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地公災基金宮崎県支部長(高校教諭)脳血管障害死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金宮崎県支部長(高校教諭)脳血管障害死控訴事件
事件番号
福岡高裁宮崎支部 - 平成8年(行コ)第2号
当事者
 控訴人 地方公務員際災害償基金宮崎県支部長
 被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年06月19日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
 T(昭和17年生)は、昭和41年4月に教員として採用され、昭和49年4月から県立日向工業高校の保健体育科教諭として勤務し、昭和57年4月から昭和60年3月まで生活指導部主任を、同年4月から昭和61年3月まで生活指導部風紀係を、同年4月からは生活指導部活動係、保健体育部保健係・庶務係、図書選定委員、部活動委員及び生徒派遣委員を務めてきた。

 日向工業高校は、いわゆる荒れた状態にあり、その指導は困難を極めたため、同校では生活指導教員には学級担任を免除するという異例の措置が採られていた。Tは、昭和61年4月風紀係から部活動係に替わり、従来の生活指導に加え、部活動関係の仕事も処理しなければならないこととなった。

 昭和61年4月中旬頃、高校総体が同年6月1日から4日まで開催されることが決まり、Tはその準備に取り組み、その約8割を受け持ったほか、サッカー部顧問として高校総体参加のための準備を行った。Tは、高校総体期間中、生徒及び教員の取りまとめ役となり、またサッカーの試合では監督を務めたほか、他校間の試合では線審を務めるなどした。Tは、同月3日年休を取って他校間の試合を見学した後帰宅し、翌4日は代休を取ったが、午後に生徒宅を監視、打合せなどして、午後7時40分頃帰宅した。

 Tは、翌5日、午前8時50分頃授業を開始したが、頭痛のため自習を命じて教室を退出した。Tは激しい頭痛のため、体育教官室のソファに横になり、午前9時23分頃救急車で病院に搬送され、その後も呼吸失調ないし無呼吸状態に陥るなどし、同月7日に脳血管疾患により死亡した。

 Tの妻である被控訴人(第1審原告)は、Tの死亡が公務災害であるとして、地公災法に基づき、控訴人(第1審被告)に対し、公務災害認定請求をしたが、控訴人は公務外認定処分(本件処分)をした。そこで被控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。

 第1審では、Tの死亡を公務に起因するものと認め、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
1 公務上外の判定基準

 地公災法31条及び42条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾患と公務との間に相当因果関係があることが必要であり、その負傷又は疾患が原因して死亡事故が発生した場合でなければならない。そして、負傷又は疾病と当該公務との間の相当因果関係は、経験則、医学的知見等に照らして、その負傷又は疾病が当該公務に内在又は随伴する危険の現実化したものと認められる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、また負傷又は疾病が当該公務に内在又は随伴する危険の現実化したものと認められる関係にあるというためには、当該公務が他の原因と比較して相対的に有力な原因となっている関係が認められることが必要であるというべきである。

 ところで、脳血管疾患又は虚血性心疾患等は、医学的にも特定の公務が発症の素地となる血管病変等の形成に直接関わるものとは認められていない。しかし、かような疾患でも当該公務が質的又は量的に過重であり、過重な精神的・肉体的負荷を生じるものであるため、血管病変等の基礎的疾患をその自然的経過を超えて増悪させ、脳血管疾患等を発症させたと認められる場合には、公務に内在又は随伴する危険が顕在化し、公務が相対的に有力な原因となってそれらの疾病を発症させたものとして、当該公務と負傷又は疾病との間に相当因果関係が認められることになる。しかるところ、当該公務が質的又は量的に過重であるかどうかは、当該職員が従事していた日常の業務内容及び同種若しくは類似職種における職員の一般的、平均的な業務内容等を比較検討し、社会通念に照らして質的又は量的に過重な精神的・身体的負荷を生じさせると客観的に認められる内容の公務かどうかをもって判断すべきである。

