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郵便事業連続深夜勤控訴事件
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 郵便事業連続深夜勤控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成21年(ネ)第3486号
- 当事者
- 控訴人兼被控訴人 個人2名 A、B
被控訴人兼控訴人 郵便事業株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年01月20日
- 判決決定区分
- 原判決一部変更(第1審被告の請求認容、第1審原告の請求棄却)
- 事件の概要
- 被控訴人兼控訴人(第1審被告)は郵政民営化法によって設立された郵便事業を目的とする株式会社であり、控訴人兼被控訴人(第1審原告)らは、いずれも当時の郵政省に入省した者で、郵政民営化法及び承継計画に従い、第1審被告の従業員(一般職)となった者である。
郵政事業庁は、平成13年頃、関係労働組合に対し、勤務時間の見直し(回数制限廃止と深夜勤導入)について関係労組に対し内容を示した。全逓はこの提案を受け、組合員に周知し、最終判断は本部に一任され、平成15年9月26日、公社は全逓と公社協約を締結し、全郵政とも同日、同旨の協約を締結した。全逓と全郵政は、平成19年10月22日、組織統合を行って、JP労組となり、同日付で旧協約と同内容の本件協約を締結した。
第1審原告Aは、平成19年3月16日、うつ病に罹患しており、自宅静養を要する旨の診断を受け、2ヶ月間の自宅静養の後勤務に復帰したが、深夜帯の勤務を避けるよう医師から指示を受けた。また同Bは、平成18年11月24日、うつ状態で2ヶ月間自宅静養を要する旨の診断を受け、2ヶ月間の自宅静養の後勤務に復帰したが、深夜帯の勤務を避けるよう医師から指示を受けている。
第1審原告らは、本件協約は無効であること、連続「深夜勤」の勤務を可能とする就業規則の規定は無効であり、第1審被告の「連続する深夜勤」等の勤務指定は安全配慮義務に違反することなどを主張し、「深夜勤」の過重な負担によりうつ病に罹患するに至ったとして、第1審原告Aにつき505万円、同Bにつき250万円の慰謝料を請求した。
第1審では、本件労働協約は有効であり、連続「深夜勤」勤務指定は違法無効とはいえないとしながら、控訴人A及び同Bとも十分な仮眠が摂れないなどの問題があったとして被控訴人の安全配慮義務違反を認め、控訴人Aにつき80万円、同Bにつき50万円の損害賠償の支払いを命じたことから、被控訴人がこれを不服として控訴する一方、控訴人らも控訴に及んだ。 - 主文
- 1 第1審原告らの控訴をいずれも棄却する。
2 第1審被告の控訴に基づき、原判決中、第1審被告の敗訴部分を取り消す。
3 前項の部分につき、第1審原告らの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審とも、第1審原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件協約の効力について
原審のとおり。
2 連続「深夜勤」勤務の指定の違法性について
一般に、深夜勤務が人間の本来の生活リズムと異なる生活リズムを強いるものであることから、概日リズムの乱れによる睡眠障害や疲労蓄積等、健康に対して良くない影響を及ぼす可能性があることは否定できないところである。しかしながら、どのような態様の深夜勤務がどのくらいの頻度にわたりどの程度継続すればどういった悪影響が生ずるかについては、調査研究報告等によっても明らかになっているとはいえず、また当該労働者の生活習慣も健康状態に重要な影響を及ぼすものであって、深夜勤務それ自体が労働者の健康にもたらす影響の程度及び内容については明確でないというべきである。したがって、連続「深夜勤」勤務の指定から直ちに第1審原告らの健康に重大な悪影響を及ぼし第1審原告らを過労死等に追い込むものであるということはできない。
第1審原告らに対する「深夜勤」勤務の指定状況をみるに、第1審原告Aについては、1勤務指定期間(4週間)のうちに、1)2連続深夜勤の勤務指定、2)2連続深夜勤と2連続深夜勤勤の間の間に解放非番を入れた勤務(深深非深深)及び2連続深夜勤(深深)を組み合わせた勤務指定、3)2連続深夜勤と2連続深夜勤と間に非番を入れた勤務(深深非深深)及び3連続深夜勤(深深深)を組み合わせた勤務指定であり、また第1審原告Bについては、1勤務指定期間のうちに、1)3連続深夜勤の勤務指定、2)2連続深夜勤と3連続深夜勤を組み合わせた勤務指定、3)2連続深夜勤と新夜勤を組み合わせた勤務指定、4)3連続深夜勤と新夜勤を組み合わせた勤務指定、5)2連続深夜勤、3連続深夜勤及び新夜勤を組み合わせた勤務指定であって、第1審原告らのいずれについても、4週間の期間内に8回までという回数上限を超えていなかったものである。
