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札幌中央労基署長(通運会社)脳出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
札幌中央労基署長(通運会社)脳出血死事件
事件番号
札幌地裁 - 昭和57年(行ウ)第6号
当事者
原告 個人1名
被告 札幌中央労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1993年03月22日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 Aは、昭和39年1月S通運株式会社(S社)桑園支店に正式採用になり、昭和48年11月、同支店の車両班長及び運行管理者となった。

 Aは、毎朝7時20分頃出社し、前日の運転日報の整理、当日の配車と配置の確認、朝礼での注意事項の伝達、始業点検の立会い、運転手の健康状況、車両状況の点検等を行った後、8時40分頃には現場へ出発した。現場での作業は主に引越作業であり、その他重量物運搬、引越下見等があった。S社の運行車両は、通常午後6時ないし6時30分には帰ってきたが、地方へ出ている車両は午後10時近くなることもあり、Aは運行管理者としての責任から、全車が帰るまで待っていたので、帰宅はほぼ午後8時前ということはなかったという証言がある一方、午後7時頃には退社していたとの証言もあるところ、午後7時を超えて残業していたことは認定できなかった。

 昭和54年7月2日、Aは国鉄駅構内において、同僚Hとともに午前9時頃からレールの積卸し作業を開始した。この作業は、貨車に積載されていた10mのレール9本と12mのレール3本(1m当たりの重量50kg)を金てこで押して貨車側板上を移動させてホームの上に降ろし、ホームのコンクリート上をレールの端の穴に金てこを差し込み回転させて移動させ、集積場所に並べた枕木の上に金てこでしゃくり上げて並列に置くというもの(本件作業)であった。本件作業を開始してから約1時間40分後、最後のレールの移動に従事して、レールの穴に金てこを入れ、Hと2人でレールを回転させた瞬間、Aは金てこから手を離し、よろよろ歩いてそのまま座るようにした仰向けの状態となりホーム上に倒れ、病院に運ばれたが、同日午前11時5分頃、脳出血により死亡した。

 Aの妻である原告は、高度の疾病抵抗力の低下状態にあったAにとって、死亡当日の作業は、怒責を強め、血圧の急上昇を招くとともに、精神的緊張を極度に高めるものであったことから、これが原因となって死に至らしめたものであって、Aの死亡は業務に起因するものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づく療養補償給付、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は、本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 Aの脳出血の原因としては、1)高血圧性脳出血と、2)脳動脈瘤や脳血管奇形等の器質的異常の存在の2つが考えられる。1)の発症原因は、脳内動脈の破綻であり、加齢、高血圧、血流変化に起因する動脈壁の脆弱性が存在するところに、激しい運動、排便その他の力みに伴う怒責による血圧上昇が誘因となって発生する。2)のうち、脳動脈瘤は、先天的要因に動脈硬化性変化、加齢、血行力学的負荷などの後天的要因が加味されて生じ、全人口の1から2パーセントに存在し、40歳から60歳に多く、その破裂の引き金となるのは急激な血圧上昇である。脳血管奇形は先天的要因によるものであり、その出血は20歳から40歳に多く、脳出血は、それを準備する脳血管の病変が存在するところに、何らかのきっかけが加わって血管が破綻することによって生じる。

 本件では、死亡確認後脳脊髄液を採取したところ、強い血性であったことと、発症後直ちに意識消失、呼吸停止に至り、死亡までの時間が20分余りと極めて短いことから、脳内の中枢部分である脳幹が直接破損されたことが考えられ、A死亡の原因としては、高血圧性橋出血が生じたか、脳幹内に存在した血管奇形の出血により直接脳幹が損傷されたか、脳動脈瘤が破裂して脳並びに脳室内へ穿破し、大量の脳室内出血を起こしたか、そのいずれかの可能性がある。



 Aの車両班長及び運行管理者としての業務は、昭和53年10月まではかなり過重なものであったと認められるが、その後は午前7時30分頃に出社し、午後5時30分から1時間30分ほどの残業を行って、車両班長及び運行管理者としての業務を行っていたと認められる。そして、昭和54年6月1日から7月1日までの間のAの業務は、1ヶ月の休日5日間のうち、実際の休みが3日間で、あとの2日間は出勤して引越作業を行い、本件死亡日まで8日間連続勤務をし、その前も1日の休みを挟み8日間連続勤務、1日の休みを挟み11日間連続勤務という状態が続き、その勤務時間は午前7時30分頃から午後7時頃までであり、午後8時以降の残業も3回行っていたということになる。そうすると、Aの死亡前1ヶ月の業務は、著しく過重であったとはいえないものの、通常の業務に較べると過重な点があったことは否定できないといわねばならない。



 Aは、死亡当日行ったレールの移動作業について初心者であったとは認められず、従前右作業に従事した経験を有していた者であった。また、当日の作業もHが作業手順を何ら説明することなく始めたが、Aは右作業を順調に行い、HにおいてAが見劣りしない作業を行っていて、作業中ずっとAが右作業の経験者であると感じていたことが認められる。そして、AとHが行った当日の作業が特殊な作業であるとも認められないから、これらの事情からすると、金てこ引抜作業の危険性を考えても、Aにとっては右作業が過重なものであったと認めることもできない。
 以上によれば、Aの行っていた通常の業務がAの健康に悪い影響を与える程に過重なものであったとか、死亡当日のレール移動作業についても、Aにとっては過重な作業であったとは認められない。したがって、Aがレール移動作業中に死亡した事実をもって、Aの脳出血による死亡が右レール移動作業に内在もしくは随伴する危険性の発現とは評価し難く、右死亡と業務との間に相当因果関係があると認めることは困難である。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例645号69頁
その他特記事項