2 Tの公務の過重性

 Tの形式的な公務分掌上の職務のみでは、その業務は過重といえないものの、具体的個別的な事情を考慮に入れると、次に判断するとおり、Tの公務は、一般的な宮崎県立高校の教諭の業務内容等のTと同種若しくは類似職種における職員の一般的、平均的な業務内容等と比較し、質的量的に過重なものであったと認められる。

 Tが生活指導部を担当し始めた昭和57年4月以降をみると、平日の勤務が11時間程度となることが多く、緊急の案件があった場合にはそれを超える場合も稀ではなかったこと、土曜日も平日に準じた労働時間を費やしていたこと、したがって、平均的な実労働時間は週60時間以上であったこと、その間の労働も、当時の日向工業高校の状況からして多大な精神的ストレスを生じる生活指導業務を中心になって精力的にこなしていたこと、そのため帰宅後や休日に生活指導のために呼び出されることが少なくなく、また休日を返上してサッカー部顧問としての活動をせざるを得ない場合も少なくなかったことを総合勘案すると、Tは継続してかなり過重な公務に従事していたと認めるのが相当である。

 昭和61年4月以降の公務の過重性についてみると、Tは同年4月から6月までの高校総体の準備の中心的役割を担い、平均的な実労働時間が週60時間以上であったこと、その間も生活指導にも相当程度関与していたこと、特に同年6月1日から3日までは高校総体に同校のまとめ役として参加した他、自校の部員を引率し、その監督を務めたばかりか、線審を2度努めたこと、年休を取った4日にも学校を訪れ、生徒指導に関連し、PTA副会長と面談し、生徒宅の監視等をしていたことからすると、それまでに蓄積された精神的・身体的疲労が回復しなかったものと解される。したがって、Tの昭和57年4月以降の公務を総合すると、4年間以上量的、質的にかなり過重な校務が継続したものと認められる。

3 Tの公務と脳出血の因果関係

 Tについては、量的、質的にかなり過重な公務が4年もの長期にわたって継続したこと、公務が過重となった時期と高血圧症の程度の悪化が早まった時期が一致していること、発症直前の高校総体関係の業務は従前の職務に加重されたものであり、高校総体期間中の職務も従前の職務を特に軽減するものではなかったことからすると、Tの高血圧症、動脈硬化の発症、悪化及びそれらを原因とする脳出血による死亡にTの公務が原因の1つになっている蓋然性は認められるから、公務と脳出血による死亡との間には条件関係があり、公務がTの死亡の共働原因となっていることは明らかである。

 そこで、Tの脳出血の発症がその公務に内在又は随伴する危険が現実化したものといえるか、即ち、公務が右発症の相対的に有力な原因といえるかを検討するに、Tの高血圧の遺伝的素因、相当程度の喫煙、加齢は高血圧及び動脈硬化の悪化に影響が少なくないと認められるものの、他に想定される要因である肥満の程度は軽く、その影響は低いと解されること、不完全ながら一定の食塩制限をしており、少なくとも平均的な食事に比べると食塩は制限されていると確認できること、飲酒はあるものの、その程度は1日焼酎1合程度に過ぎず、日本酒に換算しても高血圧ないし脳卒中への影響が比較的低いとされていることからすると、他に想定される要因の影響は低いと考えられ、加齢は必然的なものである上、喫煙も通常人の生活で予想される程度のものであって、それらを過大評価することは相当でないこと、遺伝的素因は認められるものの、高血圧が悪化したのはかなり過重な公務に従事した時期頃からであって、その公務に従事するまでは境界性高血圧に過ぎなかったこと、公務の過重性の程度及びその継続期間が4年間と長期に亘り、その間何らの回復措置がとられなかったことを総合考慮すると、過重な公務がTの脳出血の相対的に有力な原因になったものであり、右発症は、Tが従事した公務に内在又は随伴する危険が現実化したものと認めるのが相当である。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条
収録文献(出典)
労働判例746号13頁
その他特記事項