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大衆割烹新入社員急性心不全死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大衆割烹新入社員急性心不全死控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 平成22年(ネ)第1907号
当事者
控訴人(甲事件被告) 株式会社
控訴人(乙事件被告) 個人4名 C、D、E、F
被控訴人(甲・乙事件原告) 個人2名 A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年05月25日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
 控訴人(第1審被告)会社は、大衆割烹等を経営しており、本件事故当時、控訴人Cはその代表取締役社長、同Dは専務取締役、同Eは常務取締第一支社長、同Fは常務取締役管理部長の地位にあった者であり、甲は平成19年4月、新入社員として控訴人会社に入社し、P店で勤務していた者である。

 P店の従業員の労働時間は月間300時間を超えることがしばしばあり、350時間を超えることもあるなど長時間労働が恒常化していた。控訴人会社の三六協定では、1日3時間、1月45時間、1年360時間を限度としていたが、特別の事情がある場合には、1月100時間を年間6回、1年750時間を限度に延長できることになっていた。また最低月間支給額19万4500円には月間80時間の時間外労働が含まれていた。

 甲は、平成19年8月11日、自宅において急性心機能不全を発症し、24歳で死亡したところ、労働基準監督署長は、甲の死亡は過重な業務によるものであるとして業務上災害と認定した。甲の両親である原告A及び同Bは、甲は著しく過重な業務により死亡したとして、甲に係る分として8972万円余、原告A、原告Bに係る分として、それぞれ、600万円、450万円の損害賠償を請求した。
 第1審では、控訴人会社の安全配慮義務違反と甲の死亡との間には相当因果関係があり、控訴人らは不法行為上の責任を負うとして、慰謝料2300万円を含む総額7858万円余の損害賠償を認めたことから、控訴人らはこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
判決要旨
 当裁判所も、被控訴人らの請求は、少なくとも原判決が認容した限度において理由があるから正当としてこれを認容すべきものと判断する。

1 取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社が使用者としての配慮義務に反して、労働者の生命、健康を損なう事態を招くことがないよう注意する義務を負い、これを懈怠して労働者に損害を与えた場合には会社法429条1項の責任を負うと解するのが相当である。人事管理部の上部組織である管理本部長であった控訴人Fや店舗本部長であった控訴人D、店舗本部の下部組織である第一支社長であった控訴人Eは、P店における労働者の労働状況を認識することが十分容易な立場にあったし、その認識をもとに、労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたということができ、また控訴人Cも代表取締役として同様の義務を負っていたということができる。しかるに、控訴人取締役らが控訴人会社をして、労働者の生命・健康を損なうことがないよう体制を構築させ、長時間労働による過重労働を抑制させる措置をとらせていたとは認められない。

 控訴人会社は、基本給の中に時間外労働80時間分を組み込んでいたため、恒常的に1ヶ月80時間を超える時間外労働に従事する者が多数出現しがちであった。また、控訴人会社の三六協定においては、現実には特別事情とは無関係に恒常的に三六協定に定める時間外労働を超える時間外労働がなされており、このような全社的な従業員の長時間労働については、控訴人取締役らは認識していたか、極めて容易に認識できたと考えられる。しかるに、社員に配布されていた社員心得では、出勤30分前、退社は30分後にすることが強調されているが、健康管理の必要性については何ら触れられていない。また店長に配布されている店舗管理マニュアルには、社員の長時間労働の抑制に関する記載は全く存在していない。人事管理部においても勤務時間のチェックは任務に入っておらず、人事担当者による新入社員の個別面談においても、長時間労働の抑制に関して点検を行ったことを認めるべき証拠はない。

 以上のとおり、控訴人取締役らは、悪意又は重大な過失により、会社が行うべき労働者の生命・健康を損なうことがないような体制の構築と長時間労働の是正方策の実行に関して任務懈怠があったことは明らかであり、その結果甲の死亡という結果を招いたのであるから、会社法429条1項に基づく責任を負うというべきである。控訴人取締役らは、甲が早朝出勤していたのは個人的事情であると主張するが、会社として早朝勤務を禁じるのであれば、その旨直截に伝える方法を採るべきであったのにこれを採らなかったのは、店長や調理長にもその認識が乏しかったためであると考えられる。

2 業務と死亡との因果関係

 控訴人らは、甲の業務の負担が軽いものであったこと、甲の睡眠不足は、飲酒・パチンコ等甲自身の自己管理が不十分であることによるものであるから、仮に重篤な心疾患発症に業務起因性があるとしても、その寄与割合は相当程度減ぜられるべきであると主張するが、甲の自己管理の不十分さを認めるに足りる証拠は存在しない。

3 控訴人会社の責任

 控訴人会社の新卒採用募集概要を前提とすると、新入社員からみると、初任給として19万4500円が支給されるものと認識し、その金額を得るために80時間もの時間外労働を要するものとは認識できない。したがって、少なくとも一般職に関する限り、このような給与体系は、単に社員の募集に当たり給与条件を実際以上に良く見せるためだけに作用するにすぎず、長時間労働の抑制に働くとはいえないものであって、80時間の時間外労働を組み込んだ給与体系と評価されてもやむを得ないものである。

