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S社システム構築担当者うつ病退職事件(派遣)

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
S社システム構築担当者うつ病退職事件(派遣)
事件番号
大阪地裁 - 平成19年(ワ)第14602号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年09月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、コンピューターシステムの受託・開発等を業とする株式会社であり、原告は被告に雇用されて、平成13年8月からM電機伊丹工場内にあったM社に、被告の派遣社員として派遣され、新幹線の運行制御システム(本件システム)の開発業務に従事していた。原告は、システムエンジニアとしての知識、能力が他の派遣従業員に比べて一歩抜きんでていたこともあって、本件システムの主要な部分を担当しており、原告の能力が抜きんでていたこともあって、他の派遣従業員による支援は少なかった。

 平成14年9月から平成15年2月までの原告の時間外労働時間数は、平成14年9月が4時間30分、10月が24時間30分、11月が28時間15分、12月が89時間30分、平成15年1月が53時間45分、2月が123時間55分となっていた。原告は平成15年3月初旬、支社長に対し体調の悪化を訴え、支社長はこれを受けて、M社の担当課長に対し、原告の負担を軽減するよう求め、その結果、原告の同月の業務は多少軽減された。

 被告は同年4月1日に原告を休職扱いとし、原告は、翌2日に心療内科を受診し、「不眠症、うつ状態」との診断を受けたところ、被告は同年6月30日、原告の休職期間が3ヶ月になったことを理由として、就業規則「休職期間(最大3ヶ月)が満了し、休職事由が消滅しないとき」に基づいて原告を退職とする扱いをした。

 原告は、平成17年4月1日、O大学大学院後期課程(情報科学研究科)に入学し、平成19年4月休学した。その後平成20年4月16日、原告はO大学との間で特任研究員として1年の雇用契約を締結し、更に平成21年4月1日に同内容の雇用契約を更新した。

 原告は、被告の業務に起因してうつ病を発症したとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき休業補償給付の支給を請求したところ、同署長は原告が平成15年3月頃に「うつ病エピソード」を発症したとして、同給付の支給を決定し、平成17年2月22日から平成20年3月31日までの間の休業補償給付として、910万4998円を支給した。

 原告は、発症したうつ病は業務上のものであって、しかも被告の安全配慮義務違反によるものである等として、被告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づき、1)平成15年4月1日から平成20年3月までの休業損害(労災保険による給付を除く)1712万5241円、2)休業・通院、違法な解雇を行ったことを理由とする慰謝料500万円、弁護士費用223万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、1453万6057円及びうち金1323万6057円に対する平成15年4月1日から、うち金180万円に対する平成16年6月30日から、それぞれ支払済みまで念5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを5分し、その2を原告の、その余を被告の各負担とする。

4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 うつ病発症の有無及び業務起因性の有無について

 被告は、平成15年3月当時、原告がうつ病を発症していたこと自体疑わしい旨主張する。確かに、平成15年3月8日、原告は家族と共に1泊2日で自宅から3時間程度かけてスキーに出掛けている。しかし、原告に上記のようなスキーに行く等の行動性が認められるからといって、直ちにICD-10にいう「うつ病エピソード」の発症を否定することになるものではない。かえって、1)うつ病の病態としては、初期症状として、不眠と心身疲労、頭痛、肩凝り等の体の不調、気分のイライラ、不安・焦燥感が挙げられるところ、原告は平成15年3月初旬頃、支社長に体調の不良を訴えている上、同年4月2日、頸部痛、集中力と注意力の減退、焦燥感、抑うつ気分を訴えて心療内科を受診していること、2)同年10月28日、原告は神経科を受診し、「遷延性うつ反応」と診断されていること、3)大阪労働局地方労災協議会の専門医は、原告がうつ病に罹患している旨診断していることがあるところ、以上の事実を踏まえると、原告は遅くとも平成15年4月初旬にはICD-10にいう「うつ病エピソード」を発症したことが推認される。そうすると、被告の上記主張には理由がない。

 被告は、原告が仮にうつ病を発症しているとしても、それは業務に起因して発症したものではなく、労働基準監督署長のそれを認めた認定には大きな疑問がある旨主張する。しかし、1)原告の平成14年9月から平成15年3月までの労働時間数は相当長期に及び、特に平成15年1月及び2月の労働時間は過重とも言うべき程度存在したことが窺われる上、それらに持ち帰り仕事の分も含めると、相当長時間に及んでいたこと、2)本件システムの完成納期(平成15年3月末)までは短期間しかなく、しかも同業務は、新幹線の運行システムに係わることであってミスが許されない緊張した業務であること、3)原告は、本件システムの完成にとって重要な同月初旬頃、支社長に体調が悪い旨訴え、それを受けて支社長はM社の担当課長に原告の残業を減らすよう申し入れ、その結果残業時間が若干減少していること、4)同システムの構築については、主要な部分を原告が担当しており、原告に対する支援体制が確立していなかったこと、また同僚からの支援も余り望めなかったことがある。

