、突然決定事項として本件配転を申し渡していること、異動先の営業部の上司である営業部長は、原告らと対立関係にあったCであり、同人は原告らに対し、いわゆる飛び込み販売のみの方法による営業を強い、しかも到底困難と解されるような売上目標を設定するなど、およそ教育的配慮の見られない処遇をしていること、本訴提起直前の平成16年3月25日に渡された競合他社使用先リストについても、実際の営業活動には役立たないものであり、何ら事態は改善されないばかりか、かえって原告らの営業活動の不振に対する非難の口実とされかねないものであり、かつその頃から原告らに対する嫌がらせに当たるような行為も一層度を増してきたことなどからすると、本件配転において、営業部を新たな配転先に選定したことは、被告の経営改善の方針の変更に伴って、原告らの雇用を継続することが不要となり、かえって、新たな方針の下では会社組織の障害となりかねないことから、原告らを退職に追い込む意図をもってしたものと推認される。そうすると、被告の原告らに対する本件配転は、被告の有する配転命令権を濫用するものとしてその効力を有しないというほかない。したがって、原告らは、本件配転が無効である以上、なお当初の職にあるというべきである。
3 原告らの精神的損害
本件配転が被告代表者らの故意過失によることは明らかであるから、原告らに対する不法行為を構成すると解されるところ、原告らがこれによって被った精神的損害についての慰謝料としては、各原告につき、それぞれ100万円とするのが相当と認められる。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例922号34頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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