 三六協定の時間外労働の特別延長に関する制度は、特別の事情が生じた場合を想定したものであるが、実際には控訴人会社においては、特段の繁忙期でもない月においても特別延長の時間外労働の状況が毎月続いており、更に特別延長条項をもってしても許されない100時間を超える時間外労働をさせていることさえある。したがって、本件特別延長条項が存在する故に控訴人会社の時間外労働が増えたというより、過大な時間外労働を行わせることが常態として存在しており、それを少しでも法的に許される形にするために本件特別延長条項が存在するが、それでも賄いきれない労働状況にあったという方が実情に近いと考えられる。したがって、本件三六協定の存在のみが問題となるのではなく、むしろ、控訴人会社が、社員の恒常的な過大時間外労働の実情について認識しつつ、あるいは極めて容易に認識できたにもかかわらず、これを放置し、何ら実効性のある改善策をとって来なかったことこそが安全配慮義務違反の主たる内容と考えられる。

 控訴人らが主張するとおり、現行労災認定基準は労働時間の規制とは異なる局面で作用するものであるから、特別延長時間を定める三六協定の存在がそのことのみで違法と評価されるものではない。しかしながら、雇用契約上の安全配慮義務という法的局面においては、単に使用者が行政法規を守っていさえすれば、安全配慮義務違反にならないというものではない。したがって、控訴人会社としては、現行認定基準をも考慮に入れて、社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されており、その際、現実に社員が長時間労働を行っていることを認識し、あるいは容易に認識可能であったにもかかわらず、長時間労働による災害から労働者を守るために適切な措置をとらなかったことによって災害が発生すれば、安全配慮義務に違反したと評価されることは当然のことである。

 当裁判所は、控訴人会社が入社直後の健康診断を実施していなかったことが安全配慮義務違反であると判断するものではない。しかしながら、健康診断により、外見のみからはわからない社員の健康に関する何らかの問題徴候が発見されることもあり、それが疾患の発症にまで至ることを避けるために業務上の配慮を行う必要がある場合もあるのである。新入社員の健康診断は必ずしも一斉に行わなければならないものではなく、適宜の方法で行うことが可能なのであるから、控訴人会社が入社時の健康診断を行わなかったことを、社員の健康に関する安全配慮義務への視点の弱さを表す事実の一つとして指摘することは不当ではない。

 控訴人らは、甲の生前に控訴人会社が甲に心疾患による重篤な症状が生ずることを予見することは不可能である旨主張する。しかしながら、専門委員会報告は、本件と同様の心疾患発生の医学的機序が不明とされる事案においても長時間労働と災害との因果関係の重要性を認めるものであるところ、多数の社員に長時間労働をさせておれば、そのような疾患が誰かに発生し得る蓋然性は予見できるのであるから、現実に疾患がどの個人に発生するかまで予見しなくとも、災害発生の予見可能性はあったと考えるべきである。

4 控訴人取締役らの責任について

 当裁判所は、控訴人会社の安全配慮義務違反の内容として給与体系や三六協定の状況のみを取り上げているのではなく、控訴人会社の労働者の至高の法益である生命・健康の重大さに鑑みて、これにより高い価値を置くべきであると考慮するものであって、控訴人会社において現実に全社的かつ恒常的に存在していた社員の長時間労働について、これを抑制する措置がとられていなかったことをもって安全配慮義務違反と判断しており、控訴人取締役らの責任についても、現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず、控訴人会社にこれを放置させ是正させるための措置をとらせていなかったことをもって善管注意義務違反があると判断するものであるから、控訴人取締役らの責任を否定する控訴人らの主張は失当である。

 控訴人F、同D及び同Eは業務執行全般を行う代表取締役ではないものの、甲の勤務実態を容易に認識し得る立場にあるのであるから、控訴人会社の労働者の極めて重大な法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは明らかであり、この点の義務懈怠において悪意又は重過失が認められる。そして、控訴人Cは代表取締役であり、自ら業務執行全般を担当する権限がある上、仮に過重労働の抑制等の事項については他の控訴人らに任せていたとしても、それによって自らの注意義務を免れることができないことは明らかである。また、人件費が営業費用の大きな部分を占める外食産業においては、会社で稼働する労働者をいかに有効に活用し、その持てる力を最大限に引き出していくかという点が経営における最大の関心事の一つとなっていると考えられるところ、自社の労働者の勤務実態について控訴人取締役らが極めて深い関心を寄せているであろうことは当然であって、責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を講じる義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不孝にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお、不法行為責任についても同断である。
適用法規・条文
民法415条、709条、715条1項、会社法429条1項
収録文献(出典)
労働判例1033号24頁
その他特記事項
本件は上告された。