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Y社配転降格事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
Y社配転降格事件(パワハラ)
事件番号
静岡地裁沼津支部 - 平成12年(ワ)第62号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社(被告A)、株式会社(被告B)
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年12月26日
判決決定区分
一部認容・一部却下・一部棄却(確定)
事件の概要
 被告Aは、各種プラスチック素材の製造販売等を行っているか会社、被告Bは被告Aのグループ会社で各種プラスチック素材の販売を行っており、原告は昭和50年11月、被告Aに入社して農業用プラスチック資材の販売に従事し、昭和63年に営業主任に昇格した後、平成4年8月に被告Bに出向し、沼津営業所プレート課において、同課主任として勤務していた。

 平成8、9年度の原告の売上実績は目標を大きく下回り、同営業所の他の社員と比較しても目標達成率が低かったことなどから、平成10年4月頃、客先担当の業務から外された。こうした中、被告Aは、原告をそのままにしておくと営業所全体の業績向上が望めないなどとして、同年12月29日、原告に対し小牧配送センターに異動させると口頭で通告し、平成11年1月5日、被告Aの常務取締役Mは、他の従業員の前で原告の異動を発表した。原告は同月18日、Mに対し、転勤命令には異議がある旨述べたが、被告Aは原告に対し、同年2月21日付けで小牧配送センターへ転勤を命ずる辞令を交付した(本件転勤命令)。被告Aは、同月24日、原告に対し速やかに着任するよう通知したが、原告はこれを拒否した。そこで同被告は、同年3月18日、原告に対し、本件転勤命令拒否を理由として諭旨解雇とし、退職願を提出しないときは懲戒解雇する旨通知したが、原告は退職願を提出しなかったため、被告Aは同月25日付けで原告を懲戒解雇とした。原告は本件懲戒解雇は不当であるとして、地位確認の仮処分の申立てをし、被告Aの従業員たる地位は認められたが、沼津営業所に勤務する地位については却下された。

 原告は、沼津営業所での実績は悪くなく、同僚よりも多少劣るのはMの非協力的態度に原因があること、被告らが原告を小牧配送センター切断工場の運営責任者にしようとしていなかったことは明らかであること、本件転勤命令に伴う総合職から専門職への資格変更によって年間約63万円の減収となること、営業職として採用された原告を異業種の倉庫管理業務に命じることは労働契約に反する上、総合職の原告を専門職へ降格することは労働契約の一方的不利益変更であること、更に原告が本件転勤命令に応ずる場合、単身赴任せざるを得ず、2子を抱えて生活が成り立たないことなどの理由を挙げて、原告が被る経済的、精神的不利益は過大であると主張した。更に原告は、平成6年頃から、Mは業績が上がらないのは原告ら一部の社員の責任であると罵倒し、退職を迫るなどしたことを主張し、本件転勤命令は無効であり、同転勤命令拒否を理由とする本件懲戒解雇も無効であるとして、沼津営業所で勤務する地位にあることの確認と賃金及び賞与の支払を求めた。
主文
1 原告が被告山宗株式会社に対して労働契約関係に基づく地位を有することを確認する。

2 原告の訴えのうち、この判決の確定の日の翌日以降に支払期日の到来する賃金等請求にかかる部分を却下する。

3 被告株式会社山宗は、原告に対し、金1583万4027円及びうち別紙1賃金債権目録の計欄記載の各金員に対する各支払年月日欄記載の翌日からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4 被告株式会社山宗は、原告に対し、平成13年9月からこの判決が確定するまで、毎月25日限り金42万6290円並びに毎年7月10日限り及び同12月10日限り金69万1580円を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用は全部被告らの負担とする。

7 この判決は、第3、4項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件懲戒解雇の有効性について

1)被告Aの就業規則15条1項には、同被告は業務上の都合により従業員に転勤、職場変更を命ずることができる旨の定めがあり、現に3度にわたり原告が被告らの営業所間を転勤したことがあること、2)両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を限定する旨の合意はなされなかったこと、3)被告らにおける従業員の資格区分は、平成7年3月21日施行の就業規則で初めて規定されたものであり、原告については、労働契約成立当初から営業担当総合職としての職種特定を明示ないし黙示の合意が成立していたとまで認めることはできないこと、以上の事情の下においては、被告Aは個別的同意なしに原告の勤務場所を決定し、転勤を命じて労務の提供を求める権限及び原告の職務を決定し、または職種変更を命じて営業職以外の職種への従事を求める権限を有すると解するのが相当である。

