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王子労基署長(重機会社)くも膜下出血控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 王子労基署長(重機会社)くも膜下出血控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成2年(行コ)第177号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 王子労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1992年07月30日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告)は、昭和55年3月14日、勤務先の工場において、ボール盤で穴あけ作業に従事中、芯合わせのためかがみ込んでいたところ、ボール盤のハンドルが落下し、頭部を強打した(本件事故)。また控訴人は、同月21日自宅で転倒し、翌22日病院で受診して検査、治療を受けたが、同年4月7日転院し、脳動脈瘤クリッピング術を受けた。
控訴人は、本件疾病により受診するまで10年間以上にわたり内科的疾患で診療を受けたことはなく、昭和50年頃に受けた健康診断でも異常は指摘されなかった。本件事故が発生した日の直前頃、控訴人は残業ないし休日出勤はしておらず、当日も本件事故まで格別身体に変調はなく、作業は平生と同じ内容であり、上司、同僚との間に格別のトラブル等はなかった。控訴人は、本件事故以降も同月19日まで毎日出勤し、通常通りの作業に従事したが、頭部の痛みは消失していたものの、その後も頭が重くぼうっとした状態が続いた。同月21日控訴人は気分が悪かったので欠勤し、自宅で静養していたが、午前10時30分頃に用便を済ませた直後、便所の前の廊下で転倒し、後頭部を打撲した。その直後から控訴人は激しい頭痛があり、嘔吐、悪寒がしたが、医師の診察はうけないまま自宅で過ごした。
翌22日、控訴人は病院で受診し、血圧は160-110と高かったものの、頭部に異常は見られず、更に同月24日に受診したが、血圧が170-110と高かったことなどから入院した。控訴人は、同年4月7日に転院し、くも膜下出血と診断され、右前側頭の開頭手術を受け、右中大脳動脈瘤の動脈瘤のクリッピング術が施され、その後も言語障害、左半身麻痺、精神障害があり、通院治療を続けた。
控訴人は、本件くも膜下出血は業務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し、昭和57年3月9日付けで療養補償給付及び休業補償給付を請求したところ、被控訴人は同年9月7日付けで、これらを不支給とする決定をしたため、控訴人はこの決定の取消を求めて本訴を提起した。
第1審では、控訴人の発症は業務に起因するものではないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人に対して昭和57年9月7日付けでした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付をそれぞれ支給しない旨の各決定並びに昭和58年6月29日付けでした各療養補償給付支給決定の各取消決定をいずれも取り消す。
訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法7条1項1号にいう「労働者の業務上の疾病」とは、労働者の疾病が業務を原因として生じたものであり、業務との間に相当因果関係がある場合をいうと解すべきである。
脳動脈瘤破裂による特発性くも膜下出血は特別な外的ストレスの関与なしにも起こり得るものではあるが、頭部強打という強い外的ストレスはその発症を促す強い要因になり得るものといってよい。本件事故による頭部強打は日常生活の中で通常見られる他のストレスとは比較にならないほどの強度のものであり、これによる強い身体的負荷は一時的に急激な血圧上昇を生じさせることによって脳動脈瘤破裂の原因となり得るものというべきであり、このことに加え、控訴人について本件事故後から身体的変調が続いており、それらが脳動脈瘤破裂による持続性くも膜下出血の症状と一致すること並びに医師の意見を総合すると、本件事故の際の頭部強打により控訴人に急激な一過性の血圧上昇が生じ、そのために中大脳動脈瘤に小破綻が生じ軽微な出血が発生する初回発作があり、その後、同月21日用便を済ませた直後、控訴人が転倒した際、再発作があって右脳動脈瘤が再度破裂し、出血したものと認めるのが相当である。
以上のとおりであるから、控訴人の本件疾病は本件事故に起因するものというべきである。したがって、控訴人の本件疾病が業務に起因するものではないとしてされた被控訴人の本件各処分は違法というべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、13条、14条
- 収録文献(出典)
- 労働判例613号11頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 - 昭和62年(行ウ)第28号 | 棄却 | 1990年12月13日 |
東京高裁 - 平成2年(行コ)第177号 | 原判決取消(控訴認容) | 1992年07月30日 |