これに対し、第1審原告らの1勤務指定期間(4週間)当たりの「10深夜勤」の指定回数は概ね4回ないし6回であり、これに1回の深夜帯勤務の時間数6時間(午後10時から午前5時までから休憩1時間減)を乗じると、第1審原告らの深夜帯勤務の時間数の合計は1勤務指定期間当たり24〜36時間となる。また、深夜交替制勤務を実施している民間事業所においては、1ヶ月当たりの深夜勤務回数は10回から14回が最も多く、全体の3割強を占めている。これに対し、第1審被告は、従業員に対する1勤務指定期間中の勤務指定回数について、「10深夜勤」は8回、「8深夜勤」は8回又は10回との目安を設けている。そして、少なくとも第1審原告らについてこれを超える勤務指定は行われていない。
第1審被告は、通常の勤務4時間につき15分の休憩時間とは別に、「10深夜勤」につき60分(休息時間合計113分)、「8深夜勤」につき30分(同60分)、「10深夜勤」及び「調整深夜勤C」につき38分(同76分)の休息時間を付与し、休憩室で仮眠を取ることもできる。また連続する勤務と勤務との間の時間につき、「10深夜勤」の連続指定の場合は13時間、新夜勤と調整深夜勤の連続指定の場合は11時間15分、「8深夜勤」の連続指定の場合は15時間15分となるよう勤務の始終業時刻を指定した上、連続する勤務と勤務との間に時間外労働を制限するなどして、勤務と勤務との間に一定時間が確保されるようにしているものである。深夜帯は日中に比べて取扱量が格段に多くなること、中には20‾30kg程度のものもあることなどを勘案しても、過酷な身体的負荷を伴うものとまでは認められない。これらによれば、連続「深夜勤」勤務の指定による負担は、深夜帯の時間数、実施回数、休憩時間という点からみて、我が国の民間企業等における深夜業の一般的状況に照らし、著しく過重なものということはできず、従業員の生命、身体に危険を及ぼす程度のものとも認められない。
以上を総合すれば、連続「深夜勤」勤務の指定を可能とする労働協約及び就業規則は、憲法13条、18条、25条、国際人権規約A規約7条の趣旨を考慮しても、その内容が公序良俗に反し又はその他の強行法規に反して無効であるとはいえず、第1審被告による連続「深夜勤」勤務の指定が違法、無効なものとはいえない。
3 安全配慮義務違反又は不法行為の成否について
使用者は、労働者の生命や身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っていると解される。第1審原告らは、連続「深夜勤」勤務が労働者の健康に害を及ぼし過労死等に追い込むものであるから、同勤務の指定は安全配慮義務に違反すると主張する。しかし、第1審原告らに対する連続「深夜勤」勤務の指定は、それ自体が第1審原告らの生命、身体等に危険を及ぼす程度のものであったとは認められない。また、第1審原告らがうつ病等を発症するまでの勤務状況を併せ考慮しても、第1審原告らは超過勤務や休日労働をほとんど行っていなかったのであり、第1審原告らが過重業務のために心身の健康を害したと認めることもできない。加えて、第1審被告においては、深夜帯の勤務に従事する者については、健康診断等の一般対策のほか、自発的健康診断の経費負担、成人病健診受診の自己負担分の助成をし、その結果に基づいて、必要に応じて時間外労働及び「深夜勤」勤務の指定の制限等の措置を取ってきたものであることなどを勘案すれば、第1審被告に第1審原告らに対する安全配慮義務があったということはできない。また、第1審被告において、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して第1審原告らの心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務を怠った過失があったということはできないから、不法行為についての第1審原告らの主張も理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法415条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2099号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成16年(ワ)第21274号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2009年05月18日 |
東京高裁-平成21年(ネ)第3486号 | 原判決一部変更(第1審被告の請求認容、第1審原告の請求棄却) | 2011年01月20日 |