 以上の事実を踏まえると、原告が担当していた業務は、過重であったとはいえ、それらに大阪労働局地方労災医員協議会専門医師の意見、原告には精神疾患の既往歴はなく、家族にも精神疾患を発症した者はいないこと、ほかに原告の業務以外にうつ病を発症させる個別要因があったことを認めるに足りる的確な証拠がないことを総合すると、原告が担当していた業務と原告が発症したうつ病との間には相当因果関係を認めるのが相当である。

2 安全配慮義務違反ないし不法行為の有無について

 一般的に、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていると解するのが相当である。

 原告は被告の業務によってうつ病を発症したところ、同疾病発症に当たって、被告は平成14年9月から平成15年3月までの間における原告の労働時間、特に平成15年1月及び2月における原告の時間外労働時間はかなりの程度に及んでおり、被告としてもかかる原告の長時間労働については十分に把握できたというべきである。また原告が担当していた本件システムは、要件定義の確定と完成納期との間の期間が短く、同システムを主として担当していた原告に対する被告の支援体制が確立していなかった。以上の事実を総合すると、被告は原告について、当該業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったということができる。そうすると、被告は、原告に対する安全配慮義務違反により、原告がうつ病を発症したこと、それにより被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

 原告は、被告による退職取扱が実質的な解雇に該当するとして、労基法19条1項に違反する解雇によって精神的な苦痛を被った旨主張する。しかし、被告は原告に対し、休業損害について賠償すべき責任を負担していること、また被告は原告に対し解雇通知をしていないこと、原告に対する退職取扱は、就業規則に定める休職期間(最大3ヶ月)を適用したものであって、その当否はともかく、かかる取扱が不法行為法上違法とまでは言い難い上、同財産的損害の賠償を受けることを踏まえると、あえて同解雇を理由として慰謝料の賠償まで認めるのは相当とはいえない。

3 損害の有無及びその額

 被告は、原告が平成17年4月以降、O大学大学院において博士後期課程に在籍していたことから、同時点をもって就労可能な状況にあったと主張する。確かに、うつ病の発症当初に比べ、原告の睡眠時間が増加していること、その治療が継続していることを踏まえると、原告のうつ病の程度が発症当初に比べて軽減していることが窺われる。しかし、うつ病が治癒したと認めるに足りる証拠はなく、原告は現在も通院を継続していること、原告は平成19年4月に同大学院を休学していることも併せ鑑みると、同大学院に入学したことをもって、直ちに就労可能であるとまではいい難い。したがって、被告の上記主張は理由がない。

 原告は、労災保険に基づき平成17年2月22日から平成20年3月31日までの休業補償給付として910万4998を受給している。原告は、平成15年4月以降、うつ病治療のため被告を休業し、通院治療を行っている。ところで原告は、うつ病発症後、焦燥感や抑うつ気分が軽快し、抗うつ剤の投与量も減量され、平成17年4月以降O大学大学院に入学し、平成20年4月以降、同大学院の特任研究員として稼働している。以上、諸般の事情を総合考慮すると、被告の安全配慮義務違反行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、150万円とするのが相当である。

 原告にはうつ病に罹患するような個体的要因があったとまでは認められない上、原告は残業により帰宅が遅くなり、その分睡眠時間が少なくなっていたことが認められる。しかし原告は、平成13年11月頃から、趣味で深夜日常的に天体写真の撮影を行っており、これはうつ病発症後も継続していること、同発症後、休職して深夜まで起きていることが多く、睡眠時間を含めた生活改善が余りなされていないこと、原告の日常的な睡眠不足については、残業時間の多さという点だけではなく、天体写真の撮影を含めた生活状況にも原因があったと考えられるところ、以上の事実を踏まえると、原告のうつ病の発症及び発症後長期間経過したにもかかわらず治癒するに至っていないことに関しては、原告自身の生活態度・業務態度が一定の範囲で寄与していたと認めるのが相当である。そうすると、原告側にも過失があると認めるのが相当であって、原告の生活状況等を総合して勘案すると、その過失割合としては、2割とするのが相当である。

 そこで、被告が原告に賠償すべき損害額は、

19万6080円(交通費)×0.8+2623万0239円(休業損害)×0.8―910万4998円(休業補償給付分)+150万円(慰謝料)×0.8=1323万6057円

 また弁護士費用としては、130万円が相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条、709条、722条2項、労働基準法19条1項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2096号11頁、労働判例1020号50頁
その他特記事項