判例データベース

王子労基署長(重機会社)くも膜下出血事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
王子労基署長(重機会社)くも膜下出血事件
事件番号
東京地裁 - 昭和62年(行ウ)第28号
当事者
原告 個人1名
被告 王子労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年12月13日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告(昭和8年性)は、昭和55年3月14日、勤務先の工場において、ボール盤で穴あけ作業に従事中、芯合わせのためかがみ込んでいたところ、ボール盤のハンドルが落下し、原告の頭部を強打した(本件事故)。原告は本件事故後定時まで勤務し、翌日以降も同月19日まで通常通り勤務についていた。また原告は、同月21日自宅で転倒し、翌22日病院で受診して検査、治療を受けたが、同年4月7日転院し、脳動脈瘤クリッピング術を受けた。
 原告は、本件くも膜下出血は業務に起因するとして、被告に対し、昭和57年3月9日付けで療養補償給付及び休業補償給付を請求したところ、被告は同年9月7日付けで、これらを不支給とする決定をしたことから、原告はこの決定の取消を求めて本訴を提起した。
主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 労働者災害補償保険法1条にいう「業務上の事由による労働者の負傷、疾病、障害」に該当する場合及び労働基準法75条1項にいう「業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」とは、右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係があることをいうと解すべきである。

 原告は、本件事故前ほとんど欠勤したことがなく、高血圧症や病的な動脈硬化もなかった。また、原告は、本件事故以前に本件事故と同様にハンドルが落下して頭部を打撲したことが年に1、2回あり、そのときは激痛があったが、出血等はなく、瘤ができる程度であった。

 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の誘因は種々あるが、その原因が明らかでない場合もある。また、一般に、頭部を打撲したことにより一時的に高血圧となり脳動脈瘤が破裂することはあり得ることである。本件事故の衝撃力は、原告の姿勢、ハンドルが原告の頭部に当たった角度、当たったハンドルの箇所等により異なるが、これらを確定し得る的確な証拠はなく、その衝撃力がどの程度であったのか明らかではない。しかし、本件事故により原告が失神したり、切創、挫創、頭部外傷による出血があったことは認められず、その衝撃により外傷性くも膜下出血が起きたことを認めることはできない。また、本件事故より直接3月21日に原告の脳動脈瘤が破裂したと認めることのできる証拠はない。

 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は、初回発作に引き続き再発する例が多く、再発例の多くが初発後2週間以内に起きているのであるが、本件事故直後及びその後3月21日朝までの原告の症状が脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血に見られる一般的初発症状とは異なること、原告が本件事故後3月19日まで通常に勤務していること、3月21日午前中の用便直後の頭痛・嘔吐等の症状、医学的検査の結果原告の脳動脈瘤が4月14日には長径8mm、最大径6mmであり、自然に破裂する可能性のある大きさであったことから、これが自然増悪して3月21日頃に破裂した可能性も否定できないこと等を総合すると、3月21日より前の時点で原告の脳動脈瘤が既に破裂していた可能性を全く否定することはできないが、その蓋然性は3月21日頃に破裂したことに比べると極めて少ないというべきであるから、本件事故により原告の脳動脈瘤が破裂し、更に再発作により本件疾病が起きたものと判断することはできない。

 原告は、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」に照らしても、本件疾病の業務起因性が認められるべきであると主張する。しかし、原告の脳動脈瘤が昭和55年3月21日頃に初めて破裂してくも膜下出血を起こした蓋然性が高く、原告の本件事故後くも膜下出血が明白に認められる同日までの間の症状は、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血に見られる一般的な初発症状とは異なるものであって、右通達に定める1)負傷による損傷又は症状と発症した疾病との間に部位的又は機能的な関連が医学上認められること、2)負傷から症状の出現までの時間的経過が医学上妥当なものであることの要件を欠くものといわざるを得ないから、原告の右主張は採用することができない。
適用法規・条文
労災保険法7条1項、13条、14条
収録文献(出典)
労働判例575号6頁
その他特記事項
本件は控訴された。