 そして、上記事情の下においては、使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所、職種を決定できるというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもない。しかし、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合でなければ、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。しかも、上記業務の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもって替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化等企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

 被告B沼津営業所プレート課における売上げ実績は、平成9年度以降赤字であり、平成10年度には営業損失が前年度比5倍以上に膨れ上がり、経費に占める人件費の割合が徐々に増えていること、山宗グループ全11カ所のプレート課の中で赤字を出していたのが唯一同営業所だけであったことを総合すれば、被告Bにおいては沼津営業所プレート課の営業不振を解消し黒字転換させることが喫緊の課題になっていたことは明らかである。そして、被告Aが建設した小牧のプラスチック切断工場は、同被告における重要な事業の一つに位置付けられていたのであるから、他の部署に配属されている被告らの従業員のうち、何人かをもって同工場の専従従業員に充てることは必要かつ合理的な措置であったということができる。そうだとすると、業績不振の赤字部署である沼津営業所の業態改善を目的として、同営業所所属の従業員1名を異動させ、新規事業である小牧工場専属とする転勤命令をすることは、被告らにとって、労働力の適正配置、業務の能率増進等企業の合理的運営に寄与するものといえ、上記配転命令は業務上の必要に基づくものと認められる。

 また、平成8、9年度における原告の営業成績は、被告B沼津営業所営業職員の中で主任としてふさわしいものでないだけでなく、営業職員としても決して十分な成績を上げていなかったことは明らかであり、原告は以前、担当得意先2社との価格交渉を決裂させ、発注を打ち切られたことがある外、回収不能債権を生じさせたこともある。他方、原告は本件転勤命令により、単身赴任、専門職への資格変更、賃金減額等が予想され、その生活関係上少なからぬ不利益を受けることは否定できないが、転勤命令自体に職務上の必要性が認められるのであるから、上記不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものとまではいえないというべきである。しかも、被告Aとしては、原告を切断工場の運営責任者として処遇することを決定していたのであるから、原告が約23年間営業以外の職務に従事したことがないとはいえ、本件転勤命令による職種の変更が直ちに原告に対し著しい不利益を生じさせるものということはできない。そうだとすると、被告沼津営業所における人事刷新、業態改善の方策として、1名を上記切断工場に転勤させるとした場合、原告をもって充てることは、合理的な判断ということはできる。

 そうすると、本件転勤命令は、業務上の必要に応じてなされた合理的なものと認めるのが相当であり、同転勤命令が、他の不当な動機・目的をもってなされたと認めることはできないし、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めることもできない。したがって、本件転勤命令は、これをもって転勤命令権の濫用と評価することはできず、有効なものというべきである。

 しかしながら、1)本件転勤命令の内示を行う際、転勤後直ちには賃金の減額はなく、将来的にも年間15万円程度の賃金減に止まるはずだったにもかかわらず、常務取締役Mは上記事実を正確に伝えることなく、単に「小牧配送センターの倉庫係として転勤することは決まった」と告げただけであり、原告から転勤後の賃金を尋ねられても「大幅ダウンになる」と述べて、原告の処遇について正確な情報提供をせず、原告に実際よりも多大な不利益を生ぜしめるとの誤解を形成させたこと、2)Mは、本件配転命令の際、原告の代わりの人員が補充され、原告が同センターで受け入れられない可能性がある旨原告に告げたこと、3)同命令が発令されること自体が未だ決定されていない平成10年11月頃、Mが原告の担当営業業務を全て奪い、仕事がないから同月中に退職するよう勧奨する等露骨な嫌がらせ行為を行い始めていたこと、4)平成10年度下半期の売上目標設定の際、原告がMから目標を達成できなければ退職してもらうと告げられていたこと、以上の諸事実からすれば、本件転勤命令を発するに当たってMから原告に対してされた説明は、不正確かつ原告の不安を徒に煽る形で行われたというべきであって、原告が同命令に従って転勤した場合、余剰人員として仕事のない部署に配置され、賃金が大幅に下げられた上、早期退職に追い込まれると考えたとしても無理からぬ状況にあったというべきである。その上、被告らは、平成11年2月2日、本社から財務部長を派遣して、原告に対し同命令に従うよう説得を図ったが、その際も不正確な情報を訂正しなかったこと等を考え併せると、原告は、賃金ダウンの幅が年間約15万円に止まり、原告は同センターでは運営責任者として処遇されるといった事実を聞かされることがなかったのである。そうだとすれば、原告が、本件転勤命令に従った場合に生じる不利益が著しいとして、これを違法無効な命令と捉え、同年2月21日以降の同センターへの出勤を拒否したことは、やむを得ないと解さざるを得ない。

