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宮城(大手運送会社等)自殺事件

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
宮城(大手運送会社等)自殺事件
事件番号
仙台地裁 - 平成20年(ワ)第748号
当事者
原告 個人1名 
被告 株式会社(被告A)、株式会社(被告B)
業種
通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年04月20日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告Aは、貨物自動車運送業を主な目的とする会社、被告Bは労働者派遣を業とする会社であり、Mは平成12年7月に短期アルバイトとして被告Bに雇用され、被告Aの東北支店仙台店に配属になり、平成13年6月に被告Bの契約社員となった者である。

 Mは、遅くとも平成15年以降、被告A仙台店の構内において、貴重品係として顧客が指定した貴重品の仕分けを担当していた。貴重品係の具体的な業務内容は、専ら仙台店の貴重品室に待機し、作業員が持参する貴重品を受け取り、保管棚の所定位置に仕分けし、その後、その貴重品を取りに来た作業員にこれを手渡すというものであった。

 Mの勤務は常夜勤勤務であり、所定労働時間は午後7時から翌午前4時まで、週休1日制であり、平成17年9月から平成18年3月までの時間外労働時間数は、平成17年9月が69時間、10月が91時間15分、11月が81時間02分、12月が103時間09分、平成18年1月が35時間13分、2月が77時間41分、3月が26時間44分であった。

 Mは、平成18年2月頃、仕事から帰って来ると、疲れたなどと言うようになり、トイレに行く際に壁に体をぶつけながら歩くことがあり、同年3月頃、休みたくても休めないと言うことがあった。Mは同年3月に入って発熱等があり、同月8日、前日から10回以上の嘔吐があり、38度の発熱もあったため診察を受け、薬の処方を受けたところ、翌日には改善傾向が認められた。Mは、同月13日に6回、14日に2回下痢があり、吐き気、腹部不快感があったため、検査を受けたところ、十二指腸潰瘍、急性胃炎等の所見が認められた。

 Mは、同月27日午後零時50分、自宅内で首を吊って自殺をした。Mの母親である原告は、労働基準監督署長に対し、Mの自殺は業務上の事由によるとして、遺族補償一時金及び葬祭料の支給を請求したが、同署長はこれを不支給とする処分をした。原告はこれを不服として審査請求をしたが棄却され、再審査請求をしたところ不支給処分が取り消され、上記給付の支給を受けた。
 原告は、Mの自殺は恒常的な長時間労働や深夜労働等によるものであるから、被告らには安全配慮義務違反があったとして、被告らに対し、逸失利益7277万6945円、Mの慰謝料3000万円、原告固有の慰謝料1000万円、葬祭料150万円が相当であるところ、そのうち一部請求として8486万5376円、弁護士費用848万円を請求した。一方被告らは、安全配慮義務違反はないとして原告の主張を否定したほか、仮に同義務違反があったとしても、Mはうつ病であれば被告らに申告して欠勤ないし休養を図るべきところ、その義務を怠っていること、原告はMと同居しながら、うつ病の専門医に診せるなどの措置を取っていないことから、大幅な過失相殺をすべきと主張して争った。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
判決要旨
 ICD-10によれば、うつ病の典型的症状として、「抑うつ気分」、「興味と喜びの喪失」及び「活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少」があり、他の一般的症状としては、「集中力と注意力の減退」、「自己評価と自信の低下」、「罪悪感と無価値感」、「将来に対する希望のない悲観的な見方」、「自傷あるいは自殺の観念や行為」、「睡眠障害」、「食欲不振」がある。そして、軽症うつ病と確定診断されるためには、典型的症状のうち少なくとも2つ、一般的症状のうち少なくとも2つが存在する必要があり、中等症うつ病と確定診断されるには、典型的症状のうち少なくとも2つ、一般的症状のうち少なくとも3つが存在する必要がある。

 残業時間が1ヶ月当たり100時間を超える場合、又は2ヶ月から6ヶ月間、残業時間が80時間を超える場合には、脳や身体の回復が十分に図れなくなり、脳への疲労蓄積により自律神経の働きが低下し、精神疾患にも大きな影響を及ぼす。人間の生体リズムは、昼間は交感神経が優位に働き活動が活発になり、夜は副交感神経が優位に働き活動が抑えられるようになっており、深夜労働後の昼間の睡眠は浅くなり、疲労が回復せず慢性疲労が生じやすくなる。もっとも、深夜労働の身体に及ぼす影響に関しては、深夜労働で一定していれば、身体に対する影響はさほどないという見解もある。