以上によれば、本件転勤命令が業務上の必要に応じた合理的なものであるとしても、原告は、その発令状況から、転勤後の自らの地位、待遇に強い不安を抱くのも無理からぬ状態に置かれた上、被告Aは、原告からの再三の説明要求にもかかわらず、同転勤命令の合理性につき真摯に説明を行わず、むしろ専ら誤解を招く方法で説明したのであって、同転勤命令を拒否してもやむを得ない事情にあったと評価し得る。したがって、被告Aが、原告が同転勤命令に従わず、小牧配送センターに出勤しなかったことをもって、業務上の命令に違反したとして、就業規則に基づく懲戒処分として諭旨解雇としたことは原告にとって極めて苛酷、かつ不合理なものというべきであり、その諭旨解雇には理由がなく、同解雇の意思表示は社会観念上相当なものとして是認することはできない。よって、同諭旨解雇に従い一定期間内に退職届を提出しないことに基づいてされた本件懲戒解雇による解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になると解するのが相当である。

2 賃金等請求権の有無について

 被告Bは、原告に対し、本件仮処分決定により命じられた金員の仮払を行っていることが認められるから、本判決主文において、原告が被告Aに対して労働契約関係に基づく地位を有することが確認されることにより、被告Bが、その地位に基づく賃金の支払いを任意に履行しないであろうことを認めるには足りないから、本判決確定以降における賃金の支払いを予め請求することはできない。したがって、原告の同被告に対する将来の賃金の支払請求のうち、本判決確定の日の翌日以降に支払期日が到来する部分については、訴えの利益を欠き、不適法というべきである。

 本件懲戒解雇は無効であるから、原告は民法534条2項に基づき、基本給及び家族手当、住宅手当、職能給の賃金請求権を有する。また、賞与については、冬期の2回支給された実績があるから、基本給、職能給合計の平均支給月分相当額を支払うべきことは、原告及び被告B間における労働契約の一部となっていると認めるのが相当であり、原告は上記賃金請求権と同様、民法536条2項に基づき、平成11年から同13年までの間は、平均支給月数の、それ以降本判決が確定するまでは、特段の事情がない限り、それまでの支給実績に照らし、少なくとも基本給、職能給合計の各2ヶ月分の賞与の請求権を有するものというべきである。

3 被告B沼津営業所に勤務する地位の確認請求について

 被告両会社が独立の法人格を有し、賃金等の支払が被告Bからなされていたとしても、被告両会社間の労働条件に差異がなく、人的・資本的な結びつきが強い上、出向元である被告Aが被告Bへの出向、出向後の勤務場所の指定、被告Aへの復帰の決定等の人事権を掌握していることが窺えるから、原告の平成4年8月の被告Bへの出向は転籍ではなく、被告A内部の配置換えないし転勤命令と同一とみるのが相当である。すると原告は、被告Bへの出向後においても、被告Aとの間で労働契約上の地位を有していると認められ、本件懲戒解雇が無効である以上、現在においても同様である。

 しかしながら、本件転勤命令は業務上の必要に応じてなされた合理的な業務命令であるから、本件懲戒解雇が無効であるとしても、平成11年2月21日以降は被告Aの小牧配送センターに勤務する地位にあったのであって、原職である被告B沼津営業所で勤務する地位にはないことが明らかである。よって、原告の地位確認請求は、被告Aとの間で労働契約関係に基づく地位を有するとの範囲においてのみ理由があり、その余は理由がない。
適用法規・条文
民法536条2項
収録文献(出典)
労働判例836号132頁
その他特記事項