 Mは平成18年2月頃、疲労を連日訴えるようになり、不眠が出現し、精神的・身体的疲労もかなり進んでいたと考えられ、このような状態は抑うつ的であり、興味と喜びの喪失が見られ、易疲労的であり、ICD-10における典型的エピソード3種類を満たしている。また、その他の症状としても、集中力と注意力の減退、自己評価と自信の低下、罪悪感と無価値感、睡眠障害が認められ、日常生活に支障を来しつつあった状態であったと想像でき、Mは遅くとも平成18年2月末には中等症うつ病に陥っていたと考えられる。

 うつ病を発症した要因は、本件自殺の直近6ヶ月間の残業時間が毎月80時間以上であること、連続出勤が続いていたこと、深夜業務であり、疲労が蓄積しやすく様々な健康被害に陥りやすい状態であったこと、派遣社員であり心理的差別を受けていた可能性があること、業務以外に強度の心理的負荷を生じさせるような問題があった様子がないこと、精神的脆弱性という個体側の要因が窺われないこと等から、業務上に起因性があったと判断する。Mは、深夜業務のもと、ほぼ恒常的に月間100時間以上の時間外労働に従事していたのであるから、その心理的深は大きく、本件自殺には業務起因性が認められる。



 Mには、平成17年11月頃から平成18年3月にかけて、原告に不眠を訴え、仕事上の不満を述べ、疲労感を訴えたほか、約1ヶ月間家族と会話しない時期や、壁に体をぶつけながら歩いたり、何も言わず立っていたりしたことがあったことが窺われるものの、上記事情は原告が断片的に観察したものに過ぎない上、うつ病発症の契機となる具体的なエピソードとしては十分な内容ということはできず、これらのエピソードのみをもって、ICD-10に記載されている典型的症状の「抑うつ気分」や「活力の減退による易疲労感の増大や活力の減少」、一般的症状の「自己評価と自信の低下」、「罪悪感と無価値感」等があったとはたやすく認め難いというべきである。かえって、平成17年12月の定期健康診断ではMに何ら異常はなく、Mが平成18年3月に診察を受けた際に、睡眠不足等のICD-10に記載されているうつ病の典型的症状又は一般的症状に該当するような症状を訴えておらず、Mは職場においては同月頃まで特に変わった様子はなく、担当業務を問題なく行っており、同月頃に職場で観察された体調不良は、発熱の症状や消化器官の異状によるものであって、Mを診察した医師は、Mの自殺を聞いた後でも、Mの高熱、白血球数の増加等の症状は内科的なものであり、同人のうつ病は明確ではないとしていることの各事実が認められ、これらの諸事情に照らすと、家庭内においてMがうつ病に罹患したことを窺わせるに足りる具体的なエピソードを認められない。

 また、長時間労働と精神疾患発症との関連性を示唆し、あるいは深夜労働後の昼間の睡眠が質・量ともに劣り、慢性的疲労を生じさせやすいとの専門家の意見等があることは前示のとおりである。しかし、Mの業務内容等に照らしても、Mの業務自体の肉体的負担は少ないものであるのみならず、貴重品を取り扱うものの、紛失した際に従業員個人が弁償までの責任を負うことはないから、業務自体による精神的負担が大きいとはいい難い上、Mの時間外労働時間では、長時間労働と精神疾患発症との明確な関連性は十分には示されていないとの医学的意見もあることをも考慮すると、上記程度の時間外労働により直ちにうつ病を発症させるものとまでは断定し難い。かえって、Mは午前10時頃から午後6時頃まで8時間程度の睡眠時間は確保しており、平成17年11月頃は近所の新築工事による騒音の関係で睡眠不足になったと見る余地もあるが、これは明らかに業務外の要因である。また、Mは遅くとも平成15年から恒常的に深夜労働に従事しているところ、深夜労働の身体に及ぼす影響については、深夜労働で一定していれば身体に対する影響はさほどではないとの医学的見解があったり、睡眠時間が通常より慢性的にずれていても、ほぼ正常な質と持続時間を示す24時間周期の睡眠を取ることができるとの見解もあるなど、恒常的な深夜労働が慢性的疲労を生じやすくさせるとの見解もあるなど、恒常的な深夜労働が慢性的疲労を生じやすくさせるとの見解につき確定した医学的知見が存するとはいえず、恒常的な深夜労働によってもMに慢性的疲労が生じていたとは認められないというべきである。
 以上検討したところによれば、Mがうつ病を発症していたか必ずしも明らかでないといわざるを得ず、仮にMがうつ病を発症していたとしても、そのうつ病発症が、被告Aの仙台店での業務に起因するものとはたやすく認め難く、他にMのうつ病が上記業務に起因することを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、Mのうつ病発症やその業務起因性が認められない以上、原告のMの本件自殺が同人の業務に起因するとの上記主張は採用できない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2082号18頁 
その他特記事項